昼前になると、予定通りに安右衛門が帰宅した。
少し影のある、大男だ。髭面でなければ、そこそこの鋭さはあるものの母親譲りの凛とした雰囲気を引き継いでいるのが分かる。
「母上、ただいま戻りましてございます」
土間で草鞋を脱ぎながら、大きな声で帰宅を告げた。
「旦那様、お戻りなさいませ。お母上様がお部屋でお待ちです」
出迎えに出たつ祢は、足を洗う盥を持ちながら彼に告げた。慣れた手つきで、足を洗う妻に「母上がか、何用であろう」と言いながら濡れ手ぬぐいを受け取り、顔や首、胸元まで拭き上げた。
「それが、旦那様。磯吉が、問題を起こしたのでございます」
「なんだ、磯吉がか。いや、いつものことだろう。また酒でも飲んであばれたのだろう」
気に入らない事が無ければ、比較的温和な磯吉だが。酒を飲むと、人が変わったように暴れるので村では有名人になっている。毎度のことだと、彼は想っていた。
「そうではなく、女子どんが磯吉を訪ねて参りまして」
「ほほお、それのどこが問題なのだ。あの堅物にも春が来たということだろう」
「いえ、その女子どんが、浜の柴田様のお嬢様でして」
それを聞くと、安右衛門は立ち上がって濡れたままの足で部屋の奥に向かった
「母上、母上。どういうことですか、磯吉がどうしたのです」
破れて向こう側が見えるほど黄色く変色した障子をバンッ!と勢い良く開いた。
そこには、大きな身体を小さくして座る磯吉と、その横にちょこんと座るゐく。奥に、存在感たっぷりに微笑むはつがいた。
「おお、戻ったか安右衛門殿」
「母上、そんな優雅に笑って居る場合ではありませぬぞ」
すると、磯吉が飛び上がる様に父に身体を向けると深々を下げた。それを見て、彼は息子に歩み寄ると「たわけものが!」と足蹴りを数回喰らわした。
それを見ていたゐくが、スッと立ち上がると磯吉の隣りに座り安右衛門をキッと見つめてこう言った。
「お父上様、お辞めくださいませ。磯吉様は、何もしておりませぬ。私が、勝手に思い詰めてこちらに駆けて参りました。御迷惑をおかけして申し訳ありません」
恐怖からか、彼女は唇の端をグッと歯で噛みしめ、切れた口元から血が滲んでいた。当然、自分の磯吉と同じ目に遭うと思っていたという様だ。
「柴田様のお嬢様、その話は本当にございますか」
さすがに、安右衛門は女性には手は挙げない。
「はい、間違いございませぬ。ですから、それ以上はお辞めくださいませ」
この山間の村は、木材と茶と温州ミカンの生産以外には産業は無い。
その木材を一手に引き受け、流通させているのが浜の柴田様こと、ゐくの実家だ。そのお嬢様をたぶらかしたとあっては、この村の存続に関わる大事件だったから彼の行動も仕方無かった。
「安右衛門殿、無事のお戻り執着にございます」
その場を仕切り直す為か、はつは武家の形式を持ち出した。それを聞くと、彼はスッと顔付きが変わった。身体を母の方に向けると、まずは片膝を折り、続いてもう片膝を折り、その後ろに垂直に腰を下ろすと、袖をバッと後ろに払い頭を軽く下げて礼をした。
「取りあえず、落ちつかれよ。事の次第は今から話す故、そなたの力添えが必要じゃ。良いか、磯吉は家のため学業もそこそこに働いておる。お前とは全く違う苦労をしているのは承知しておろうな。村の衆には、私から釈明をする。今からそなたは、柴田様のところへ挨拶に行くのだ。良いな」
「しかしながら、母上。どうやって、柴田殿と話せと仰いますか」
「磯吉は、兵舎での生活の中でゐく殿と知り合った。別に誰にも咎められる事をしておらぬ。その上、心の内を伝えずに里に戻ったそうだ」
「では、なぜここにお嬢様がいらっしゃるのですか」
