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電車内の長椅子に2人並んで座っていた。揺られながら変わりゆく景色を眺める。先に口を開いたのは先輩だった。


「ごめんね。雅は、悪い子じゃないんだ」

彼は苦笑いをした。

「少し口調はきついけど、その言葉の裏には優しさがあって、だけど勘違いされやすい。俺のことも気にかけてくれてる部分があって、だけど時に今日みたいに周りが見えないほど突っ走ることがある。やり方が間違えやすいんだ。だけど莉子ちゃんを傷つけたいだけじゃなくて、そこには理由もちゃんとあって…」

「知ってます。彼女はずっと、先輩の心配をしていましたから」

過去にいろいろあったから人付き合いも無理してるって。きっとよく知ってる人だからこそ心配していたのだろう。

桑田さんが言っていた、先輩の過去とは。

私にとって知らないこと。

先輩が昔、どんな経験をしたのか分からない。

桑田さんの方がよく知っている、だから自分みたいな人間が割り込んできて、納得いかない気持ちも分かる。桑田さんが先輩のことを好意的に思っているなら尚更…。

私は続けて言った。

「それに私のせいなんです」

「…というのは?」

「私は人と話すのが苦手なんです。中学生の頃から特別、仲の良い友達もいませんでした。みんな遠慮するんです、私が上手く人と話せないので。だからこの学校に入学したときも桑田さんに話しかけられたのに…上手く接する事が出来ませんでした。そんな私がいきなり、先輩みたいな人気者と話しているんですから。おかしく思うのも当然です」

自嘲気味に笑って言った。人と話すのが苦手といいながら、こんなに自分のことを誰かに話している。矛盾している。


「上手く人と話せないって…もしかして昨日話してくれたことも関係ある?トラウマで夜道が歩けないってこと」

先輩はまさかの的に話を突っ込んできた。でも当たっていることでもあるので素直に頷く。

「夜道が歩けないのも理由の一つかもしれません。それがきっかけで友達と遊ぶ約束が出来なくなったのがあって、自分から誰かに接することが怖くなったんです。最初から人と付き合わないほうが楽なんじゃないかって。そしたら誰かに誘われるようなこともなければ断ることもなくなるはずだから」

私は苦笑いをした。

「ただ、夜道が歩けないだけで、ここまで人間関係まで変わっちゃうなんて、情けないですよね」

人付き合いが出来ないのも自分のトラウマを理由にするなんて、都合の良いように逃げているだけなのかもしれない。
だけどそれが自分を守る方法の一つでもあった。

なるべく自分が傷つかないように、怖い思いをしないように、と。


「でも莉子ちゃんはちゃんと自分自身を守れていることが凄いと思う。きっと過去に追い詰められて自分自身が分からなくなっている人もいるだろうけど、莉子ちゃんは自分で怖いものが何か、大切なものが何かを分かっている気がする。ちゃんと自分自身を見つめてると思うんだ」

「私は…自分のことが分からなくなること多いですよ?」

「いや、分かってると思うよ。分からないことがあっても、自分自身と向き合おうとしていると思う。夜が怖いという自分の弱さが分かれば、あとはどうすればいいか答えを見つけるだけだよ。乗り越える為の何かを探すだけなんだよ」


そう言って先輩は携帯を取り出してネットを検索し始めた。

何かを調べて、「これこれ。見て」と検索したページの画面を見せてきた。そこには満開に広がる花火の画像と《冬期花火大会》と書かれた文字が見えた。

「今度、今の寒い時期に行われる花火大会があるんだ。花火大会っていっても夏に隣町で行っている花火大会と比べたら小さい規模だけど、数千発は上がるって。屋台とかも出るらしい」


冬に上がる花火大会。季節外れの花火大会。
私にとっても初めて聞いた行事だった。

電車で一本乗り換えする街で行ったことはないが割と近くの街でお祭りがあるらしい。

「楽しそうですね、数千発って、大きなお祭りですね」

「でしょ。去年から始まったらしいけど楽しそう。今年は行きたいなぁと思って。莉子ちゃん、行かない?」

私のトラウマを知った上で、先輩は楽しそうに誘ってきた。私は諦めたように笑いながら断りを入れる。

「無理ですよー。私は夜道を歩けなくなってから出かけるどころか外にも出てません。お祭りなんて行けてないです」

いつ以来だろう。あの中学に上がった年の夏以来。あの花火大会以来、行ってない。

「もしかしたら行けるかもしれないよ。夜道を歩けるようになればいいでしょ?」

「そんな簡単に言わないでください」

「さっきも言ったと思うけど、問題が見つかればあとは答えを探すだけ。夜道が歩けるようになるまで答えを探せばいい。俺は莉子ちゃんとこの花火大会に行きたいんだ」

あまりにも先輩がしっかりとした瞳で私を見るから、視線を逸らせなくなった。

「怖がらなくていいよ。ゆっくりでいい。夜道が歩けるようになるまで、俺も近くにいるから」

どんなことを思ってその言葉を彼が発したのか分からない。

だけど強い気持ちが込められているのは私に伝わった。

肯定も否定もせず、頷く事もしなかった。このトラウマを乗り越えるなんて出来ると思わなかったから。


ふと、先輩が顔を上げると、突然立ち上がる。
まだ降りる駅に着いてないのに不思議に思っていると、吊革に立っている老人に話しかけていた。
その人は小さく礼をし、私の隣の空いた場所に座る。
そして先輩は座っている私の目の前に立った。


先輩は座る場所を老人に譲った。戸惑うことなくスムーズに。私も気づかないほど遠くの隅にいた老人に声をかけて、周りをちゃんと見ていた。

親切で誠実で、困っている人がいればすぐに反応して、助けようとする。先輩はそれが自然に出来る人なのだと認識した。

それは私に対しても同じような感じで、困っているから、悩んでいるから、助けたくなったから、こうして自分に関わってくれる。なぜそこまでしてくれるのだろうと思うけど、元々その優しさは天性の持ち主で、そういう人もこの世の中にいるんだ、と思った。

しばらく電車に揺られていると、車内のアナウンサーの声が鳴り響いた。降りなければいけない駅名が聞こえてきて、2人でホームへと降りた。