1-3. 公爵派の陰謀
コツコツコツ……。
夜半、ユリアが牢の寒さに震えていると誰かが入ってくる。
そっと目を開けると、金髪の少年、第二王子のアルシェだった。
「ア、アルシェ……。こんな所に、いけません!」
ユリアは飛び上がり、鉄格子をつかんで叫ぶ。
「ユリア……。こんな所に……」
アルシェは暗く冷たい牢獄の中を見回し、ユリアの手にそっと手を重ね、涙で潤む目でユリアを見つめた。
アルシェの手の温かさが心に沁みたユリアは、湧き上がってくる悲しみをこらえきれずポロポロと涙をこぼす。
そんなユリアの手を優しくさすりながら、アルシェは悲しそうな目でユリアを静かに見つめた。
「うっうっ……ゲーザたちに……はめられました……。蒼天の杖も……彼女が持ってます」
「ゲ、ゲーザ!? ……。そうか……、そういうことか……」
アルシェはそう言って眉をひそめ、思索に沈む。
「私を強制収容所送りにするって……、うわぁぁぁ!」
ユリアは激しく泣き始める。
「大丈夫、そんなことさせないから!」
アルシェはユリアの手をギュッとにぎって、力強く言った。
牢屋にはしばらくユリアの泣き声が響きわたり、アルシェはやさしく手をさする。
「公爵派の陰謀だろう」
ユリアが落ち着くのを待って、アルシェが言った。
ヒック、ヒックとしゃくりあげながら、ユリアは涙でぐちゃぐちゃになった顔でアルシェを見つめる。
「こ、公爵派……?」
「そう、王国は多くの王侯貴族の連合体。王家でも絶対権力者じゃないんだ。そして、最近公爵派が攻勢を強めている。『蒼天の儀』を失敗させれば王家の威信は揺らぐから、公爵派にとっては都合がいいだろう」
「ゲーザが……公爵派?」
「実は少し前にゲーザが魔法の勉強会に誘ってきたんだ。でも、出席者を調べたら明らかに公爵派だったので断ったんだ」
「危なかったですね……。何とか……ゲーザを捕まえられないかしら?」
「うーん、証拠があれば……。ある?」
ユリアは必死に考えるが、物証など思いつかなかった。
「証拠は……むずかしいわ……」
ユリアは肩を落とす。
「そうだよね……。分かった。僕ができること考えてみるよ。これは差し入れ」
そう言ってアルシェは食べ物と毛布を鉄格子の間から差し出した。
「ありがとう……」
ユリアは受け取って、アルシェの手を握る。
二人はしばらく見つめ合った。二人を隔てるのは数本の鉄の棒。でも、この鉄の棒で仕切られた二つの世界には絶望的な断絶があった。
「こんな事しかできずにゴメン……」
「ううん、ありがとう……」
ユリアは涙を浮かべてギュッとアルシェの手を握りなおす。
王子が夜中に差し入れを用意し、身の危険を冒して秘かに牢屋までやってくる、それは簡単なことではない。ユリアはアルシェの気持ちの温かさに救われる思いがして、またポトリと涙をこぼした。
◇
その頃、東京の田町にある高級マンションの最上階、メゾネットタイプの広いリビングで、美しい女性が物憂げに画面を見ていた。画面には各星から上がってくるニュースが流れ、女性はつらつらとスクロールしていく。
すると、ユリアが涙をポロポロ流している映像が出てきて、スクロールを止めた。
「ん? これ、どうなってんの?」
チェストナットブラウンの髪をゆらしながら目を細めて画面に近づき、しばらく眺めると画面をパシパシと叩く。そして、ずらずらと出てくる関連情報に見入った。
「ルドヴィカ……、あいつか……」
そう言うと大きく息をつく。
女性はしばらく何かを考えると、おもむろに初老の男性のアイコンを押した。
「陛下、お呼びですか?」
画面から誠実そうな声が響く。
「キナ臭い奴見つけたわ。ルドヴィカ。ちょっと洗ってくれる? それからそこの大聖女もチェックしといて」
「かしこまりました」
男性はうやうやしく答える。
「じゃ、ヨロシクー」
そう言って通話を切った女性は、腕時計をチラッと見て焦った。