「ゐく殿も、磯吉を好いておられた。そんな折り、意に染まらぬ縁談が持ち上がり。取るものも取りあえず、ここに駆けてこられたらしい。実際、疲労でしばらく気を失っておられた。磯吉は何もしていない。黙って、柴田様のお宅にありのままをお伝えするのだ」
「はあ、母上は縁組みのお願いに上がれという訳では無いのですね」
「その通りじゃ、娘御が息子のところに縁談が嫌だと逃げて参った。慣れない距離を歩いたせいか、倒れて動けぬので迎えを寄越す様にと伝えるが良い」
「しかし、それでは何も解決しませぬ」
「いや、解決する。今からゐく殿を福一の所へ逃がす。金太郎に、福一の所にゐく殿を送り届けさせる。磯吉は、ここに残るのじゃ」
「お祖母様、叔父様の家にゐく殿を匿うのは構いませぬが、その場しのぎにしかなりませぬ。この村に居れば、いつかは噂にて居場所が知れましょう」
磯吉は、冷静にそう言った。
「なに、柴田様の御使者が参ったら青い顔をして、ゐく殿が消えたと伝えるが良い。余程縁談が嫌だったのだろう、とババが申す故。演技を忘れるでないぞ」
「はあ、お祖母様の仰る通り演じまする」
「でな、磯吉。お前は、常吉を知って居ろうの」
「はい、町場にお住まいの父上の兄様です」
「そうじゃ、その常吉の息子が神奈川に居ってのお。それを頼って、二人で出て行くが良い。常吉を町場に出したのもここの稼ぎでは、食うてゆけぬ故のこと。磯吉はここを守りたいと、残ってくれたが将来的な展望は無い。お前も都会に出て、生活の糧を探すが良い」
「母上、それでは磯吉とゐく殿の間をお認めになると言うことでしょうか」
「当然じゃ、女子がそこまでして男の所に走るというのは並大抵の覚悟では無い。その上、お前も聞いて居るであろう。朝な夕なに磯吉は馬鹿の1つ覚えの様に『ゐく殿、ゐく殿』と繰り返して居ろうが。もう認める以外にあるまいて」
安右衛門は、軽く咳払いをすると。「ごもっとも」と、息子をチラッとみると首をコキコキと鳴らす。
「では、安右衛門殿。帰宅早々で申し訳無いが、馬にて浜まで駆けていただこう。文をしたためる故、それを持って参りなされ。多分、相当罵声を浴びせられるゆえ心せよ。ただ、頭を下げて謝るのだ。良いな。商人風情を相手にしてはならぬ。念の為言うて置くぞ、刀は御法度じゃ。持っていってはならぬ」
「承知つかまつりました」
「つ祢、今から一張羅で安右衛門を小綺麗に整えなさい」
「はい、お母様」
一礼をすると、つ祢は奥の間に消えていった。
「磯吉、ババの硯と筆を持ってきなさい。文をしたためよう」
「あの、わたくしは何をすればよろしいでしょうか」
遠慮がちに言うゐくには
「かつ・・・孫娘に着替えを出して貰って着替えなさい。そなたのような良いベベは無いが、汚れた物よりマシだ。汚れ物は行った先で洗って貰うが良い」
「はい、ご温情感謝いたします」
頭をさげた彼女に
「さあ、ゐくさん。こっちに来て、お好きな着物を一着さしあげますね」
かつは声を掛けると、二人で部屋を出て行った。
30分ほどで、はつは3通の手紙をしたためた。1通は、ゐくの実家紫田家への物。2通目は、息子の福一へのもの。3通目は、神奈川の甥っ子への物。内容は、誰にも見せず
「安右衛門殿、これを柴田様へ。良いな、娘御が助けを求めに来た故、自宅にて休んでいただいている。お迎えを寄越してくだされと伝えるのだ。余計な事は話さずとも良い。多分、ゐく殿の気持ちはお父上はご存じであろう。磯吉がゐく殿に恋い焦がれていたのを、我々が気がついたのと同じ様にな。罵倒されることもあろうが堪えるのだ」
