4-8. 絶望のプランB
「くっ! まだまだ! プランB、用意!」
将軍はぐっと歯を食いしばり、恐怖心を押さえこんで叫ぶ。
兵士たちは一斉に塹壕に逃げ込み、草原には歩くジェイドだけが残される。気がつくと将軍もユリアを残して穴に飛び込んだ。
直後、ジェイドの足元から漆黒のオーラが次々と立ち上がり、ジェイドに巻き付いていく。どんどん闇に飲まれていくジェイド……。
「ハッハッハ――――! あの闇の中では誰もが正気を失う。精神を蝕む闇、奴がどれだけタフでもこれに耐えられる人間などおらん!」
将軍は塹壕から顔を出しながら勝ち誇った様子で叫ぶ。
直後、真紅の巨大な魔法陣がジェイドの上空に輝いた。それは莫大な魔力を受け、パリパリと周囲にスパークを放つほど高エネルギーが充填されている。
「とどめじゃ! 焼き尽くせ!」
将軍がそう叫ぶと魔法陣はジェイドめがけて一気にはじけ、閃光が天地を覆いつくした。
ズーン!
激しい衝撃波が大地を、ユリアを襲い、生えていた木々は次々となぎ倒されていく。
巨大なキノコ雲が立ち上り、熱線を辺りに振りまきながら高く高く舞いあがった……。
熱線が降り注ぐ中、将軍はニヤニヤしながらそーっと塹壕から顔を出す。これはオザッカ軍最大の攻撃手段であり、それを直撃させた以上勝利にはゆるぎない自信があったのだ。
しかし……、キノコ雲が晴れていった中、将軍が目にしたのは無傷のジェイドだった。
まるで何事もなかったかのようにジェイドは焼け野原で佇んでいる。
「え……?」
将軍は言葉を失う。精神を乱し、そこに最大の爆撃を加えた。もうこれ以上の攻撃方法はないし、そもそもあの直撃を受けて無傷な理由が分からない。そんな人間はいるはずないのだ。
兵士たちも塹壕から顔を出し、どよめきが上がる。みんな無傷なジェイドに驚き、底知れぬ恐怖に顔を青ざめさせていた。
「ジェイドそろそろいいわよー」
ユリアは楽しそうに声をかけた。ユリアも爆発の衝撃を受けたはずだったのに何のダメージもおっていない。将軍はこの二人のあまりの異常さに、湧き上がる恐怖心を抑えきれず、歯をガチガチと鳴らした。
ジェイドは、ボン! という爆発を起こし、ドラゴンへと変化する。
将軍も兵士も目を疑った。いきなり現れた、巨大な翼を翻す威風堂々とした巨体。それは厳ついウロコに巨大な鋭い爪を誇示し、まるでこの世の者とは思えない伝説級の威容だった。
あわわわわ……。
真っ青になる将軍。
なるほど、彼はドラゴンだったのだ。小賢しい人間の攻撃など効くわけがない。
「も、もうダメだ……」
将軍はへなへなと、塹壕の中にへたり込んでしまう。
ギョワァァァ!
ジェイドは重低音の咆哮を一発、二万人の兵士たちは圧倒的な迫力に威圧され戦意を喪失した。
雄大な翼を大きく天へ掲げると、ジェイドは太い足で一気に空へと跳び上がり、バサッバサッと翼をはばたかせる。
兵士たちはパニックに陥った。かつてある街がドラゴンの一息で灰燼に帰したと伝えられている。そういう伝説は皆、子供の頃から聞かされているのだ。もはや逃げる以外考えられなかった。
ジェイドは上空から逃げ回る兵士たちを睥睨すると全身を青白く輝かせ、ギュァァァ! という咆哮と共に兵士たちに衝撃波を放つ。
衝撃波は兵士たちを直撃し、地響きが響き渡った。兵士たちは無様に吹き飛ばされ、もんどりを打って転がっていく。
ひぃぃぃ……。
将軍は自慢の軍隊が壊滅してしまったことに言葉を失い、冷や汗をたらたらと流す。伝統あるオザッカの軍隊を任されて十数年、誇りをもって今までやってきたが無様にも壊滅させられてしまったのだ。
相手がドラゴンであったとしても、それなりの戦い方があったに違いない。それを見抜けず、慢心して壊滅させてしまった失態はとても許されないし、一番自分が許せなかった。
将軍は意を決すると塹壕を飛び出し、剣を抜いてユリアに駆ける。
せめて大聖女だけでもうち滅ぼしておかねばオザッカの臣民に、君主に顔向けができない。
将軍は筋骨隆々としたたくましい腕を振り上げ、
「ソイヤ――――!」
と、の掛け声とともに、目にも止まらぬ速さでユリアに剣を振り下ろした。
ザシュッ!
剣はユリアの肩口から斜めに袈裟切りにバッサリと切り裂いた。
将軍は肉を切り、骨を断つ手ごたえをしっかりと感じながら最後まで剣を振り抜く。まさに歴戦の勇士による見事な剣さばきだった。
4-9. 東京には負けない
ぐはぁ!
だが、直後に血を吐いて倒れたのはなんと将軍。
見ると、将軍の身体がバッサリと切り裂かれ、血が噴き出している。
「な、なぜ……」
理解できず荒い息でうつろな視線をユリアに向けた。
ユリアはそんな将軍を見下ろし、
「ごめんなさい、私、神なの。神に人間の攻撃なんて効かないわ」
と、憐れむような視線を投げかける。
ユリアはダメージを反転する設定を自分の体にかけていたのだった。
「か、神……? 化け物め……」
将軍はそうつぶやくとガクッと意識を失う。
「あらら、死なれちゃ困るわよ」
ユリアはそう言うと、将軍の身体のデータを斬られる前の状態に戻した。
◇
ユリアは将軍を連れてオザッカの宮殿に戻る。そして、将軍に君主をはじめ首脳陣に対して敗戦を報告させると、
「無条件降伏してね。それともまだやる?」
と、にこやかに笑う。
君主たちは渋い顔で顔を見合わせるが、軍は全滅、ドラゴン相手に勝つ算段など見つからない。もはや降伏する以外なかった。
君主はがっくりと肩を落とし、無条件降伏の書面にサインをする。
こうしてユリアはあっという間にオザッカを降伏させたのだった。
◇
ユリアたちは王都へと飛んだ。
穏やかな温かい日差しの中、伸び伸びと気持ちよく高度を上げていく。
「ジェイド、お疲れ様」
ユリアはジェイドの手を取って言った。
「あのくらい大したことは無い」
「でも、ジェイドのおかげでとんとん拍子で話が進んだわ」
「強さでいったらユリアの方が強いだろう。なんたって神の力がある」
「強いだけじゃダメなのよ。『大聖女が強かったです!』って言ったって誰も信じないけど、『ドラゴンがー!』って言ったらみんな納得するもん」
「そう言うものか?」
「そうよ」
そう言いながら、ぽっかりと浮かぶ白い雲をのびやかに越えていく。
「ねぇ?」
ユリアは微笑みながらジェイドを見つめ、続ける。
「この星の立て直しが終わったら、結婚しない?」
「け、結婚?」
いきなりの提案にジェイドは目を丸くする。
「嫌?」
ちょっと寂しそうに聞くユリア。
「も、もちろんうれしいが……、我は龍、神様と結婚だなんて……」
「そう言うの気にしないの! ちゃんとパパとママにも会わせたいし、二人を祝ってもらいたいの」
「ありがとう。そうだな、きちんとご挨拶しないと……」
ジェイドは緊張した表情をする。
「ふふっ、きっとパパもママも喜んでくれるわ」
ユリアは満面に笑みを浮かべる。
「だといいんだが……」
「結婚式は……、そうね、小ぢんまりと身内だけで王都のレストランでやろうかしら?」
「ユリアの希望に合わせよう」
うれしそうに微笑むジェイド。
