暖かな日差しと燕の愛らしい鳴き声が差し込む春を象ったようなあの日、私達は永遠の約束を交わした。二人で過ごした部屋は愛の匂いと温もりがまだ冷めず余韻を浸していた。
カチ…カチと秒針の壊れた時計がでたらめな時刻を告げる。私は冷たくなった彼の身体をひたすらに暖めていた。まるで、彼が起き上がってくれるのを期待しているかのように。そしてふと、思いついたかのように彼の心臓に手を当てる。
『ああ…やっぱり何も聞こえないのね。』
私の瞳に映る床にだらしなく横たわる彼の身体はもう最早彼ではなく空の人形そのものだった。あーあ、こうなるはずじゃなかったのに。それでも私は、私を想って早くなる彼の鼓動が伝わってくることを永遠に願っている。

時々思う、人は何故恋という現象…いや過ちを幾度となく繰り返すのだろう。失うことだと分かっていても何も得るものがないと知っていても人に恋い焦がれ結ばれようとする。それがどんなに無様で無意味ではじたない行為だということか分からせるべきだと俺は思う。
宮坂 要。一浪大学二年生。経営学部。特にこれといった趣味もなければ、何か他より長けた能力があるわけでもない。平凡を絵にかいたような男である。
結果、男女共に求めているものは同じ。男女交際が招く最大の行為、それに限るのだろう。結局、交われば誰でもいいのではないだろうか。例えば、大学一かっこいいと言われているあの男に話しかけに行く積極的な女はまるで"舌を出して餌を待つ犬…といったところだろうか。欲が顔に出てしまっているだろう。女なんて所詮そんなもの。
まあ、ただ一人。こいつだけは例外だが…
『あら、まーたお昼コンビニ弁当?そんなじゃ一生彼女できないぞ。』
コンビニ弁当を食べているとモテないという謎理論をぶちかますこの女、一週間ほど前から俺の優雅なる昼食を邪魔しに来る嫌な奴だ。
国際学部三年、吉川 桃。男女共に人気があり教諭からも慕われる人気者。ボランティア活動にも積極的に参加し学内だけでなくこの辺じゃ知らない人はいない、そのぐらい有名な女性である。そんな俺とは月と鼈の関係の彼女が何故関わろうとしてくるのか。
『お前暇なのか?人のことに首を突っ込む前に自分はどうなんだ。』
眉をひそめ溜息を吐くと、『ふっふっふ…』鞄からにやけながら何かをごそごそと取り出す仕草を見せる。湖のように透き通った空色の髪に真っ白な肌。垂れた大きな緑に輝く瞳は宝石のようにキラキラと輝いている。たまに風に揺れるシフォンスカートが大学内の男たちの心をも揺らす。なぜこの女性はこんなところにいるのだろう。先輩であるにも関わらず友達口調なのには突っ込まないのだろうか。まあ俺は浪人生だから年齢的に見てしまえば同級生だが。全く頭の中がつくづくおめでたい奴だ。
『私は栄養たっぷりな手作り弁当を持ってきてるのです!!』
自慢げに見せつける弁当箱の中身は空っぽだった。

『あ、あれー⁉お弁当が消えちゃった…』
『阿呆か。もう食ったか持ってくるのを間違えたんだろ。』
呆れた顔を見せると彼女は涙目を浮かべてこちらを見つめた。もう言いたいことが顔に書いてある。はあ…とまた深く溜息を吐いて
『食うか?』と白米を箸の反対でつまんで差し出す。
『えぇっ!!いいの⁉』と待ってましたとでも言うように口を開いた。その時、
『ねえ桃ー、何してんのー?』といかにも性の悪そうな女達が近づいてきた。

『うげ、そいつ二年の…』
俺はお前など知らんが、俺の悪い噂が立っていることなら知ってる。正直慣れっこではあるしいちいち気にしていたらそれこそ彼らの思うつぼだ。
『ほらな、俺に関わるとろくなことねえんだよ。』
いじけたようにふてくされると、突然耳元で彼女は囁いた。
『…私は、噂で人を判断したりしないけど。自分が話したいって思ったからこうしていつも話しかけてるんだよ?』
フフッと笑って手を振り去っていく彼女を無意識に眺め目を見開いていた。その瞬間、俺の中で何かが始まる音がした。