と、1通目を手渡した。安右衛門は、それを受け取ると懐にスッと差し入れひらりと馬に跨がると「ハイ!」と馬に合図を送り、あっという間に消えていった。
そして「金太郎」と、孫婿を呼ぶ。
「はい、ババ様」
「これを、福一殿に。渡せば分かる故、ゐく殿を連れて行かれよ」
「承知しましたです」
大八車に、煎餅布団を括り付けるとゐくを座らせて「では、お嬢様行きます」とゆっくりと出発した。
「では、最後に磯吉。準備は良いな、もうそろそろ山に薪木を拾いに出ている勘蔵が戻る筈じゃ。そうしたら、二人で打ち合わせをせよ。ゐく殿のお迎えの御使者が来たら、血相を変えてゐく殿を探している振りをするのだ。目を離した隙に、消えてしまったと申せば良い。逃がしたと思われてはならぬ。兄弟で上手く使者を騙すのだ」
「その手がありましたか、お祖母様」
手を叩いて、合点する孫を見て彼女はため息をつく。
「お前は、素直で良い男だが少し知恵が足らぬな。まあ良い、上手くやるのじゃ。ババは少し疲れた故、少しゆっくりさせておくれ。あと、これをお持ちなされ」
3通目を磯吉に渡すと、同時に1枚の住所を書いた紙も添える。
「これが、鉄二朗の住所じゃ。頭を下げて、ババからの手紙を渡して世話になると良い。横浜の港で、荷下ろしの人夫を取りまとめる仕事をしておる。お前が行っても、港の作業くらいは紹介して貰えるであろう。ほとぼりが冷めたら、戻って来ても良いが柴田様の様子次第じゃ。この村の命綱を握って居られる故の。ババはその頃には居らぬかも知れぬ、達者で暮らすのだぞ」
そういうと、寂しそうに縁側から外を眺める。
「ババ様、磯吉は・・・!!」
今にも泣き出しそうな彼に
「まだ泣くのは早いぞ、磯吉。事が上手く運んだ時に、心から泣くが良い。まだ勘蔵は戻らぬか、山に呼びに参るが良い」
「はい、お祖母様」
磯吉は祖母の背中が泣いている様な気がして、急いで部屋を後にしたのだった。
少し影のある、大男だ。髭面でなければ、そこそこの鋭さはあるものの母親譲りの凛とした雰囲気を引き継いでいるのが分かる。
「母上、ただいま戻りましてございます」
土間で草鞋を脱ぎながら、大きな声で帰宅を告げた。
「旦那様、お戻りなさいませ。お母上様がお部屋でお待ちです」
出迎えに出たつ祢は、足を洗う盥を持ちながら彼に告げた。慣れた手つきで、足を洗う妻に「母上がか、何用であろう」と言いながら濡れ手ぬぐいを受け取り、顔や首、胸元まで拭き上げた。
「それが、旦那様。磯吉が、問題を起こしたのでございます」
「なんだ、磯吉がか。いや、いつものことだろう。また酒でも飲んであばれたのだろう」
気に入らない事が無ければ、比較的温和な磯吉だが。酒を飲むと、人が変わったように暴れるので村では有名人になっている。毎度のことだと、彼は想っていた。
「そうではなく、女子どんが磯吉を訪ねて参りまして」
「ほほお、それのどこが問題なのだ。あの堅物にも春が来たということだろう」
「いえ、その女子どんが、浜の柴田様のお嬢様でして」
それを聞くと、安右衛門は立ち上がって濡れたままの足で部屋の奥に向かった
「母上、母上。どういうことですか、磯吉がどうしたのです」
破れて向こう側が見えるほど黄色く変色した障子をバンッ!と勢い良く開いた。
そこには、大きな身体を小さくして座る磯吉と、その横にちょこんと座るゐく。奥に、存在感たっぷりに微笑むはつがいた。
「おお、戻ったか安右衛門殿」
「母上、そんな優雅に笑って居る場合ではありませぬぞ」
すると、磯吉が飛び上がる様に父に身体を向けると深々を下げた。それを見て、彼は息子に歩み寄ると「たわけものが!」と足蹴りを数回喰らわした。
それを見ていたゐくが、スッと立ち上がると磯吉の隣りに座り安右衛門をキッと見つめてこう言った。