「司会はヴィーナさんにお願いしようかしら?」
「神様の神様に頼むの? それはまた破格だな」
「受けてくれるといいなぁ」
そんなことを話していると遠く眼下に王都が見えてきた。
「私の計画だと、王都もそのうち東京みたいになるのよ」
ユリアは王都をじっと眺めながら言う。
「五十階建てのビルをたくさん建てるの?」
「そう、あの辺は全部高層ビルで埋めるのよ。そして、高速道路をズドーンと真っ直ぐに。首都高速みたいにクネクネっていうんじゃなくてズドーンとね」
「ハハハ! 都市計画だね、楽しそうだ」
「ふふっ、東京には負けないわ」
ユリアはニヤッと笑った。
◇
「オザッカ倒してきたわよー」
ユリアは王宮に戻ってくると、バーンと会議室のドアを開けて上機嫌に言った。
「えっ!? もう?」
目を丸くするアルシェ。
「はい、無条件降伏の書面よ」
ユリアはアルシェにファイルを渡し、席に座るとポットからカップに紅茶を注いだ。
「え? 抵抗……されなかった?」
アルシェが恐る恐る聞く。
「ジェイドがね、兵士二万人全員ぶっ倒したから諦めたみたい」
「全員!?」
アルシェは額に手を当てて目をつぶった。
「やっぱり『全力でやって負けた』と思ってもらわないと、なかなか統治は進まないからね」
「殺しは……してないよね?」
「ジェイド、大丈夫よね?」
「手加減したから大丈夫だろう」
ジェイドは淡々と言う。
アルシェは二万人相手でも手加減が必要だ、というジェイドの戦闘力に思わずゾッとした。
「占領軍の派遣と、事務方の協議の方、頼んだわよ」
ユリアは宰相に向かって言う。
「はい、わかりました……」
宰相はそう言うと、目をつぶって大きく息をついた。
4-10. 喰われる腕
オザッカ軍がドラゴンに壊滅させられた噂は全世界に一気に広まり、サヌークもサグも降伏を申し出てきた。敗北してから無条件降伏するよりは、交渉の余地を残したいとの判断だろう。
これで世界統一は実現してしまった。もちろん、条件交渉や法制度の整備など、やる事は山積みではあるが、ユリアとジェイドの仕事はもう終わりである。
後はユリアが描いた絵通りに、新しい民主主義への移行を淡々とやってもらうだけだ。
会議が終わり、ユリアが紅茶をすすっていると、文官が入って来てアルシェに何かを報告し、アルシェは腕を組んで悩みだした。
「アルシェどうしたの?」
「ダギュラにおかしな部屋があるんだって」
「おかしな部屋?」
「宮殿の地下の部屋が、何をやっても真っ暗なんだって。ランプで照らしても魔法で照らしても闇が広がっているだけで不気味なので、接収部隊が困ってるって」
ユリアはジェイドと顔を見合わせる。不思議なことは神の力の影響だろう。
「分かった。調査に行ってくるわ」
ユリアはニコッと笑って言った。
「ちょ、ちょっと待って。テロリストのワナかもしれない。怪しい物を見つけたらシアン様に連絡を入れるって話だったじゃないか」
ジェイドは焦って言う。
「暗いだけなんでしょ? すぐさま危険って訳じゃないわ。シアンさんだって忙しいんだから気軽に連絡なんてできないわ」
「いや、でも……」
「時間止めて中を調査するだけ。それで変なのがあったら報告しましょ」
ユリアは気軽にそう言うとジェイドと共に宮殿に跳んだ。
地下の廊下を歩いていると黄色と黒の非常線が貼られた区画が見えてくる。どうやら奥の部屋がそのおかしな部屋らしい。
ユリアは時間を止めると非常線をくぐり、部屋のドアを開ける……。
確かに中は真っ暗で何も見えない。いろいろと試したが、光を無効にする設定が施されているらしく何をやっても闇のままだった。
「テロリストめー……。どうすんのこれ?」
「これはダメだ。シアン様に報告だ」
ジェイドは首を振る。
ユリアはそんなジェイドの言葉を無視して、室内のデータをツールで解析していく。すると、そこに見覚えのある物が浮かび上がってきた。なんと『蒼天の杖』が空中に浮いているのだ。
「えっ!? なんで私の杖がこんな所に!?」
ユリアは思わず部屋に駆けこんでしまう。
「ユリア、ダメだ!」
ジェイドはそう叫んだが、ユリアは暗闇の中ツールで位置を把握し、手を伸ばして杖をつかむ。
直後、ぼうっと闇の向こうに何かが浮かんだ。
ウェーブのかかった金髪の少女が、まるでスポットライトを浴びたかのように光をまといながらふわりと浮いている。
そしてユリアを見てニヤリと笑ったのだ。時間を止めているのに動けている。それは管理者権限を持つ者の特権だった。
「あ、あなたはルドヴィカ!?」
ユリアは急いで逃げようと思ったが、ルドヴィカの隣に誰かいる……。
ユリアが目を凝らすと、それはジェイドだった。
「えっ!? な、なんでジェイドが……?」
呆然とするユリア。
そしてルドヴィカは挑発的な表情でジェイドのシャツのボタンを外し始める。
ユリアは唖然とした。前管理者でありテロリスト、そんな彼女がなぜジェイドの服を脱がすのか?
ユリアは逃げる事なんてすっかり忘れて、ルドヴィカの指先を見つめてしまう。
ルドヴィカはジェイドの胸をはだけさせると、ジェイドの厚い胸板をまさぐる。そして、背伸びをするとなんとジェイドにキスをしたのだ。
ユリアの中で何かがプツンと切れる。逃げなきゃいけないと分かっているのに頭に血が上ってしまっていた。
そして、対テロリスト用ツールをずらりと起動すると右手をルドヴィカに向ける。
「ジェイドから離れなさいよ!」
ユリアはそう叫ぶと一斉にルドヴィカにハッキングを仕掛けた。漆黒のコードが何本もルドヴィカめがけて飛びかかる。
しかし、ルドヴィカはそれを待ってたかのようにニヤッと笑う。
そして、コードがルドヴィカにとりついた瞬間、攻撃ケーブルを逆にたどってユリアの右腕を吹き飛ばした。
うぎゃっ!
ユリアは悲痛な叫びを上げ、もんどり打って倒れこみ、右腕はびたんと音を立てて転がった。
ルドヴィカはそんなユリアをニヤニヤ見下ろしながら、コードを引っ張り、転がるユリアの右腕を引き寄せる。そして白くすべすべとした右腕をジロジロと眺め、次の瞬間、なんと美味しそうにかじりついたのだった。
口の周りから鮮血をたらしながらクチャクチャと音を立て、右腕を貪るルドヴィカ。その猟奇的な姿にユリアは真っ青になって逃げだそうと立ち上がる。
しかし、ルドヴィカは右腕をくわえながらハッキングコードをユリアに次々と撃ち込んできた。
きゃぁぁ!
ユリアは何本か打ち返せただけで次々とコードの餌食となる。
コードを撃ち込まれた部分は赤黒く変色し、ユリアは身体のコントロールを失っていく。
「やめてぇ!」
ユリアは叫びながら自らの愚行を痛烈に後悔した。神だなんて思いあがったあげく、いざとなったら手も足も出ない。まさにテロリストの格好の餌食だった。
「お前の身体のリソースは、ありがたーく使わせてもらうわ。キャハッ!」
ルドヴィカはうれしそうに笑った。
4-11. 黄金色に輝く星
ズン!
いきなり激しい閃光が部屋に走り、強烈なエネルギー弾がルドヴィカを貫いた。
ぐはぁ!
