「まだ返してなかったから……」

 ようやくそれを受け取ると紙袋の中身を確認して「あ」声をあげた。

「そういえば美月にマフラー貸したっけ。すっかり忘れてたなぁ」

 怒ることさえせずに、へにゃりと崩れたように笑った。

 その様子を見て、ホッと小さく安堵する。

「なかなか返せなくてごめんね」

 ようやく持ち主に帰ることができた。

 マフラーがあったおかげで、風邪ひかなかった。

「ううん、俺こそあのときはごめん」

 突然、謝られて困惑した私は「へ……?」思わず声を漏らす。

 どうして伏見くんが謝るんだろう。

 私の心を汲み取ったかのように、

「俺、結構無理やりだったでしょ? だから美月に嫌な思いさせてないかあのあと不安になってさ、渡したあとで後悔したんだ。嫌な思いさせてたらどうしようってさ」

 恥ずかしそうに頭をかいた。

 彼の鼻先が赤く染まっているのが見える。一つ一つ言葉を落とすたびに、口から白い息があがる。そしてあっという間に溶けてなくなる。

 渡り廊下は、外気に晒される。

 マフラーを貸してくれたあの日と同じように寒くて冷たい。

 けれど、あの日は。

「……伏見くんのおかげで寒くなかった」

 あの日は、初対面ということもあって私は今よりも冷たく接していたと思う。それなのに伏見くんは、初めから優しくて。

 マフラーを貸してもらったのは、私の方。

 だから、お礼を言うのも私の方で。

「この前は、ほんとにありがとう。おかげで風邪ひかなかったし、すごくすごく温かかった」

 外気に晒されて寒いはずなのに、心はぽかぽかと暖かくて。

「そっか、ならよかった」

 伏見くんは、やっぱりいい人だ。

 その証拠に表情が物語っていた。
 きっと、今まで出会った中の誰よりも優しさが滲んでいる。

 そんな人にこんなことを言うべきではないのかもしれない。恩を仇で返すような最低人間かもしれない。
 けれど、やっぱり言っておかなきゃいけなくて。

「あのね、伏見くん。一つだけいいかな」

 ゴクリと固唾を呑んで、ぎゅっと拳を握りしめたあと。

「……私の教室には来ないでほしいの」

 そう声を落とすと、穏やかだった表情が一気に曇るのがわかった。

「え、なんで……?」

 まるで太陽が雲間に入ったような気さえした。