朦朧とする中俺は一番後ろの席に座った。ふと、見覚えのあるオレンジベージュの髪が視界をよぎった。あの時のコンタクト少女だ。するとあっちも気づいたようで『あ…』と声を漏らした。
『お隣…ぃぃですか?』相変わらず聞き取りにくい声量だが嫌な気はせず、『どうぞ』と椅子を引いた。
『この間はどうも…』
『今日はコンタクト落とさないんですね。』
『ぁ、ぇえと…はい。』
ぎこちない会話が続くが、途切れることはなくそのまま続く。表情がころころと変わり見ていてとても面白い。
『そういえば…名前、なんていうんですか?』
『宮下要です。そっちは?』
『か、金沢凛です。』
想像していたより遥かにピッタリな名前だった。
『可愛らしい容姿にピッタリですね。』
『へ、へえ⁉』
『おいそこ、うるさいぞ。』
教授に注意されるが、二人で顔を見合わせて笑った。いつの間にか恐ろしく思っていた彼女のことを忘れることができていた。

『ねえ、最近帰ってくるの遅くない?そんなに課題立て込んでるの?』
『いいだろ、俺にもいろいろあんだよ。』
『要君が急に変わったのって、やっぱり忘れ物取りに帰った日からだよね。』
トーンが変わり体中に電流が走ったように動けなくなる。長い前髪で顔色まではうかがえないが、少なくとも笑顔ではない。
『何が言いたいんだよ。』息をのんで尋ねるとしばらく彼女からの返事がない。表情もわからない。怖さで鳥肌が立つが怖気づかず彼女をまっすぐに見つめた。
『ううん、忙しいんだもん仕方ないよね。』と眉を下げて無理に笑っていた。安心感と違和感が入交じり曖昧に『お、おう…』と返した。

あれから何度か凛さんとは学内で会い、会話していくうちに時間を共有することも多くなっていた。そして彼女しかメンバーのいない天文学サークルに誘われ俺は放課の時間をサークル活動へと費やすことになった。
『遅れてすみません。凜さん』
『あ、大丈夫ですよ。活動も特に決めてないグダグダサークルですから。』
『それと、凛で大丈夫です。』
『わかった、じゃあ俺も要でいいよ。』
敬語は抜けないが特にやることも決めずのんびりと天体観測するこの時間は無意味であるが楽しい。それに今の俺にとってこのサークルは唯一家から逃げられる策でもあった。
『見てください要さ…要。』と照れて俺の名前を呼ぶ。
『この星、名前はないんですけどほかの星よりキラキラしてて…なんだか、私から見た要みたい。』
『俺がこの星?』
『うん、要と初めて会った時なんて優しいんだろう、って思ったの。声をかけてもらった時、要のことが星みたいにキラキラ輝いて見えたの。』
目を細めて笑う彼女こそキラキラと輝く一等星そのものだ。
『じゃあ、この星に名前を付けよう。凜が。』
『え、私⁉…じゃ、じゃあ要ボシ…そのままだけど』

『凛らしいね。』
『え、それどういう意味…⁉』

あーあ、明日の月は綺麗だろうな。