胸に大穴が開き、ガクッとひざをつくルドヴィカ。
「そこまでだよっ!」
水色の髪をゆらしながらシアンが部屋に飛び込んでくる。
そして、右腕を激しく水色に光らせた。
「ちっ! もう少しだったのに!」
ルドヴィカはそう言い残すとフッと消えていく。
「まてっ! あぁ……」
シアンは攻撃体勢をゆるめ、肩を落とした。
そして、転がっているユリアを見て大きく息をつき、助け起こす。
「あらあら、ずいぶんとやられたねぇ……」
そう言いながら失った右腕を再生させていく。
「ご、ごめんなさい……」
ユリアは涙をポロポロ落としながら謝る。
「戦っちゃダメって言ったよ」
シアンはジト目でユリアを見た。
「ユリア、大丈夫か?」
ジェイドが駆け寄ってくる。
「あれっ!? ジェイド? 部屋の外に……いたの?」
「え? あのまま外でシアン様を呼んでたんだが?」
「じゃあ……、あのジェイドは……?」
「幻覚攻撃だね。ジェイドの映像で動揺を誘ったんだな」
シアンは渋い顔をする。
「そ、そんな……」
「奴らは狡猾だ。強いだけじゃない、そういうからめ手にも長けてるんだ」
ユリアはあっさりとテロリストの術中にはまった間抜けさに、ガックリと肩を落とした。
「あいつはユリアの身体のリソースを得て多くの権限を獲得しちゃった。ちょっと厄介だよ」
シアンは腕組みをして何かを考える。
すると、シアンはハッとした顔をしてユリアとジェイドの腕をつかむと空間を跳ぶ。
目の前に広がる青空、そこはダギュラの街の上空だった。直後、激しい閃光が天地を覆い、ズズーン! という爆発音が響いて、下の方で宮殿が吹き飛んでいるのが見えた。
「あぁっ!」
ユリアは真っ青になる。
やがて立ち昇ってくる漆黒のキノコ雲。
自分が迂闊な行動をしたばかりに大変なことになってしまった。胸がキュッとなって目の前が真っ暗になる。
するといきなり空中に映像が浮かび上がった。
「ハーイ! みなさん、こんにちは! キャハッ!」
上機嫌に金髪をゆらしながら手を振るルドヴィカだった。背景にはずらりと並ぶ円筒、なんとジグラートに居るらしい。
ユリアは唖然とした。テロリストがこの星の心臓部にいる。つまり、いつでもこの星を滅ぼせる、生殺与奪の権利を握られてしまった。
「どうやってそこに行ったんだ?」
シアンは険しい表情でルドヴィカをにらむ。
「あら、田町の方なのにそんなことも分かんないの? キャハッ!」
ルドヴィカは楽しそうに笑う。
ユリアの権限を奪った訳だから、海王星に行く事はルドヴィカにもできるだろう。だが、それは海王星の衛星軌道上のコントロールルームまでである。海王星の中にあるジグラートにこんな短時間で行けるわけなどないのだ。
本当にそこにいるのだとしたらさらに上位の権限を得たという事であり、それは一万個の地球全体に対する脅威を意味している。
もちろんシアンは宇宙を統べる存在の一翼である。今すぐジグラートに跳んでルドヴィカを吹き飛ばすことなど簡単なのだ。しかし、それを知りながらルドヴィカは姿をさらしている。何らかのワナがあると考える方が妥当だった。ルドヴィカのカラクリを解かない限り動けない。
「これ、なーんだ?」
そう言ってさらに新たな映像を展開するルドヴィカ。そこには黄金色に輝く美しい星が映っている。
シアンはギリッと奥歯を鳴らした。
やがて映像がパンをして、衛星軌道上に展開されている巨大な施設が映し出される。
それはいぶし銀の金属で覆われた、たくさんの大きな円筒モジュールで構成されており、周囲には広大な放熱パネルがまるで翼のように多数展開されている。そして、少し離れたところには薄い金属フィルムでできた広大な日よけが展開され、全体を太陽から守っていた。
映像の奥の方をよく見ると、この施設が次々と連なっているのが分かる。巨大な惑星を一周しているのかもしれない。その異常な規模は海王星のジグラートが霞むくらいだった。
4-12. 消える六十万年
「金星だ……」
シアンは渋い顔をしながら言う。
「金星……?」
ユリアはその壮大な光景に見入りながら答える。
「海王星を作り出している施設だよ。テロリストがたどり着けるような場所じゃないはずなんだけどなぁ」
シアンは腕を組み、首をかしげる。
直後、金星のモジュールが閃光に包まれ、爆破された。
「キャハッ!」
うれしそうな声が響き、一瞬ユリアたちの周りの風景が四角形だらけのブロックノイズに埋まった。
「きゃぁ!」
ユリアはその異常な事態に青ざめて叫ぶ。この星の根幹が揺らいでいる。この星に息づく何億もの人たちの命が危機に瀕しているのだ。
「この星のバックアップデータはすべて破壊した。もう復元はできないよ」
ルドヴィカはドヤ顔で言う。
ジグラートを破壊されてもバックアップデータさえあれば復元は可能である。しかし、金星の設備を吹き飛ばしたとなると事は重大だ。ジグラートにしかもうこの星のデータは残っていない。ユリアはことの深刻さに目がくらくらした。
「何がやりたいの?」
シアンが聞く。
「この星の自治権を要求する!」
ルドヴィカはこぶしを握りながら叫んだ。
「なるほど、この星を人質に取ったんだな……。だが断る! きゃははは!」
シアンはニコニコしながら答えた。
「我々がこの星を発展させてきたのよ! 勝手に取り上げていい理屈などないわ!」
「僕たちは君らに委託しただけ。欲望のままに好き勝手したら契約は終了だよ。恨むなら欲望に負けた自分を恨むんだね」
ルドヴィカはムッとしてシアンをにらみ、こぶしを赤く光らせると近くの円筒にエネルギー弾を放った。
ズン!
激しい音がして円筒が吹き飛び、ユリアたちの上空から東側一帯の空が真っ黒になった。さっきまで青空が広がり、白い雲が浮いていた空はまるで異界に繋がってしまったかのように光を失い、ただ漆黒の闇が広がるばかりだった。
「自治権が得られるまでここのコンピューターを次々と壊すがいいんだな!?」
ルドヴィカは目を血走らせながら叫ぶ。
「いいよ? でも、君も消されるよ?」
シアンはそう言った。
「ダ、ダメです! 壊されたら困ります!」
ユリアは焦ってシアンの腕にしがみついた。
「そ、そうだぞ! よーく考えろ! それに私に危害が及ぶと自動的に金星のどこかがまた爆発するようになってる。下手な考えは止めろ!」
「やれば?」
シアンはうれしそうに即答する。
ユリアもルドヴィカも唖然とする。数多の命のかかわる貴重で重大な施設を『壊してもいい』とにこやかに言い放つシアン。二人とも言葉を失ってしまう。
「いいか? ここの施設は六十万年かかって作られているんだぞ? それを壊されていい訳がないだろ!」
ルドヴィカは焦って吠える。
「んー? また六十万年待てばいいだけでしょ?」
シアンは首をかしげながら、こともなげに言った。
ユリアは背筋がゾッとした。シアンは本気でそう思っているのだろう。百万個の星々を統べる神々にとってみたら一万個の地球が吹っ飛び、六十万年の成果が失われることも些細なことなのかもしれない。しかし、ユリアにとってはこの星がすべてなのだ。この星が消されてしまうのは絶対に避けなくてはならない。
「よーし、それなら全部ぶっ壊してやるぞ! 本当にいいんだな?」
ルドヴィカは激昂して叫ぶ。
シアンは腕組みをしながら何かを考えている。
ユリアはジッとシアンを見つめる。シアンがこうしている時は裏で何かを行動している時なのだ。
「おい! 何か言えよ!」
ルドヴィカは再度こぶしを赤く光らせ叫ぶ。
半分、青空を失ってしまった地球。ユリアはその漆黒の空を眺め、何かできる事が無いか必死に考える。そしてブレスレットのことを思い出した。
そしてそっと右手をブレスレットにかける。
ルドヴィカが本気でジグラートを破壊しようとしたらこれを引きちぎるしかない。それでこの星は守られるのだ。だが、それはオリジナルな宇宙をこの世界に展開すること。自分の命の保証も何もない無謀な最終手段なのだ。
ユリアの頬にツーっと冷や汗が流れる。
『ねぇ、二十秒、時間稼いで』
シアンからテレパシーが届いた。シアンなりに解決策が見つかったらしい。
ユリアは出口が見つかったことに安堵を覚え、ぐっと下腹部に力を込めるとルドヴィカに声をかけた。
「あ、あのぉ。私、ルドヴィカさんの言うこと分かるんです」
『後十五秒……』
「ちやほやされてきた大聖女に何が分かるって言うんだよ!」
ルドヴィカは酷い形相で叫ぶ。
『後十秒……』
「あー、大聖女は大聖女で苦労あるんですよ? ま、それは置いておいてですね、私の話を聞いて……」
『後五秒……』
「あっ! 時間稼ぎだな! チクショー! 死ねぃ!」
そう叫ぶと、ルドヴィカはジグラートの外壁に向けて鮮烈な赤い閃光を放った。
4-13. 輝くデジタルの赤ちゃん
「えっ!?」
悪夢のような光景が展開される。
あと数秒、あと数秒が届かなかった。