「ヤバいヤバい、遅れちゃう!」
彼女はクローゼットからブラウンのジャケットを取り出してはおり、バッグを持ってベランダに出る。
そして、
「それっ!」
と、掛け声をかけながら軽く地面を蹴って跳びあがり、ツーっとそのまま上空へと飛んで行った。
赤くライトアップされた綺麗な東京タワーの脇を、どんどんと高度を上げて行く女性。さっき上がったばかりの雨は東京の夜を艶やかにいつもより輝かせ虎ノ門から新橋、汐留に続く高層ビル群はいつもよりきらびやかに見える。女性は楽しそうにくるりと回りながら髪の毛をなびかせ、さらに速度を上げていった。
◇
翌朝、憲兵たちがドヤドヤと牢屋に入ってきて、ユリアを後ろ手に縛り、粗末な馬車に手荒く乗せた。
馬車が動き始め、王宮の門を抜けると、待っていた群衆が険しい顔をして馬車を取り囲む。
「詐欺師ユリアを許すな!」「ユリアを出せ!」
なんと、ユリアをリンチにかけたい怒りに燃えた群衆だったのだ。
ガンガン! と馬車を叩く音が響く。
ユリアは真っ青になってかがみながら両手で耳を押さえた。街の人のために今まで大聖女として二年間、言いつけ通りに日々祈りをささげ、結界を維持してきたというのに、なぜこんな仕打ちを受けるのか? ユリアは胃がキリキリと痛み、絶望で吐き気を催した。
「お前ら離れろ!」「妨害するなら斬るぞ!」
騎士たちが群衆に向かって剣を抜き、凄む。
馬にムチが入り、馬車は強引に動き出した。
しかし、今度は投石が馬車を襲う。馬車にガン! ガン! と次々と当たり、そのうちの一つが窓ガラスを破り、破片が車内に飛び散った。その一つが、かがんでいたユリアの頬を切る。
タラリと垂れてくる鮮血。
「えっ!?」
ユリアは手の甲にポトリと落ちた真紅のしずくに、思わず息を飲む。慌てて治癒魔法を使おうとしたが、神聖力は湧き起こらず、傷はいやせなかった。
はぁぁ……。
ユリアは声にならないうめきを漏らすと、そのままバタリと床に崩れ落ちてしまった。
コツコツコツ……。
夜半、ユリアが牢の寒さに震えていると誰かが入ってくる。
そっと目を開けると、金髪の少年、第二王子のアルシェだった。
「ア、アルシェ……。こんな所に、いけません!」
ユリアは飛び上がり、鉄格子をつかんで叫ぶ。
「ユリア……。こんな所に……」
アルシェは暗く冷たい牢獄の中を見回し、ユリアの手にそっと手を重ね、涙で潤む目でユリアを見つめた。
アルシェの手の温かさが心に沁みたユリアは、湧き上がってくる悲しみをこらえきれずポロポロと涙をこぼす。
そんなユリアの手を優しくさすりながら、アルシェは悲しそうな目でユリアを静かに見つめた。
「うっうっ……ゲーザたちに……はめられました……。蒼天の杖も……彼女が持ってます」
「ゲ、ゲーザ!? ……。そうか……、そういうことか……」
アルシェはそう言って眉をひそめ、思索に沈む。
「私を強制収容所送りにするって……、うわぁぁぁ!」
ユリアは激しく泣き始める。
「大丈夫、そんなことさせないから!」
アルシェはユリアの手をギュッとにぎって、力強く言った。
牢屋にはしばらくユリアの泣き声が響きわたり、アルシェはやさしく手をさする。
「公爵派の陰謀だろう」
ユリアが落ち着くのを待って、アルシェが言った。
ヒック、ヒックとしゃくりあげながら、ユリアは涙でぐちゃぐちゃになった顔でアルシェを見つめる。
「こ、公爵派……?」
「そう、王国は多くの王侯貴族の連合体。王家でも絶対権力者じゃないんだ。そして、最近公爵派が攻勢を強めている。『蒼天の儀』を失敗させれば王家の威信は揺らぐから、公爵派にとっては都合がいいだろう」
「ゲーザが……公爵派?」
「実は少し前にゲーザが魔法の勉強会に誘ってきたんだ。でも、出席者を調べたら明らかに公爵派だったので断ったんだ」
「危なかったですね……。何とか……ゲーザを捕まえられないかしら?」
「うーん、証拠があれば……。ある?」
