目が覚めると、月明かりの差し込む清潔な部屋の中にいた。
 私はふかふかするベッドで眠っていたようだった。
「ここ……」
 起き上がると、壁際から声がした。
「病院ですよ。よかったですね。あと少し遅かったら命が危なかった。レイミに感謝してくださいね」
 いや、あんたにお腹を殴られたから命が危うくなったんじゃなかろうか。
 言いたいことをぐっと飲みこんで、私はマネージャーさんに尋ねた。
「どうしてレイミちゃんはあなたに私を気絶させたの?」
 マネージャーさんは大げさに肩をすくめた。
「あなたは毎日ライブに参加して多量の霊達から生気を吸われていたのですよ? 普通の人間だったらよくて2日もつか持たないか。除霊師だからこそ耐性があったのでしょうけど……」
「そんなことはわかっているわ。そうじゃない。あなたもレイミストならわかるでしょ。私は命を賭けるなんて百も承知でレイミちゃんのライブに参加していたのよ? それをレイミストであるあんたが止めるなんてありえない。何か隠してない?」
 睨みつけるとマネージャーさんは大きくため息をついた。
「もう少し強く殴っておくべきでしたね……それこそ二日くらい昏倒するくらいに」
「いいから答えなさい」
 マネージャーさんは観念したように両手を上げた。
「レイミはあなたと別れるのがつらいみたいです。もちろん、あなたが弱っているからこそ死なせたくなくて遠ざけたというのもあるのですが、それ以上にレイミは自分が消える瞬間を一番のファンであるあなたには見せたくない、とそう言っていました」
 ……別れる? 遠ざけたい? 消える? 誰が? レイミちゃんが? 
「なにを、言っているの?」
 理解を拒む私の脳に直接語り掛けるように、マネージャーさん。いや、死神はつづけた。
「私だって、本当はこんなこと言いたくないです。でも、死神の権限でできることは限られています。レイミと私は契約しました。未練をはらすために私はマネージャーになりました。ですが、無期限というわけにはいきません。その期限が、今日の0時です」
 私は壁時計に目を向ける。23時30分。あと30分で0時だ。
「どこ! どこでライブしているのレイミちゃんは! あんた知ってるんでしょ! 答えなさい死神!」
 襟首を掴んで引き寄せる。
 しかし彼女は首を横に振る。
「ダメです。教えることはできません。レイミの最後のお願いなんです。私はレイミの望みを叶えてあげたい。これだけは譲れません」
「あんたレイミストでしょ! レイミちゃんがいない世界なんて嫌よ。てか、推しのライブよ! なんで観に行ってあげないのよ! おかしいでしょ!」
 私がありったけの想いを込めて叫ぶと、死神は冷たく目を細めた。
「レイミは言っていました。どんなコメントでももらえれば嬉しい。私を見てくれる人がいるから頑張れると。一番最初にレイミを見つけたのはあなたです。優しいあの子はあなたのことを元気づけたいと一生懸命歌って踊りました。あなたにとってレイミはただの推しですか? レイミの願いを叶えてあげたいとは思わないんですか? レイミのどこを見てるんですか?」
 試すようなその質問に私はいらだつ。
「ごちゃごちゃうるさいわね! 私にとってレイミちゃんは生きる希望で、道標で、笑顔をくれて、優しくて元気な女の子よ! 娘に欲しいくらいのね! むしろ産みたい! レイミちゃんのママになりたああああい!」
「そこまで言えとはいってないのですが……」
 死神は若干引き気味だった。
 病院のどこかからか「うるせーぞ!」って聞こえた気がするけど、構うものか。
 レイミちゃんへの想いを叫ぶときに時間と場所は関係ない!
 バタバタと廊下から足音が近づいてくる。
 死神は咳払いをして気を取り直すと微笑んだ。
「まあ……安心しました。それでこそファン第一号です。あなたならば私にはできないことができるでしょう。同じレイミストとして私はそう信じています。レイミを救ってください」
 死神が指を鳴らすと、
「……え?」
 私はレイミちゃんのライブ会場であろう廃墟の中にいた。