画面の向こうでジグラートに大穴が開き、爆発を起こしながら円筒が吹き飛ばされていく。
この星が消える。多くの命が消える。ユリアは目の前が真っ暗になった。
また失敗してしまった……。
ユリアの失敗が重なり今、全てが崩壊していく。
南側に見えていた広大な海が次々と漆黒の闇に飲まれ、消えていく。この国が、多くの人たちが消え去ってしまうのはもう時間の問題だった。
ユリアはギュッと奥歯をかみしめると、全てを覚悟し、目をつぶる。そして一つ大きく息をつくと、右手に神力をこめてブレスレットを引きちぎった。
パン! パリパリパリ……。
ブレスレットから勢いよく光の微粒子が噴き出し、吹雪のようにユリアたちを覆って黄金色にまぶしく輝く。
光の微粒子は細かな『1』と『0』の形をしており、それが勢いよくユリアたちの周りを飛び回っていた。
「うわぁ!」「きゃぁ!」
何が起こったのか混乱していると、やがてその一部が集まって来て雲のようになっていく。
唖然としてその様を眺めていると、そのうちに雲は空を飛ぶかわいい赤ちゃん天使の姿へと変わり、にこやかに微笑んだ。
その微笑みは優美で慈愛に満ち、その神聖な輝きは心を温める。
「えっ……?」
ユリアが思わず赤ちゃんに見入ると、直後、赤ちゃんの顔がいきなり数メートルの大きさに巨大化し、大きく口を開く。
三人があっけにとられた直後、赤ちゃんはユリアをパクリと飲み込み、激しい閃光を放った。
「ユリア――――!」
ジェイドが絶叫する。
しかし、その叫びもむなしく、ユリアはバラバラに分解され、光の中へと溶けていったのだった。
◇
シアンとジェイドは海王星のコントロールルームに飛ばされる。
金星はかろうじてシアンの対処で事なきを得たが、ルドヴィカの自爆によって星は失われ、同時にユリアも消えてしまった。
窓の外にはただ、紺碧の海王星が満天の星々の中に美しく佇んでいる。
ジェイドはひどくショックを受け、ただ海王星を眺め、呆然としていた。
「ユ……ユリア……」
シアンはポンポンとジェイドの肩を叩いて言う。
「ユリアはブレスレットであの星を守ったんだよ」
だが、ジェイドには理解できない。
「守った……って、どう守られて、ユリアはどこにいるんですか?」
「それは……、分からないよ。少なくともこの宇宙からは消えてしまった」
シアンは肩をすくめた。
「そ、そんな……」
ジェイドはひざから崩れ落ち、愛するものを失った現実を受け入れられず、海王星の青い光を受けながら、ただ虚ろな目で動かなくなった。
◇
「それー行ったぞー」「まって、まってー」「キャハハハ!」
子供たちの遊ぶ楽しげな声が聞こえる。
気がつくとユリアは気持ち良い芝生の上に寝転がっていた。澄みとおる青空に、ぽっかりと浮かぶ白い雲。そして燦燦と照り付ける太陽。
ゆっくりと体を起こすと、そこは公園だった。多くの家族連れがピクニックを楽しみ、子供たちがボールを蹴って楽しそうに遊んでいる。
「あれ……? ここはどこ?」
ゆっくりと体を起こすと、白い建物が見える。見覚えのある建物……。
「えっ!?」
なんとそれは王都の王宮だった。しかし、なぜ王宮が公園になっているのか分からず、ユリアは混乱して二度見をした。
そして振り返って思わず素っ頓狂な声を出した。
「はぁ!?」
そこには超高層ビルが林立していたのである。
東京で見たビルよりもずっと高く、カッコよいビル群が、その個性を競うあうようにひしめき合っていた。そして、そのビルの間を多くの乗り物が飛び回っているのが見える。まさに未来都市だった。
ユリアは唖然とする。ここは王都、ユリアの星である。しかし、もはや別の星のように見えた。
フラフラと立ち上がり、王宮の方へ歩いて行く。花の咲き誇っていた広大な庭園が今は公園となって一般開放されているようだった。
王宮の前には銅像が建てられていた。威厳のある高齢の紳士が指先をまっすぐに前にのばした像。銅像の足元はみんなに触られていて、そこだけツヤツヤに赤銅色に輝いている。
プレートを読んでユリアは固まった。
『初代大統領アルシェ・リヴァルタ 享年85歳』
なんと、この像は老人になったアルシェの像だったのだ。
解説を読むと、百年ほど未来に自分は来てしまったらしい。
「ア、アルシェ……」
予想もしなかった事態にユリアは動揺し、涙をポロリとこぼす。
ユリアがブレスレットを破壊したおかげでこの星は守られ、アルシェはその中で国を盛り立て、今、夢のような発展を遂げた……ということだろうか?
素晴らしい発展……それはまさにユリアの描いた理想をはるかに超え、東京すら超えた理想郷となっている。
だが、ユリアが知っている人、パパもママも誰も生き残っていないだろう。ユリアは摩天楼を見上げながら途方に暮れ、
「な、なんなのよ……これ……。ねぇ、アルシェ……」
そう言いながら静かに涙を流し、銅像の台座にヨロヨロともたれかかると、アルシェ像の足元をさすった。
4-14. 絶対神ユリア
「そ、そうだ、ジェ、ジェイドは?」
ユリアは周りを見回したが、転送されてきたのはユリア一人のようだった。目をつぶって必死にジェイドの気配を探ってみても、それらしきものは見つけられない。
「えっ!? 私一人だけ?」
この摩天楼そびえる大都市で、ユリアは一人ぼっちになってしまったことを知り、愕然とした。
「う、嘘よね……、まさか」
楽しそうな家族連れ、子供たちが遊ぶ中でユリアは一人呆然として立ち尽くす。
「シ、シアンさん……、そうよシアンさんならどこかにいるはずだわ」
ユリアは心を静め、神の回線を開き、シアンを呼ぶ。
しかし、応答がない。
「そ、そんなはずはないわ! シアンさん、シアンさん!」
ユリアは心の奥で強くシアンをイメージする。水色の髪をした可愛い女の子、でも中身は底知れない強さと神秘に彩られた『神様の娘』。六十万年を平気で待てる彼女なら百年程度で消えるはずなどないのだ。
「シアンさん……シアンさん……」
ユリアは感覚を全開にして深層意識の中でシアンのイメージを追う。
すると、覚えがある雰囲気を肌に感じた。
「あっ!」
ユリアは目を開けて辺りを見回す。
すると、初めて会った時のように上空から光をまといながら降りてくる人影が見える。
「シアンさーん!」
ユリアは思わず両手を振って叫び、シアンはユリアの前に着地した。
しかし、降り立ったシアンはいつもと様子が違う。
「ユリア様、お呼びでしょうか?」
そう言いながら胸に手を当てて頭を下げたのだ。その予想外の応対にユリアは困惑しながら聞く。
「えっ? ど、どうしたんですか?」
「どうと言われましても、ユリア様はこの世界の神であらせられます。私は神に創られた僕に過ぎません」
ユリアは困惑する。見た目も声もシアンそのままなのに、中身はシアンではないのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。私がシアンさんを創ったってどういうことですか?」
「この宇宙はユリア様の想いによって生まれ、ユリア様の観測によって事象が確定しています。無限の可能性の中から選ばれた僕の姿、それが今の私です」
シアンはらしくない真面目な顔で言う。
「えっ!? この宇宙は私の宇宙なんですか?」
ユリアは混乱した。さっきまでいた宇宙は誠を中心に回っていた。誠が未確定の所を確定させていき、宇宙の形が作られていたのだ。だが、この宇宙は自分を中心に回っているという。
「私が思ったことがこの宇宙に反映されるって……こと……ですか?」
ユリアは恐る恐る聞く。
「その通りです。頼れる人が欲しいと望まれ、そのイメージとしてシアンという方を選ばれたので私が創られました」
ユリアが作り出した新しいシアン『ネオ・シアン』はクリッとした碧い瞳で淡々と説明する。
「えっ!? じゃあ、誠さんの世界の人とはもう会えない? ジェイドは?」
「私はジェイドという方を知りませんが、私と同じように創ることはできます」
ユリアは愕然とした。この世界は自分の思うがままになるとんでもない世界だった。しかし、それでも誠の世界の人を連れてくることはできないらしい。
「えっ……、わ、私が創ったのじゃなくて、オリジナルなジェイドがいいの!」
「他の宇宙から人を連れてくることは不可能です」
ネオ・シアンは無慈悲に言った。
「そ、そんな……」
ユリアはガクッとひざから崩れ落ちる。最愛の人ジェイドともう二度と会えない。ユリアはこの世界で一人ぼっちになってしまったのだ。
「ジェ、ジェイド……。うっうっうっ……」
ユリアはポロポロと涙をこぼす。宇宙を超えて離れ離れに引き裂かれた二人、もう二度と会うこともできない。
知り合いが一人もいないこの未来都市で、自分はどう生きて行けばいいのだろう? いくら本当の神になっても一番欲しい物は手に入らない。そんな馬鹿な事があるだろうか?
