少し前までの、一瞬の幸せな時間はいったい何だったのだろう。私は家に閉じこもりながら考えた。まるで、夢の世界の事のような感覚。夢だったのかもしれない。大好きだった大翔に雰囲気がとても似ている彼が家にきてくれた事さえも。

 私はずっと、大翔が自ら崖から落ちて、亡くなってしまった。って聞いていた。

 車の中で蓮は、俺が落としたって言っていた。

 ひとつの嘘が見つかると、その出来事の話、重ね合わせられているものが全て嘘に見えてくる。

「直接蓮に聞いてみるしかないな」

 聞いてみよう。怖いけれど。

 朝、私は外に出て目的地に向かう。お父さんに頼まれて代わりにカフェを開いている蓮の元へ。

 カランコロンと音が鳴る扉を開けると、コーヒーの香りが漂っていて、パンの香りと交わりあっていた。お父さんが旅に出てからは来ていなかったからここに来たのは久しぶり。

 ちょうど帰ろうとするお客さんとすれ違った。店の中は蓮以外に誰もいなかった。

「あ、咲良。ここに来るの珍しいね」

 彼は微笑んだ。その微笑みも今は嘘に見えてくる。

「ねぇ、ちょっといいかな? こないだ車の中で話していたことなんだけど……」