「ふーん、そっか」
何度も質問を重ねた本人の言葉とは思えないほどにあっさりとした返事が返ってきた。
どうしてあんなこと聞いたんだろうと疑問が降ってくる。けれど、それを何事もなかったかのように目を瞑り、フェンスから手を離してその場を離れようとする。
「でもそれ、なんか分かる」
けれど、予定外に現れた彼の言葉に身体が動かなかった。動揺したとも言えようか。足の裏が過剰に反応して、急ブレーキがかかった。
「屋上ってさぁ」
恐る恐る顔を上げて、彼を見据えると、
「人をそんな気にさせるっていうか、あの分厚い扉の向こうには何が広がってるんだろうとか、ここに来るまでの階段が少しわくわくしたりするとか。ここに来れば、何かが見えてくるんじゃないかって期待するの」
固まる私の隣で、フェンスの向こう側を見つめながらわずかに口元を緩める。風が吹いて、黒いマフラーをなびかせて。
「でも全然、そんなことないんだよね。屋上に来たからって見えるのは、地上よりもかなり遠くまで眺められるだけってところかな」
彼の横顔は、笑っている。
それなのに、どこか切なそうに見える横顔。
「……よく屋上に来るの?」
思わず口をついて出た言葉。
声をかけずにはいられなかった。
なぜだろう。彼が切なそうに見えるからだろうか? この寒さのせい? それともマフラーがなびいているせい?
それとも──
……きみも私と同じ?
心の声が以心伝心したかのように、私の方を見つめた彼に、少し焦って目を逸らすと。
「たまーにね。一人になりたいときとか」
目尻にしわを寄せて微笑んだあと、
「でも今日は廊下の窓から空見上げたら屋上に誰かいるなーって思ったんだよね。なんかその雰囲気があれ?って思ってさ。それで気になって来てみたんだけど……」
そう告げられて、数分前の一番初めに彼に言われたことを思い出す。
〝死ぬつもり〟?
つまり私が深妙な面持ちでここに立っていたから自殺でも図ろうと思っていたってことになる。
「俺の勘違いだったみたいだね」
いくら他人とはいえ心配させてしまったことへの罪悪感が募り。
「……ごめんなさい」
謝罪を口にすると、
「大丈夫。それより何もなくてよかった」
激怒されることはなくて、代わりに穏やかな安堵したような表情を浮かべて微笑んだ。その表情は、まるで陽だまりのように温かかった。
──ヒュー
屋上は北風が強く吹き荒れる。