しばらくユリアはこの理不尽な世界を恨み、絶望する……。
「そうだ! おうちにいるかも!」
ユリアはバッと顔を上げた。
ジェイドがアルシェと同じくこの星に残っていたら、今もオンテークのあの棲み処にいるかもしれない。
残された最後の可能性に一縷の望みを託し、ユリアはネオ・シアンの手を取って急いでオンテークの山へと空間を跳んだ。
「くっ! まだまだ! プランB、用意!」
将軍はぐっと歯を食いしばり、恐怖心を押さえこんで叫ぶ。
兵士たちは一斉に塹壕に逃げ込み、草原には歩くジェイドだけが残される。気がつくと将軍もユリアを残して穴に飛び込んだ。
直後、ジェイドの足元から漆黒のオーラが次々と立ち上がり、ジェイドに巻き付いていく。どんどん闇に飲まれていくジェイド……。
「ハッハッハ――――! あの闇の中では誰もが正気を失う。精神を蝕む闇、奴がどれだけタフでもこれに耐えられる人間などおらん!」
将軍は塹壕から顔を出しながら勝ち誇った様子で叫ぶ。
直後、真紅の巨大な魔法陣がジェイドの上空に輝いた。それは莫大な魔力を受け、パリパリと周囲にスパークを放つほど高エネルギーが充填されている。
「とどめじゃ! 焼き尽くせ!」
将軍がそう叫ぶと魔法陣はジェイドめがけて一気にはじけ、閃光が天地を覆いつくした。
ズーン!
激しい衝撃波が大地を、ユリアを襲い、生えていた木々は次々となぎ倒されていく。
巨大なキノコ雲が立ち上り、熱線を辺りに振りまきながら高く高く舞いあがった……。
熱線が降り注ぐ中、将軍はニヤニヤしながらそーっと塹壕から顔を出す。これはオザッカ軍最大の攻撃手段であり、それを直撃させた以上勝利にはゆるぎない自信があったのだ。
しかし……、キノコ雲が晴れていった中、将軍が目にしたのは無傷のジェイドだった。
まるで何事もなかったかのようにジェイドは焼け野原で佇んでいる。
「え……?」
将軍は言葉を失う。精神を乱し、そこに最大の爆撃を加えた。もうこれ以上の攻撃方法はないし、そもそもあの直撃を受けて無傷な理由が分からない。そんな人間はいるはずないのだ。
兵士たちも塹壕から顔を出し、どよめきが上がる。みんな無傷なジェイドに驚き、底知れぬ恐怖に顔を青ざめさせていた。
「ジェイドそろそろいいわよー」
ユリアは楽しそうに声をかけた。ユリアも爆発の衝撃を受けたはずだったのに何のダメージもおっていない。将軍はこの二人のあまりの異常さに、湧き上がる恐怖心を抑えきれず、歯をガチガチと鳴らした。
ジェイドは、ボン! という爆発を起こし、ドラゴンへと変化する。
将軍も兵士も目を疑った。いきなり現れた、巨大な翼を翻す威風堂々とした巨体。それは厳ついウロコに巨大な鋭い爪を誇示し、まるでこの世の者とは思えない伝説級の威容だった。
あわわわわ……。
真っ青になる将軍。
なるほど、彼はドラゴンだったのだ。小賢しい人間の攻撃など効くわけがない。
「も、もうダメだ……」
将軍はへなへなと、塹壕の中にへたり込んでしまう。
ギョワァァァ!
ジェイドは重低音の咆哮を一発、二万人の兵士たちは圧倒的な迫力に威圧され戦意を喪失した。
雄大な翼を大きく天へ掲げると、ジェイドは太い足で一気に空へと跳び上がり、バサッバサッと翼をはばたかせる。
兵士たちはパニックに陥った。かつてある街がドラゴンの一息で灰燼に帰したと伝えられている。そういう伝説は皆、子供の頃から聞かされているのだ。もはや逃げる以外考えられなかった。
ジェイドは上空から逃げ回る兵士たちを睥睨すると全身を青白く輝かせ、ギュァァァ! という咆哮と共に兵士たちに衝撃波を放つ。
衝撃波は兵士たちを直撃し、地響きが響き渡った。兵士たちは無様に吹き飛ばされ、もんどりを打って転がっていく。
ひぃぃぃ……。
将軍は自慢の軍隊が壊滅してしまったことに言葉を失い、冷や汗をたらたらと流す。伝統あるオザッカの軍隊を任されて十数年、誇りをもって今までやってきたが無様にも壊滅させられてしまったのだ。
相手がドラゴンであったとしても、それなりの戦い方があったに違いない。それを見抜けず、慢心して壊滅させてしまった失態はとても許されないし、一番自分が許せなかった。
将軍は意を決すると塹壕を飛び出し、剣を抜いてユリアに駆ける。
せめて大聖女だけでもうち滅ぼしておかねばオザッカの臣民に、君主に顔向けができない。
将軍は筋骨隆々としたたくましい腕を振り上げ、
「ソイヤ――――!」
と、の掛け声とともに、目にも止まらぬ速さでユリアに剣を振り下ろした。
ザシュッ!
剣はユリアの肩口から斜めに袈裟切りにバッサリと切り裂いた。
将軍は肉を切り、骨を断つ手ごたえをしっかりと感じながら最後まで剣を振り抜く。まさに歴戦の勇士による見事な剣さばきだった。
4-9. 東京には負けない
ぐはぁ!