「お父上様、お辞めくださいませ。磯吉様は、何もしておりませぬ。私が、勝手に思い詰めてこちらに駆けて参りました。御迷惑をおかけして申し訳ありません」
恐怖からか、彼女は唇の端をグッと歯で噛みしめ、切れた口元から血が滲んでいた。当然、自分の磯吉と同じ目に遭うと思っていたという様だ。
「柴田様のお嬢様、その話は本当にございますか」
さすがに、安右衛門は女性には手は挙げない。
「はい、間違いございませぬ。ですから、それ以上はお辞めくださいませ」
この山間の村は、木材と茶と温州ミカンの生産以外には産業は無い。
その木材を一手に引き受け、流通させているのが浜の柴田様こと、ゐくの実家だ。そのお嬢様をたぶらかしたとあっては、この村の存続に関わる大事件だったから彼の行動も仕方無かった。
「安右衛門殿、無事のお戻り執着にございます」
その場を仕切り直す為か、はつは武家の形式を持ち出した。それを聞くと、彼はスッと顔付きが変わった。身体を母の方に向けると、まずは片膝を折り、続いてもう片膝を折り、その後ろに垂直に腰を下ろすと、袖をバッと後ろに払い頭を軽く下げて礼をした。
「取りあえず、落ちつかれよ。事の次第は今から話す故、そなたの力添えが必要じゃ。良いか、磯吉は家のため学業もそこそこに働いておる。お前とは全く違う苦労をしているのは承知しておろうな。村の衆には、私から釈明をする。今からそなたは、柴田様のところへ挨拶に行くのだ。良いな」
「しかしながら、母上。どうやって、柴田殿と話せと仰いますか」
「磯吉は、兵舎での生活の中でゐく殿と知り合った。別に誰にも咎められる事をしておらぬ。その上、心の内を伝えずに里に戻ったそうだ」
「では、なぜここにお嬢様がいらっしゃるのですか」
「ゐく殿も、磯吉を好いておられた。そんな折り、意に染まらぬ縁談が持ち上がり。取るものも取りあえず、ここに駆けてこられたらしい。実際、疲労でしばらく気を失っておられた。磯吉は何もしていない。黙って、柴田様のお宅にありのままをお伝えするのだ」
「はあ、母上は縁組みのお願いに上がれという訳では無いのですね」
「その通りじゃ、娘御が息子のところに縁談が嫌だと逃げて参った。慣れない距離を歩いたせいか、倒れて動けぬので迎えを寄越す様にと伝えるが良い」
「しかし、それでは何も解決しませぬ」
「いや、解決する。今からゐく殿を福一の所へ逃がす。金太郎に、福一の所にゐく殿を送り届けさせる。磯吉は、ここに残るのじゃ」
「お祖母様、叔父様の家にゐく殿を匿うのは構いませぬが、その場しのぎにしかなりませぬ。この村に居れば、いつかは噂にて居場所が知れましょう」
磯吉は、冷静にそう言った。
「なに、柴田様の御使者が参ったら青い顔をして、ゐく殿が消えたと伝えるが良い。余程縁談が嫌だったのだろう、とババが申す故。演技を忘れるでないぞ」
「はあ、お祖母様の仰る通り演じまする」
「でな、磯吉。お前は、常吉を知って居ろうの」
「はい、町場にお住まいの父上の兄様です」
「そうじゃ、その常吉の息子が神奈川に居ってのお。それを頼って、二人で出て行くが良い。常吉を町場に出したのもここの稼ぎでは、食うてゆけぬ故のこと。磯吉はここを守りたいと、残ってくれたが将来的な展望は無い。お前も都会に出て、生活の糧を探すが良い」
「母上、それでは磯吉とゐく殿の間をお認めになると言うことでしょうか」
「当然じゃ、女子がそこまでして男の所に走るというのは並大抵の覚悟では無い。その上、お前も聞いて居るであろう。朝な夕なに磯吉は馬鹿の1つ覚えの様に『ゐく殿、ゐく殿』と繰り返して居ろうが。もう認める以外にあるまいて」
