「どうして……」
ぽつりと声を落とすと、「ん?」わずかに首を傾げた原さん。
「どうして、原さんはそこまで……」
──ただのバイトで顔を合わせるだけの私なんかのことを、気にかけてくれるんだろう。
他人である私のことを。
「だって私たち、知らない間柄じゃないからね。いつも同じ時間のシフトに入って、助け合って、おしゃべりだってして……」
一つ一つ指を折り曲げたあと、「あ」と声を漏らして「まぁそれは私が一方的に、だけど」とクスッと笑って、
「でも、そんな関係が半年も続けば知らない人ではないんだよ」
今度は、真剣な眼差しを向けられる。
カフェの店内は、落ち着いたオルゴールが流れていてゆったりとした空間に包まれる。そんな空間で、暗い話をする私たちの周りだけがしんと静まり返っているようで。
「一度関わりを持った人のことを他人とは呼ばない……ううん、他人ではいられないの。だから私は、勝手に高野さんのこと助けるよ。助けたいと思ってるの」
私たちは、どこまでいっても他人。それなのに原さんは、私のことを他人じゃないと言った。
胸の奥が、ぎゅうっと苦しくなる。
どうして原さんも、千聖くんも、〝他人〟である私のためにそこまでできるんだろう。寄り添ってくれるんだろう。
「……私っ…」
私は、いつだって自分のためにしか行動できないのに。
きゅっと強く結んだ唇が紐解かれて。
「……過去に後悔してることがあるんです」
これから初めて誰かに〝過去〟(トラウマ)を話す。
「……トラウマっていうか、すごく、すごく絶望したことが…あって…」
膝の上に置いていた手のひらは、力が加わっていつのまにか拳になっていて、
「そのことで私……っ、今全然楽しくなくて……ずっと、ずっと…苦しくて……生きてるのに死んでるみたいで…」
──あの日、屋上に駆け上がった。そこからなにが見えるんだろうって。行けば何かが変わるのかと思って少しだけ期待した。
けれど、何一つ変わることはなくて。
「……私、暗いトンネルの中にいたんです。どこまで歩いても出口は見えなくて……もうどうすればいいか、分からなくて…」
受験に失敗したあの日から、私の光は見えなくなった。どんどんどんどん暗くなって、私の世界に色がなくなっていった。