だが、直後に血を吐いて倒れたのはなんと将軍。
見ると、将軍の身体がバッサリと切り裂かれ、血が噴き出している。
「な、なぜ……」
理解できず荒い息でうつろな視線をユリアに向けた。
ユリアはそんな将軍を見下ろし、
「ごめんなさい、私、神なの。神に人間の攻撃なんて効かないわ」
と、憐れむような視線を投げかける。
ユリアはダメージを反転する設定を自分の体にかけていたのだった。
「か、神……? 化け物め……」
将軍はそうつぶやくとガクッと意識を失う。
「あらら、死なれちゃ困るわよ」
ユリアはそう言うと、将軍の身体のデータを斬られる前の状態に戻した。
◇
ユリアは将軍を連れてオザッカの宮殿に戻る。そして、将軍に君主をはじめ首脳陣に対して敗戦を報告させると、
「無条件降伏してね。それともまだやる?」
と、にこやかに笑う。
君主たちは渋い顔で顔を見合わせるが、軍は全滅、ドラゴン相手に勝つ算段など見つからない。もはや降伏する以外なかった。
君主はがっくりと肩を落とし、無条件降伏の書面にサインをする。
こうしてユリアはあっという間にオザッカを降伏させたのだった。
◇
ユリアたちは王都へと飛んだ。
穏やかな温かい日差しの中、伸び伸びと気持ちよく高度を上げていく。
「ジェイド、お疲れ様」
ユリアはジェイドの手を取って言った。
「あのくらい大したことは無い」
「でも、ジェイドのおかげでとんとん拍子で話が進んだわ」
「強さでいったらユリアの方が強いだろう。なんたって神の力がある」
「強いだけじゃダメなのよ。『大聖女が強かったです!』って言ったって誰も信じないけど、『ドラゴンがー!』って言ったらみんな納得するもん」
「そう言うものか?」
「そうよ」
そう言いながら、ぽっかりと浮かぶ白い雲をのびやかに越えていく。
「ねぇ?」
ユリアは微笑みながらジェイドを見つめ、続ける。
「この星の立て直しが終わったら、結婚しない?」
「け、結婚?」
いきなりの提案にジェイドは目を丸くする。
「嫌?」
ちょっと寂しそうに聞くユリア。
「も、もちろんうれしいが……、我は龍、神様と結婚だなんて……」
「そう言うの気にしないの! ちゃんとパパとママにも会わせたいし、二人を祝ってもらいたいの」
「ありがとう。そうだな、きちんとご挨拶しないと……」
ジェイドは緊張した表情をする。
「ふふっ、きっとパパもママも喜んでくれるわ」
ユリアは満面に笑みを浮かべる。
「だといいんだが……」
「結婚式は……、そうね、小ぢんまりと身内だけで王都のレストランでやろうかしら?」
「ユリアの希望に合わせよう」
うれしそうに微笑むジェイド。
「司会はヴィーナさんにお願いしようかしら?」
「神様の神様に頼むの? それはまた破格だな」
「受けてくれるといいなぁ」
そんなことを話していると遠く眼下に王都が見えてきた。
「私の計画だと、王都もそのうち東京みたいになるのよ」
ユリアは王都をじっと眺めながら言う。
「五十階建てのビルをたくさん建てるの?」
「そう、あの辺は全部高層ビルで埋めるのよ。そして、高速道路をズドーンと真っ直ぐに。首都高速みたいにクネクネっていうんじゃなくてズドーンとね」
「ハハハ! 都市計画だね、楽しそうだ」
「ふふっ、東京には負けないわ」
ユリアはニヤッと笑った。
◇
「オザッカ倒してきたわよー」
ユリアは王宮に戻ってくると、バーンと会議室のドアを開けて上機嫌に言った。
「えっ!? もう?」
目を丸くするアルシェ。
「はい、無条件降伏の書面よ」
ユリアはアルシェにファイルを渡し、席に座るとポットからカップに紅茶を注いだ。
「え? 抵抗……されなかった?」
アルシェが恐る恐る聞く。
「ジェイドがね、兵士二万人全員ぶっ倒したから諦めたみたい」
「全員!?」
アルシェは額に手を当てて目をつぶった。
「やっぱり『全力でやって負けた』と思ってもらわないと、なかなか統治は進まないからね」
「殺しは……してないよね?」
「ジェイド、大丈夫よね?」
「手加減したから大丈夫だろう」
ジェイドは淡々と言う。
アルシェは二万人相手でも手加減が必要だ、というジェイドの戦闘力に思わずゾッとした。
「占領軍の派遣と、事務方の協議の方、頼んだわよ」
ユリアは宰相に向かって言う。
「はい、わかりました……」
宰相はそう言うと、目をつぶって大きく息をついた。
4-10. 喰われる腕
オザッカ軍がドラゴンに壊滅させられた噂は全世界に一気に広まり、サヌークもサグも降伏を申し出てきた。敗北してから無条件降伏するよりは、交渉の余地を残したいとの判断だろう。
これで世界統一は実現してしまった。もちろん、条件交渉や法制度の整備など、やる事は山積みではあるが、ユリアとジェイドの仕事はもう終わりである。
後はユリアが描いた絵通りに、新しい民主主義への移行を淡々とやってもらうだけだ。
会議が終わり、ユリアが紅茶をすすっていると、文官が入って来てアルシェに何かを報告し、アルシェは腕を組んで悩みだした。
「アルシェどうしたの?」
「ダギュラにおかしな部屋があるんだって」
「おかしな部屋?」
「宮殿の地下の部屋が、何をやっても真っ暗なんだって。ランプで照らしても魔法で照らしても闇が広がっているだけで不気味なので、接収部隊が困ってるって」
ユリアはジェイドと顔を見合わせる。不思議なことは神の力の影響だろう。
「分かった。調査に行ってくるわ」
ユリアはニコッと笑って言った。
「ちょ、ちょっと待って。テロリストのワナかもしれない。怪しい物を見つけたらシアン様に連絡を入れるって話だったじゃないか」
ジェイドは焦って言う。
「暗いだけなんでしょ? すぐさま危険って訳じゃないわ。シアンさんだって忙しいんだから気軽に連絡なんてできないわ」
「いや、でも……」
「時間止めて中を調査するだけ。それで変なのがあったら報告しましょ」
ユリアは気軽にそう言うとジェイドと共に宮殿に跳んだ。
地下の廊下を歩いていると黄色と黒の非常線が貼られた区画が見えてくる。どうやら奥の部屋がそのおかしな部屋らしい。
ユリアは時間を止めると非常線をくぐり、部屋のドアを開ける……。
確かに中は真っ暗で何も見えない。いろいろと試したが、光を無効にする設定が施されているらしく何をやっても闇のままだった。
「テロリストめー……。どうすんのこれ?」
「これはダメだ。シアン様に報告だ」
ジェイドは首を振る。
ユリアはそんなジェイドの言葉を無視して、室内のデータをツールで解析していく。すると、そこに見覚えのある物が浮かび上がってきた。なんと『蒼天の杖』が空中に浮いているのだ。
「えっ!? なんで私の杖がこんな所に!?」
ユリアは思わず部屋に駆けこんでしまう。
「ユリア、ダメだ!」
ジェイドはそう叫んだが、ユリアは暗闇の中ツールで位置を把握し、手を伸ばして杖をつかむ。
直後、ぼうっと闇の向こうに何かが浮かんだ。
ウェーブのかかった金髪の少女が、まるでスポットライトを浴びたかのように光をまといながらふわりと浮いている。
そしてユリアを見てニヤリと笑ったのだ。時間を止めているのに動けている。それは管理者権限を持つ者の特権だった。
「あ、あなたはルドヴィカ!?」
ユリアは急いで逃げようと思ったが、ルドヴィカの隣に誰かいる……。
ユリアが目を凝らすと、それはジェイドだった。
「えっ!? な、なんでジェイドが……?」
呆然とするユリア。
そしてルドヴィカは挑発的な表情でジェイドのシャツのボタンを外し始める。
ユリアは唖然とした。前管理者でありテロリスト、そんな彼女がなぜジェイドの服を脱がすのか?
ユリアは逃げる事なんてすっかり忘れて、ルドヴィカの指先を見つめてしまう。
ルドヴィカはジェイドの胸をはだけさせると、ジェイドの厚い胸板をまさぐる。そして、背伸びをするとなんとジェイドにキスをしたのだ。
ユリアの中で何かがプツンと切れる。逃げなきゃいけないと分かっているのに頭に血が上ってしまっていた。
そして、対テロリスト用ツールをずらりと起動すると右手をルドヴィカに向ける。
「ジェイドから離れなさいよ!」
ユリアはそう叫ぶと一斉にルドヴィカにハッキングを仕掛けた。漆黒のコードが何本もルドヴィカめがけて飛びかかる。
しかし、ルドヴィカはそれを待ってたかのようにニヤッと笑う。
そして、コードがルドヴィカにとりついた瞬間、攻撃ケーブルを逆にたどってユリアの右腕を吹き飛ばした。
うぎゃっ!