ユリアは必死に考えるが、物証など思いつかなかった。
「証拠は……むずかしいわ……」
ユリアは肩を落とす。
「そうだよね……。分かった。僕ができること考えてみるよ。これは差し入れ」
そう言ってアルシェは食べ物と毛布を鉄格子の間から差し出した。
「ありがとう……」
ユリアは受け取って、アルシェの手を握る。
二人はしばらく見つめ合った。二人を隔てるのは数本の鉄の棒。でも、この鉄の棒で仕切られた二つの世界には絶望的な断絶があった。
「こんな事しかできずにゴメン……」
「ううん、ありがとう……」
ユリアは涙を浮かべてギュッとアルシェの手を握りなおす。
王子が夜中に差し入れを用意し、身の危険を冒して秘かに牢屋までやってくる、それは簡単なことではない。ユリアはアルシェの気持ちの温かさに救われる思いがして、またポトリと涙をこぼした。
◇
その頃、東京の田町にある高級マンションの最上階、メゾネットタイプの広いリビングで、美しい女性が物憂げに画面を見ていた。画面には各星から上がってくるニュースが流れ、女性はつらつらとスクロールしていく。
すると、ユリアが涙をポロポロ流している映像が出てきて、スクロールを止めた。
「ん? これ、どうなってんの?」
チェストナットブラウンの髪をゆらしながら目を細めて画面に近づき、しばらく眺めると画面をパシパシと叩く。そして、ずらずらと出てくる関連情報に見入った。
「ルドヴィカ……、あいつか……」
そう言うと大きく息をつく。
女性はしばらく何かを考えると、おもむろに初老の男性のアイコンを押した。
「陛下、お呼びですか?」
画面から誠実そうな声が響く。
「キナ臭い奴見つけたわ。ルドヴィカ。ちょっと洗ってくれる? それからそこの大聖女もチェックしといて」
「かしこまりました」
男性はうやうやしく答える。
「じゃ、ヨロシクー」
そう言って通話を切った女性は、腕時計をチラッと見て焦った。
「ヤバいヤバい、遅れちゃう!」
彼女はクローゼットからブラウンのジャケットを取り出してはおり、バッグを持ってベランダに出る。
そして、
「それっ!」
と、掛け声をかけながら軽く地面を蹴って跳びあがり、ツーっとそのまま上空へと飛んで行った。
赤くライトアップされた綺麗な東京タワーの脇を、どんどんと高度を上げて行く女性。さっき上がったばかりの雨は東京の夜を艶やかにいつもより輝かせ虎ノ門から新橋、汐留に続く高層ビル群はいつもよりきらびやかに見える。女性は楽しそうにくるりと回りながら髪の毛をなびかせ、さらに速度を上げていった。
◇
翌朝、憲兵たちがドヤドヤと牢屋に入ってきて、ユリアを後ろ手に縛り、粗末な馬車に手荒く乗せた。
馬車が動き始め、王宮の門を抜けると、待っていた群衆が険しい顔をして馬車を取り囲む。
「詐欺師ユリアを許すな!」「ユリアを出せ!」
なんと、ユリアをリンチにかけたい怒りに燃えた群衆だったのだ。
ガンガン! と馬車を叩く音が響く。
ユリアは真っ青になってかがみながら両手で耳を押さえた。街の人のために今まで大聖女として二年間、言いつけ通りに日々祈りをささげ、結界を維持してきたというのに、なぜこんな仕打ちを受けるのか? ユリアは胃がキリキリと痛み、絶望で吐き気を催した。
「お前ら離れろ!」「妨害するなら斬るぞ!」
騎士たちが群衆に向かって剣を抜き、凄む。
馬にムチが入り、馬車は強引に動き出した。
しかし、今度は投石が馬車を襲う。馬車にガン! ガン! と次々と当たり、そのうちの一つが窓ガラスを破り、破片が車内に飛び散った。その一つが、かがんでいたユリアの頬を切る。
タラリと垂れてくる鮮血。
「えっ!?」
ユリアは手の甲にポトリと落ちた真紅のしずくに、思わず息を飲む。慌てて治癒魔法を使おうとしたが、神聖力は湧き起こらず、傷はいやせなかった。
はぁぁ……。
ユリアは声にならないうめきを漏らすと、そのままバタリと床に崩れ落ちてしまった。