安右衛門は、軽く咳払いをすると。「ごもっとも」と、息子をチラッとみると首をコキコキと鳴らす。
「では、安右衛門殿。帰宅早々で申し訳無いが、馬にて浜まで駆けていただこう。文をしたためる故、それを持って参りなされ。多分、相当罵声を浴びせられるゆえ心せよ。ただ、頭を下げて謝るのだ。良いな。商人風情を相手にしてはならぬ。念の為言うて置くぞ、刀は御法度じゃ。持っていってはならぬ」
「承知つかまつりました」
「つ祢、今から一張羅で安右衛門を小綺麗に整えなさい」
「はい、お母様」
一礼をすると、つ祢は奥の間に消えていった。
「磯吉、ババの硯と筆を持ってきなさい。文をしたためよう」
「あの、わたくしは何をすればよろしいでしょうか」
遠慮がちに言うゐくには
「かつ・・・孫娘に着替えを出して貰って着替えなさい。そなたのような良いベベは無いが、汚れた物よりマシだ。汚れ物は行った先で洗って貰うが良い」
「はい、ご温情感謝いたします」
頭をさげた彼女に
「さあ、ゐくさん。こっちに来て、お好きな着物を一着さしあげますね」
かつは声を掛けると、二人で部屋を出て行った。
30分ほどで、はつは3通の手紙をしたためた。1通は、ゐくの実家紫田家への物。2通目は、息子の福一へのもの。3通目は、神奈川の甥っ子への物。内容は、誰にも見せず
「安右衛門殿、これを柴田様へ。良いな、娘御が助けを求めに来た故、自宅にて休んでいただいている。お迎えを寄越してくだされと伝えるのだ。余計な事は話さずとも良い。多分、ゐく殿の気持ちはお父上はご存じであろう。磯吉がゐく殿に恋い焦がれていたのを、我々が気がついたのと同じ様にな。罵倒されることもあろうが堪えるのだ」
と、1通目を手渡した。安右衛門は、それを受け取ると懐にスッと差し入れひらりと馬に跨がると「ハイ!」と馬に合図を送り、あっという間に消えていった。
そして「金太郎」と、孫婿を呼ぶ。
「はい、ババ様」
「これを、福一殿に。渡せば分かる故、ゐく殿を連れて行かれよ」
「承知しましたです」
大八車に、煎餅布団を括り付けるとゐくを座らせて「では、お嬢様行きます」とゆっくりと出発した。
「では、最後に磯吉。準備は良いな、もうそろそろ山に薪木を拾いに出ている勘蔵が戻る筈じゃ。そうしたら、二人で打ち合わせをせよ。ゐく殿のお迎えの御使者が来たら、血相を変えてゐく殿を探している振りをするのだ。目を離した隙に、消えてしまったと申せば良い。逃がしたと思われてはならぬ。兄弟で上手く使者を騙すのだ」
「その手がありましたか、お祖母様」
手を叩いて、合点する孫を見て彼女はため息をつく。
「お前は、素直で良い男だが少し知恵が足らぬな。まあ良い、上手くやるのじゃ。ババは少し疲れた故、少しゆっくりさせておくれ。あと、これをお持ちなされ」
3通目を磯吉に渡すと、同時に1枚の住所を書いた紙も添える。
「これが、鉄二朗の住所じゃ。頭を下げて、ババからの手紙を渡して世話になると良い。横浜の港で、荷下ろしの人夫を取りまとめる仕事をしておる。お前が行っても、港の作業くらいは紹介して貰えるであろう。ほとぼりが冷めたら、戻って来ても良いが柴田様の様子次第じゃ。この村の命綱を握って居られる故の。ババはその頃には居らぬかも知れぬ、達者で暮らすのだぞ」
そういうと、寂しそうに縁側から外を眺める。
「ババ様、磯吉は・・・!!」
今にも泣き出しそうな彼に
「まだ泣くのは早いぞ、磯吉。事が上手く運んだ時に、心から泣くが良い。まだ勘蔵は戻らぬか、山に呼びに参るが良い」
「はい、お祖母様」
磯吉は祖母の背中が泣いている様な気がして、急いで部屋を後にしたのだった。