のどに、胸の奥に、黒い感情のような塊が詰まる。苦しくて、つらくて、息が吸いにくくて。この場所にいたくない。
「……もう嫌…っ」
そう思った私は、気づいたらマフラーが入った紙袋を掴んで、本も、プリントも放置したまま立ち上がった。
どこへ行こうと思ったのかわけも分からず無我夢中で走った。とにかく息が吸える場所に一刻も早く──
「──あっ、美月!」
すると突然、前方から声がした。それは、聞き覚えのある声で、スピードが弱まって。
「……伏見くん」
私を呼んだのは、彼だった。
「ちょうどよかった。今から教室行こうと思ってたんだけど」
少し離れた場所から私に声をかける。
けれど、ここは教室から程遠くない廊下。そんな場所で伏見くんと話しているところをクラスメイトに見つかりでもすれば、何かと面倒が起こりそうだと思い、踵を返して走った。
「え、ちょ、美月……!」
慌てた声が聞こえたあと、私のあとを足音が一つ追ってくる。
止まらない。ひたすら走って、逃げる。
けれど、私が男の子の走りに勝てるはずがなく。
「ちょっと待ってよ、美月!」
人気の少ない渡り廊下で手を掴まれた。
「なんで逃げるの。俺、なんかした?」
伏見くんの切羽詰まったような声に、私は首を振った。
「じゃあなんで?」
「えっと、それは……」
「なんで俺から逃げるのか理由教えて」
伏見くんは、何もしていない。
伏見くんは、何も悪くない。
ただ、伏見くんが──
「……い、いきなり声かけるから、ちょっとびっくりしたの。あまりにも急だったから……」
さっきの私はまだ心の準備ができていないときだった。そんなとき声をかけられたら、誰だって驚くのは当然のこと。
けれど、事実はもっとべつのところにあって。苦しい思いのパーセンテージが限界に達したのと、伏見くんに遭遇した。その二つが重なって、化学反応みたいなものが起こった。それが私にとって〝逃げる〟に繋がったのかもしれない。
「ごめん、驚かすつもりはなかったんだけど」
彼が悪くないのに、こうやって謝るのは、きっと彼が悪い人じゃないからだ。
マフラーを忘れたからって初対面なのに貸してくれるのは、私なんかよりもうんと心が純粋で優しい人だから。
「そ、それよりこれ……」
すっかり忘れていた紙袋を手向ける。
すると、「ん?」紙袋と私を交互に見つめて、目を白黒させる。