ユリアは悲痛な叫びを上げ、もんどり打って倒れこみ、右腕はびたんと音を立てて転がった。
ルドヴィカはそんなユリアをニヤニヤ見下ろしながら、コードを引っ張り、転がるユリアの右腕を引き寄せる。そして白くすべすべとした右腕をジロジロと眺め、次の瞬間、なんと美味しそうにかじりついたのだった。
口の周りから鮮血をたらしながらクチャクチャと音を立て、右腕を貪るルドヴィカ。その猟奇的な姿にユリアは真っ青になって逃げだそうと立ち上がる。
しかし、ルドヴィカは右腕をくわえながらハッキングコードをユリアに次々と撃ち込んできた。
きゃぁぁ!
ユリアは何本か打ち返せただけで次々とコードの餌食となる。
コードを撃ち込まれた部分は赤黒く変色し、ユリアは身体のコントロールを失っていく。
「やめてぇ!」
ユリアは叫びながら自らの愚行を痛烈に後悔した。神だなんて思いあがったあげく、いざとなったら手も足も出ない。まさにテロリストの格好の餌食だった。
「お前の身体のリソースは、ありがたーく使わせてもらうわ。キャハッ!」
ルドヴィカはうれしそうに笑った。
4-11. 黄金色に輝く星
ズン!
いきなり激しい閃光が部屋に走り、強烈なエネルギー弾がルドヴィカを貫いた。
ぐはぁ!
胸に大穴が開き、ガクッとひざをつくルドヴィカ。
「そこまでだよっ!」
水色の髪をゆらしながらシアンが部屋に飛び込んでくる。
そして、右腕を激しく水色に光らせた。
「ちっ! もう少しだったのに!」
ルドヴィカはそう言い残すとフッと消えていく。
「まてっ! あぁ……」
シアンは攻撃体勢をゆるめ、肩を落とした。
そして、転がっているユリアを見て大きく息をつき、助け起こす。
「あらあら、ずいぶんとやられたねぇ……」
そう言いながら失った右腕を再生させていく。
「ご、ごめんなさい……」
ユリアは涙をポロポロ落としながら謝る。
「戦っちゃダメって言ったよ」
シアンはジト目でユリアを見た。
「ユリア、大丈夫か?」
ジェイドが駆け寄ってくる。
「あれっ!? ジェイド? 部屋の外に……いたの?」
「え? あのまま外でシアン様を呼んでたんだが?」
「じゃあ……、あのジェイドは……?」
「幻覚攻撃だね。ジェイドの映像で動揺を誘ったんだな」
シアンは渋い顔をする。
「そ、そんな……」
「奴らは狡猾だ。強いだけじゃない、そういうからめ手にも長けてるんだ」
ユリアはあっさりとテロリストの術中にはまった間抜けさに、ガックリと肩を落とした。
「あいつはユリアの身体のリソースを得て多くの権限を獲得しちゃった。ちょっと厄介だよ」
シアンは腕組みをして何かを考える。
すると、シアンはハッとした顔をしてユリアとジェイドの腕をつかむと空間を跳ぶ。
目の前に広がる青空、そこはダギュラの街の上空だった。直後、激しい閃光が天地を覆い、ズズーン! という爆発音が響いて、下の方で宮殿が吹き飛んでいるのが見えた。
「あぁっ!」
ユリアは真っ青になる。
やがて立ち昇ってくる漆黒のキノコ雲。
自分が迂闊な行動をしたばかりに大変なことになってしまった。胸がキュッとなって目の前が真っ暗になる。
するといきなり空中に映像が浮かび上がった。
「ハーイ! みなさん、こんにちは! キャハッ!」
上機嫌に金髪をゆらしながら手を振るルドヴィカだった。背景にはずらりと並ぶ円筒、なんとジグラートに居るらしい。
ユリアは唖然とした。テロリストがこの星の心臓部にいる。つまり、いつでもこの星を滅ぼせる、生殺与奪の権利を握られてしまった。
「どうやってそこに行ったんだ?」
シアンは険しい表情でルドヴィカをにらむ。
「あら、田町の方なのにそんなことも分かんないの? キャハッ!」
ルドヴィカは楽しそうに笑う。
ユリアの権限を奪った訳だから、海王星に行く事はルドヴィカにもできるだろう。だが、それは海王星の衛星軌道上のコントロールルームまでである。海王星の中にあるジグラートにこんな短時間で行けるわけなどないのだ。
本当にそこにいるのだとしたらさらに上位の権限を得たという事であり、それは一万個の地球全体に対する脅威を意味している。
もちろんシアンは宇宙を統べる存在の一翼である。今すぐジグラートに跳んでルドヴィカを吹き飛ばすことなど簡単なのだ。しかし、それを知りながらルドヴィカは姿をさらしている。何らかのワナがあると考える方が妥当だった。ルドヴィカのカラクリを解かない限り動けない。
「これ、なーんだ?」
そう言ってさらに新たな映像を展開するルドヴィカ。そこには黄金色に輝く美しい星が映っている。
シアンはギリッと奥歯を鳴らした。
やがて映像がパンをして、衛星軌道上に展開されている巨大な施設が映し出される。
それはいぶし銀の金属で覆われた、たくさんの大きな円筒モジュールで構成されており、周囲には広大な放熱パネルがまるで翼のように多数展開されている。そして、少し離れたところには薄い金属フィルムでできた広大な日よけが展開され、全体を太陽から守っていた。
映像の奥の方をよく見ると、この施設が次々と連なっているのが分かる。巨大な惑星を一周しているのかもしれない。その異常な規模は海王星のジグラートが霞むくらいだった。
4-12. 消える六十万年
「金星だ……」
シアンは渋い顔をしながら言う。
「金星……?」
ユリアはその壮大な光景に見入りながら答える。
「海王星を作り出している施設だよ。テロリストがたどり着けるような場所じゃないはずなんだけどなぁ」
シアンは腕を組み、首をかしげる。
直後、金星のモジュールが閃光に包まれ、爆破された。
「キャハッ!」
うれしそうな声が響き、一瞬ユリアたちの周りの風景が四角形だらけのブロックノイズに埋まった。
「きゃぁ!」
ユリアはその異常な事態に青ざめて叫ぶ。この星の根幹が揺らいでいる。この星に息づく何億もの人たちの命が危機に瀕しているのだ。
「この星のバックアップデータはすべて破壊した。もう復元はできないよ」
ルドヴィカはドヤ顔で言う。
ジグラートを破壊されてもバックアップデータさえあれば復元は可能である。しかし、金星の設備を吹き飛ばしたとなると事は重大だ。ジグラートにしかもうこの星のデータは残っていない。ユリアはことの深刻さに目がくらくらした。
「何がやりたいの?」
シアンが聞く。
「この星の自治権を要求する!」
ルドヴィカはこぶしを握りながら叫んだ。
「なるほど、この星を人質に取ったんだな……。だが断る! きゃははは!」
シアンはニコニコしながら答えた。
「我々がこの星を発展させてきたのよ! 勝手に取り上げていい理屈などないわ!」
「僕たちは君らに委託しただけ。欲望のままに好き勝手したら契約は終了だよ。恨むなら欲望に負けた自分を恨むんだね」
ルドヴィカはムッとしてシアンをにらみ、こぶしを赤く光らせると近くの円筒にエネルギー弾を放った。
ズン!
