「なんで。俺に会いに来るっていう用事があるじゃん」

 ニイと歯を見せて笑う千聖くんは、やっぱりいつ見ても明るくて。私とは対照的。

 それにどう考えても。

「それは理由って言わないよ」
「じゃあそれを理由にして会いに来てよ」

 なんて無茶苦茶な話がスピードを上げて進んでいくから、

「な、なんで、私が」

 困惑して言葉に詰まる。それみよがしに彼は。

「もっと美月と話したいからに決まってるじゃん」

 歯の浮くような言葉を平然と言ってのける。だから、また私だけが一人勝手にそわそわして落ち着かなくなる。

 千聖くんの言葉は、いつもストレートで私の心の奥まで深く染み込んでくる。どんなに拒んでも距離をとっても、二倍のペースで距離を詰めるから。

「そ、それは……」

 結局私が一方的に押され気味になる。

「俺、もっと美月と仲良くなりたいって言ったでしょ。あれ、本気。だからさ、ダメ?」

 さらに言葉を被せて私の身動きを封じる。最後の最後まで、攻める手を緩めない。

 真っ直ぐ見据えられる瞳と、柔らかそうな髪。全神経が彼に釘付けになる──

「千聖ー、何やってんのー?」

 不意をついたように彼を呼ぶ声がする。私より先に「んー?」振り向いた彼。表情は見えないけれど、

「もうちょっと待って」
「なになに。千聖の彼女?」

 窓際と廊下側と距離を隔てて会話する男の子と千聖くん。彼らが今、誰を話題にしているのか容易に理解できた。

 ──標的は〝私〟だ。

「……はあ? そんなんじゃないって」

 ──チクッ。

 胸の奥が小さく痛む。

 なに、今の。べつに私たちがそういう仲じゃないのは、知ってるでしょ。それなのになに勝手に傷ついてるの……私は、目立たずに過ごすことだけを考えてればいいの。

 だから私が今、やるべきことは。

「ご、ごめん、千聖くん。私、用事思い出したからもう行くね……!」

 背を向けて話をしていた彼の背中に声をかけたあと、床を蹴って走って逃げることだった。

「え、ちょっ、美月?!」

 慌てた彼は声を漏らして、パタパタと追いかけてくる足音が一つ大きく響く。が、すぐに捕まって。

「ねぇっ、なんで逃げるの?」
「だ、だから用事思い出したから」
「そうだとしても今まだ話してたじゃん。いきなり帰ったら俺、傷つくじゃん」

 傷つくのは、私だって同じだよ。