「いや、うん。そうなんだけどさ……普段滅多に笑わない人が笑ったときの破壊力って……相当やばいんだなー」

 今度はカチンコチンに固まって片方の手を口元に覆って、私からわずかに目を逸らし明後日の方を見つめていた。

「千聖くん?」
「……今、こっち見ないで」

 一体、どうしちゃったんだろう。この寒さでおかしくなったのかな。それとも元々独り言が多い人とか……うん、千聖くんならあり得そう。だって私よりも千聖くんの方がしゃべっている時間が多いもん。

 それからしばらくお互い黙ったまま歩いた。すぐに家の近くまでたどりつき、私はここまででいいと言った。
 千聖くんは最後まで送ると言ってくれたけれど、私が頑なに拒むから『それなら家に帰り着いたら連絡して』と連絡先を交換する。

 買ったスマホには、まだ家族しか登録されていない。そこに新たに千聖くんの連絡先が加わって、それを少しだけ嬉しいと思った私。

 家から少し離れたところで彼と分かれて、帰路についた。真っ直ぐ部屋に戻ると、忘れないうちに千聖くんに連絡した。

【今、帰りついたよ】

 震える指先で送信ボタンを押すと、すぐに既読がついて。

【よかった】

 と、何とも簡単な文面が届く。

 それ以上は連絡が続くことはなくて、はじめての会話はそれで終了した。

「ふう……」

 おもむろに立ち上がり窓を開ける。

 ──ヒュー

 夜の北風は、とくに冷え込む。身体の芯の熱まで奪ってゆくようだ。

 寒い冬。私は、ずっと嫌いだった。手がかじかむような寒さもそうだけれど、一番はやっぱり受験を思い出す。

 あの日──、

 一月二十九日。忘れもしない。受験結果の日。友人二人が合格する中、私の番号だけがどこにも見当たらなくて。絶望した、自分に。この世界に。一気にどん底に落ちた気分。なんで、どうしてって自分で自問自答した。それでも結果が変わるはずなくて、その日枕を濡らして翌日、友人たちが気まずそうに私に声をかけてくるから、昨日のあれは夢じゃなくて現実だったんだと思い知らされる。

 惨めで、悲しくて、妬ましくて、苦しくて。

 私の世界が終わった瞬間でもあった。

 だから今までずっと、冬が嫌いだった。

 一生こなければいいのにって思った。

 それでも秋が過ぎれば冬がやって来て、傷口から血が滲みだす。

 夜が過ぎれば朝がやってきて、朝日が射す。その朝日を見て私はいつも絶望する。また今日がやって来たのだと。一日の始まりを知らせる。それが嫌でたまらなかった。

 ──でも、なんだろう。

 今は少しだけ、朝日が待ち遠しいようなそんな気がして。
 そう思うのは、きっと千聖くんのおかげなのだと思ったんだ。