雪を踏む人間の足音が聞こえてきた。僕は人間の足音がすぐに分かる。
 
「えっ? おじさん、手袋してないの? 俺の使って。手、冷たいしょ」

 身長が高めでほっそりした体型の若い男の人が手袋を脱ぎながら歩いてきた。年齢はそのおじさんの息子でも違和感のないくらいだと思う多分。

よく見かける人だけど、いつも遠くから見ていたから近くで会ったのは初めてだった。

「いいのかい? 準備はしてたんだけど、玄関に置いてきちゃったんだ。戻るのが面倒で」

「いいよ。どうせ車に乗るし」

「その為にここに来てくれたのかい?」

「あのね、これ、渡そうと思って。お菓子の試作品作った」
 その男の人はカップケーキがふたつ入った小さくて透明な袋をおじさんに渡した。

 一瞬、その人がこっちを見てきて、目が合った。何故だか、その瞬間、黒い塊が乗っかったかのように心の中が重たくなった。

 彼は、すぐに僕から目を逸らし、おじさんに茶色の革の手袋を渡すと車に乗って、何処かに行った。

「そうだよね、手袋ないと寒いよね。この子の事になると寒さも忘れちゃうよ」

 それから少しして

「風邪をひかないようにね!」

と、僕の頭を撫でながらそう言うと、家に帰って行った。頭を触れられても不快ではなかった。なんだか懐かしい感じがした。