それから俺は荷造りを早急に済ませ早速彼女のアパートへと移住を試みた。彼女の部屋からは何とも言えないいい香りがした。
『狭くてごめんね、部屋は…一緒でいいかな。』顔をほてらせ甘く袖をつかむ。ありきたりであっても関係ない、俺のこの瞳には彼女しか映らない。カーテンの隙間から差し込む日差しをぴしゃっと締め唇と唇を優しく絡ませた。

『桃、そろそろ行こう。』
同居生活にも慣れ桃とは心を通じ合った本当の恋人になれたようだった。朝の登校や買い物、できるだけの時間を共有して互いを求め、互いを信じ、互いを理解した。
『あの二人、付き合ってるんだって。』
『ウソ、桃があのド陰キャと?』
周りから白い目で見られ、我に返り視線を気にしてしまうことがあるが桃の横顔と今の幸せを糧にすれば痛くもかゆくもなくなったのだ。

そんな日々が続いたある日のことだった。登校中、忘れ物をしたことに気づき桃を先に行かせ一人で家へ戻った。

『確かここに…お、あった。』
勢い良く資料を引っ張ったせいでほかの資料が床にばらまかれてしまった。
『あーあー…ったく時間がないときに限って…』
その瞬間目に入った小さな封筒。はがきサイズの小さな封筒で、妙に分厚くずっしりと重い。興味本位で分厚い封筒の中身を覗くとそこにあったのは全て紛れもない俺の写真だった。
その写真にカメラ目線のものはない。つまり盗撮されたものだった。一枚や二枚ならまだしも、そこにあったのは何百枚、何千枚もの写真だった。
『なんだよこれ…』
とりあえず頭を冷やそうと水を飲みに立ち上がると床にばらまかれた資料が目に入る。
『ぎゃああああああ!!!!』
赤茶色のにじんだ文字で『要君』と無数につづられている。その紙が何枚も。この赤茶色のインクは…考えたくもない。怖くなった俺は急いで資料を片して家を飛び出した。

夕飯の時のことだった。
『ねえ、要君。今日朝家に戻った時、家で何か変なもの見た?』
どきんとした、心臓の音が早くなり目がぼやぼやする。桃のことを見るだけであんなに愛おしくてたまらなかったのに今は桃という存在が怖くてたまらない。
『要君、大丈…』と近づいてくる桃を無意識に突き飛ばし
『お、俺疲れてるから寝るわ。そ、その話は明日にしてくれ。』と断って寝室に閉じこんだ。
寒気と吐き気でどうしようもない。思えばいくつもおかしいところはあった。そもそもなぜあいつは俺のアパートの場所を知っていた?なぜあいつは俺に初めて絡んできたときから俺の昼食のメニューを隅々まで把握していた?なぜああも都合よく男に言い寄られているときに俺がタイミングよく出くわせた?
俺は…ずっと彼女に…

彼女とのことで一睡もできず、今朝はドア越しに対話をした。心配した素振りを見せていた声だったが、すべて偽りに聞こえて仕方なかった。
遅れても授業には出席しようとゆっくりと部屋を出て彼女がいないことを確認して準備を始めた。昨日見てしまった写真の山も血だらけの手紙もデスクの上から消えていた。