「──あっ」

 ふいに聞こえた声に視線を向けると、千聖くんの瞳とぶつかった。

 彼はこちらへ来ようとするけれど、咄嗟に目を逸らした。一向にやっては来ない。その理由は、「誰?」「どうしたの?」「何々?」ひそひそと声が聞こえてくるからだ。

 絶対に私のこと言ってるんだ。

 好奇の目に晒されるのは、勘弁だ。

 きゅっと唇をきつく結んで、足に力を入れると鉛のようだった足は動いた。

「待って、美月!」

 けれど、すぐに後ろから名前を呼ばれる。千聖くんの声だ。

 自然と私の足はスピードを下げる。まるで千聖くんの声が魔法のように、身体は固まって動かなくなる。

「美月、こっちで会うの珍しいね」

 どうしよう、どうしよう。自分の教室には来ないでって言うくせに人の教室には黙って行くって矛盾しすぎ……いやいや、べつに来たわけじゃなくて、先生の手伝いのあとにたまたま偶然通っただけで、と頭の中で言い訳を考える。

「……せ、先生の手伝いの帰り、だから……」

 たった今頭の中で考えていたことを口早に告げる。
 そうしたら、そっか、と言いながらもニコニコ笑う千聖くん。その笑顔を見て気が緩みかける。

「いつもは公園でしか会えてなかったから、学校で会うのってなんか新鮮だね」

 いつもひとりぼっちの私は、学校で誰かと話すことなんて滅多にない。それこそ先生たちとしか会話がないときもある。一言もしゃべらないときだってある。たまに言葉を忘れてしまうことがある。それだけしゃべっていないから。

「……そーだね」

 予想もしていなかった展開に口の中が急速に乾いていく。緊張して、身体の熱を奪う。

「もっとこうやって会えたら美月と話せる時間増えるのになぁ」

 ──私と話す時間がなくても千聖くんは、困らないでしょ。たくさんの人に囲まれてるんだから、と心の中で、もう一人の私が棘を吐く。

「じゃあさ、こうやって美月が俺の教室に顔出してよ。そしたら話せるでしょ」

 名案だとでも言いたげな表情を浮かべる千聖くん。

 一体、何が名案なのだろう。

 楽しそうにおしゃべりをしている姿が頭に蘇って、心の奥に黒い感情がもくもくと現れる。

 あんなに友人がいるのなら、私が来る必要はないし私に構っている必要だってない。むしろ私は余所者で、邪魔者扱いしかされない。

「……私、こっちに用事ほとんどないから」

 今日は偶然、先生の手伝いに駆り出されただけ。