『みんな~、今日は私の配信を見に来てくれてありがとう! レイミ頑張って歌うからね!』
 スマホの画面の向こうで推しが歌って踊る。
 この配信は既に一ヵ月ほど前のものだが、もう何百周しているかわからない。
 新作の動画は3日前のものが最後で、再生回数は既に10万回以上。駆け出しアイドルという感じだ。
 彼女の歌声を聞くと私は、ついお祓い棒をサイリウム代わりに振りまわしてしまう。
「R・e・i・m・i! レイミ! R・e・i・m・i! レイミ!」
ドン! と隣の部屋から苦情の壁ドンが聞こえた。
 知るか。私は今レイミちゃんを応援しているのよ。
 文句なら薄い壁に言え。
「はー、今日もレイミちゃんは可愛い……それに……」
 歌の合間にレイミちゃんがコメントを読み上げる時間だ。来た!
『それじゃあ、次の曲に行く前に……夜橋夕子(よるはしゆうこ)さん? これ本名かな? コメントは『底辺なのにどうして頑張れるの?』あ~、そうだよね。見られないのは少し悲しいかな。でも……でもね、夜橋さん? 私は誰か一人にでも見てもらえればいいの。私の歌が少しでもあなたに元気を与えられればそれでいい。だから私は頑張れるんだよ?』
 最高の笑顔を浮かべるレイミちゃん。
 私はそこで動画をストップした。
「くううううううっ……!」
 スマホを置いて、畳を叩いて、叫び出したい気持ちを静める。
 私は底辺配信者のコメント欄を荒らすのが日課だった。私よりも必要とされない存在を見下すことで、日々の貧乏生活の憂さ晴らしをしたかった。
 それなのに、この子は――レイミちゃんは私の皮肉をまっすぐ受け止めた。そのうえで、私を元気にしたいなどと返してきた。
 戸惑ったし、逆に馬鹿にしているのかと憤ったりもした。
 そのあと私は彼女が上げる動画に執着し、何度もアンチコメントを残して、レイミちゃんを貶めようとした。でも、彼女はめげず、私のコメントを拾ってはむしろ感謝し私を気遣った。底抜けの笑顔を見ていると私は自分が恥ずかしくなった。
 そんな姿を見せられていくうちに私はいつの間にか一日10回はレイミちゃんの動画を開かなくては生きていけない体になった。
 そして、ネットの海にはレイミちゃんの底抜けの明るさを支持する人は多かった。レイミちゃんは今徐々に人気が上昇している。
『こんにちレイミ~』
「こんにちレイミ~!」
 力の限りを込めて画面に挨拶を返す。
 例えそれが3日前の動画だとしても、今が夕飯を終えた時刻だとしても。
 全力でアイドルをしている彼女へ、全力の挨拶を返さないことは万死に値する。彼女は本気で私達を笑顔にしようとしているのだ。私たちはそれに応える義務がある。全力で応援するのが彼女に元気をもらったレイミストの使命だ。
 ドンドンドンッ……。
 今度は壁じゃなく、玄関扉が叩かれた。
 ちっ、直接きたのね。
 私のレイミータイムを邪魔するとはいい度胸ね。
 お祓い棒でぶっ叩いてやる。
「はいはい、今開けます」
 ドアノブをひねって開けると、そこには体格のいいスーツ姿の男が。
「夜橋夕子さんですね」
「……どなたですか?」
 すると男は胸ポケットから手帳を取り出した。
「警察の者です。少しお時間よろしいですか?」
「……え?」
 もしかして私、騒音で逮捕される?