あの後は駅まで彼女を送ることになり二人で歩いて向かった。時々並ぶ方がぶつかり合いお互いに恥じあう。揺れる金木犀の香りがして胸がきゅっと締め付けられる。
『ここまででいいよ』
くるりと後ろを向いてそう言う彼女は建物の明かりに照らされて髪や瞳が儚く輝く。もう少し隣を歩いていたい気分だ。余韻に浸ろうとしていると信号が青になり『またね』と彼女が手を振る。気持ちがこみあげてどうしようもないこの感情が体を操る。横断歩道を渡ろうとする彼女の手を引いて引き止める。
『好きだ。』
不器用に言い放った言葉。まっすぐに彼女を見つめると驚いた顔をした後フフッと笑って
『要君』
『少しかがんでもらえますか?』
言葉通りかがんでみた。彼女は俺に近づく。その時、頬に触れた柔らかい唇の感触。外の騒がしい音はすべて彼女への気持ちに溶けてしまった。もう、君以外見えない。
淡い盲目を嬉しいながら貫く。
『これが私の返事、じゃあね。』と不器用に手を振った。目が離せない。俺はやっと分かった、彼女への本当の気持ち。俺はずっと、きみに恋していたんだ。

朝は普通に来て、何の変哲もない平凡な一日が始まる。まるで昨日会った特別なことが噓だったかのように。でも、俺にとっては今日という日は特別かつ大事な日である。一瞬あれは夢の出来事だったのではないかと頭をよぎる。ありきたりにほっぺをつまんでみると痛みがある。ほうと落ち着いてスマホを片手にテーブルの上のカップ麵に手を伸ばした。
どうしても頭に浮かんでしまう彼女のこと。今は何をしているのだろう、とか朝は何を召し上がったのかとか意味不明な質問をなぜかしてしまう。頬が緩み鏡の中の自分と目が合う。ああ、俺はいつからこんなだらしない顔をするようになってしまったのだろうか。だが嫌じゃない、嫌じゃないんだ。今日は特別な日だから。

ものうるさいと思っていた学内の騒ぎ声も青春の音とありきたりな思いを空想で述べている。たった一人の女と気持ちが通じ合っただけでこんなにも暖かくなれるのか。
『要君』と甘く蕩けてしまうような優しい声が僕の名前を呼ぶ。
『桃』と真似て呼んでみた。口元に手を当ててフフッと笑った。そんな彼女を見て俺も嬉しくなる。なんて愛しい存在なのだろう。目に入れても痛くないとはまさにこのことか。
『要君、私達一緒に暮らしてみない?』
思考が止まる。一緒に暮らす?俺が?そんなことが許されるのか?
『あ、だめならいいの。ほら私達アパートの場所も近いしどうせなら同じ場所から通ったほうがいいかなって…』
俺のことを思ってくれたのか。なんて優しいのだろう。うるうると目をさせる彼女に酔いしれながら『しよう、一緒になろう』と了承した。俺のアパートの場所をわざわざ調べて負担を考えてくれるなんて。