あれから何度か彼女への対応をきつくするうちに、俺の時間を自分と共有しようとすることはなくなった。それどころか、大学で彼女と出くわすと彼女は俺から離れるように方向転換して逃げるようになった。何もそこまでしろとは言っていないのに。これではまるで俺が一方的になにかしてしまったようで、芽生える必要のない罪悪感を覚える。
慣れない感情に違和感を覚えながら、この感情をかき消すために購買で買った焼きそばパンをむさぼった。

その日は研究発表の準備に追われ、帰りがとても遅くなった。窓のない資料室で作業をしていた俺は時間を忘れて黙々と作業してしまったため気づいた頃には空は真っ暗になってしまっていたのだった。鍵を閉め、早歩きで正門まで向かうと何やら建物裏で小さな話し声が聞こえた。
『ん…この声どっかで…』聞き覚えのあるその声にちょっとした出来心で裏を覗き見てしまった。そこにいたのは、大学一イケメンと言われていた彼と吉川桃だった。
『いいじゃん、ここなら誰も来ないって』
『えー?もし来たらどうするのよ~』
猫撫で声に上目遣いのあざとさ満載の顔で見つめる彼女は、顔に『恋しています』と書かれているようなもんだった。顔は赤くほて、口元に手を当て幸せそうに笑っている。俺には一切関係のないことのはずなのに、それを見て酷く腹が立った。だが何かできるのかというとそうではなく、隅から見つからないようこっそり見つめているだけである。そんな自分にも腹が立つ。あんな糞女なんて放っておくべきなのに。…俺はいったい何をしているんだ。女一人に時間を削って。まるで阿呆だ。地面に転がる石を蹴飛ばし、小学生の学校帰りのように帰った。
俺がなぜあそこまで彼女に対して複雑になるのか自分自身さっぱり分からなかった。

人は、欲には正直。会いたい、触れたい、満たしたい、満たされたい、殺したい。すべての欲に人は逆らうことはできない。だからきっと、彼は欲求不満になって心寂しくなって私を求める。最初の押しと最後の引きさえマスターしてしまえば、男なんて簡単に手に入る。いくら特別な彼だって、中身は男の子だもん。私はただ、彼を誘導するためにほかの男に身を委ねればいいだけ。足を絡ませて、純情そうに頬を赤く染め時々余裕のないふりをして。指先まで熱を込めて演じるの。ただ、この状況に酔いしれてるこの男を快感に導けばいい。そうしてこのドラマのワンシーンみたいな場面を彼が見てしまえば完璧。…ほらね、来たじゃない。