激しい音がして円筒が吹き飛び、ユリアたちの上空から東側一帯の空が真っ黒になった。さっきまで青空が広がり、白い雲が浮いていた空はまるで異界に繋がってしまったかのように光を失い、ただ漆黒の闇が広がるばかりだった。
「自治権が得られるまでここのコンピューターを次々と壊すがいいんだな!?」
ルドヴィカは目を血走らせながら叫ぶ。
「いいよ? でも、君も消されるよ?」
シアンはそう言った。
「ダ、ダメです! 壊されたら困ります!」
ユリアは焦ってシアンの腕にしがみついた。
「そ、そうだぞ! よーく考えろ! それに私に危害が及ぶと自動的に金星のどこかがまた爆発するようになってる。下手な考えは止めろ!」
「やれば?」
シアンはうれしそうに即答する。
ユリアもルドヴィカも唖然とする。数多の命のかかわる貴重で重大な施設を『壊してもいい』とにこやかに言い放つシアン。二人とも言葉を失ってしまう。
「いいか? ここの施設は六十万年かかって作られているんだぞ? それを壊されていい訳がないだろ!」
ルドヴィカは焦って吠える。
「んー? また六十万年待てばいいだけでしょ?」
シアンは首をかしげながら、こともなげに言った。
ユリアは背筋がゾッとした。シアンは本気でそう思っているのだろう。百万個の星々を統べる神々にとってみたら一万個の地球が吹っ飛び、六十万年の成果が失われることも些細なことなのかもしれない。しかし、ユリアにとってはこの星がすべてなのだ。この星が消されてしまうのは絶対に避けなくてはならない。
「よーし、それなら全部ぶっ壊してやるぞ! 本当にいいんだな?」
ルドヴィカは激昂して叫ぶ。
シアンは腕組みをしながら何かを考えている。
ユリアはジッとシアンを見つめる。シアンがこうしている時は裏で何かを行動している時なのだ。
「おい! 何か言えよ!」
ルドヴィカは再度こぶしを赤く光らせ叫ぶ。
半分、青空を失ってしまった地球。ユリアはその漆黒の空を眺め、何かできる事が無いか必死に考える。そしてブレスレットのことを思い出した。
そしてそっと右手をブレスレットにかける。
ルドヴィカが本気でジグラートを破壊しようとしたらこれを引きちぎるしかない。それでこの星は守られるのだ。だが、それはオリジナルな宇宙をこの世界に展開すること。自分の命の保証も何もない無謀な最終手段なのだ。
ユリアの頬にツーっと冷や汗が流れる。
『ねぇ、二十秒、時間稼いで』
シアンからテレパシーが届いた。シアンなりに解決策が見つかったらしい。
ユリアは出口が見つかったことに安堵を覚え、ぐっと下腹部に力を込めるとルドヴィカに声をかけた。
「あ、あのぉ。私、ルドヴィカさんの言うこと分かるんです」
『後十五秒……』
「ちやほやされてきた大聖女に何が分かるって言うんだよ!」
ルドヴィカは酷い形相で叫ぶ。
『後十秒……』
「あー、大聖女は大聖女で苦労あるんですよ? ま、それは置いておいてですね、私の話を聞いて……」
『後五秒……』
「あっ! 時間稼ぎだな! チクショー! 死ねぃ!」
そう叫ぶと、ルドヴィカはジグラートの外壁に向けて鮮烈な赤い閃光を放った。
4-13. 輝くデジタルの赤ちゃん
「えっ!?」
悪夢のような光景が展開される。
あと数秒、あと数秒が届かなかった。
画面の向こうでジグラートに大穴が開き、爆発を起こしながら円筒が吹き飛ばされていく。
この星が消える。多くの命が消える。ユリアは目の前が真っ暗になった。
また失敗してしまった……。
ユリアの失敗が重なり今、全てが崩壊していく。
南側に見えていた広大な海が次々と漆黒の闇に飲まれ、消えていく。この国が、多くの人たちが消え去ってしまうのはもう時間の問題だった。
ユリアはギュッと奥歯をかみしめると、全てを覚悟し、目をつぶる。そして一つ大きく息をつくと、右手に神力をこめてブレスレットを引きちぎった。
パン! パリパリパリ……。
ブレスレットから勢いよく光の微粒子が噴き出し、吹雪のようにユリアたちを覆って黄金色にまぶしく輝く。
光の微粒子は細かな『1』と『0』の形をしており、それが勢いよくユリアたちの周りを飛び回っていた。
「うわぁ!」「きゃぁ!」
何が起こったのか混乱していると、やがてその一部が集まって来て雲のようになっていく。
唖然としてその様を眺めていると、そのうちに雲は空を飛ぶかわいい赤ちゃん天使の姿へと変わり、にこやかに微笑んだ。
その微笑みは優美で慈愛に満ち、その神聖な輝きは心を温める。
「えっ……?」
ユリアが思わず赤ちゃんに見入ると、直後、赤ちゃんの顔がいきなり数メートルの大きさに巨大化し、大きく口を開く。
三人があっけにとられた直後、赤ちゃんはユリアをパクリと飲み込み、激しい閃光を放った。
「ユリア――――!」
ジェイドが絶叫する。
しかし、その叫びもむなしく、ユリアはバラバラに分解され、光の中へと溶けていったのだった。
◇
シアンとジェイドは海王星のコントロールルームに飛ばされる。
金星はかろうじてシアンの対処で事なきを得たが、ルドヴィカの自爆によって星は失われ、同時にユリアも消えてしまった。
窓の外にはただ、紺碧の海王星が満天の星々の中に美しく佇んでいる。
ジェイドはひどくショックを受け、ただ海王星を眺め、呆然としていた。
「ユ……ユリア……」
シアンはポンポンとジェイドの肩を叩いて言う。
「ユリアはブレスレットであの星を守ったんだよ」
だが、ジェイドには理解できない。
「守った……って、どう守られて、ユリアはどこにいるんですか?」
「それは……、分からないよ。少なくともこの宇宙からは消えてしまった」
シアンは肩をすくめた。
「そ、そんな……」
ジェイドはひざから崩れ落ち、愛するものを失った現実を受け入れられず、海王星の青い光を受けながら、ただ虚ろな目で動かなくなった。
◇
「それー行ったぞー」「まって、まってー」「キャハハハ!」
子供たちの遊ぶ楽しげな声が聞こえる。
気がつくとユリアは気持ち良い芝生の上に寝転がっていた。澄みとおる青空に、ぽっかりと浮かぶ白い雲。そして燦燦と照り付ける太陽。
ゆっくりと体を起こすと、そこは公園だった。多くの家族連れがピクニックを楽しみ、子供たちがボールを蹴って楽しそうに遊んでいる。
「あれ……? ここはどこ?」
ゆっくりと体を起こすと、白い建物が見える。見覚えのある建物……。
「えっ!?」
なんとそれは王都の王宮だった。しかし、なぜ王宮が公園になっているのか分からず、ユリアは混乱して二度見をした。
そして振り返って思わず素っ頓狂な声を出した。
「はぁ!?」
そこには超高層ビルが林立していたのである。
東京で見たビルよりもずっと高く、カッコよいビル群が、その個性を競うあうようにひしめき合っていた。そして、そのビルの間を多くの乗り物が飛び回っているのが見える。まさに未来都市だった。
ユリアは唖然とする。ここは王都、ユリアの星である。しかし、もはや別の星のように見えた。
フラフラと立ち上がり、王宮の方へ歩いて行く。花の咲き誇っていた広大な庭園が今は公園となって一般開放されているようだった。
王宮の前には銅像が建てられていた。威厳のある高齢の紳士が指先をまっすぐに前にのばした像。銅像の足元はみんなに触られていて、そこだけツヤツヤに赤銅色に輝いている。
プレートを読んでユリアは固まった。
『初代大統領アルシェ・リヴァルタ 享年85歳』
なんと、この像は老人になったアルシェの像だったのだ。
解説を読むと、百年ほど未来に自分は来てしまったらしい。
「ア、アルシェ……」
予想もしなかった事態にユリアは動揺し、涙をポロリとこぼす。
ユリアがブレスレットを破壊したおかげでこの星は守られ、アルシェはその中で国を盛り立て、今、夢のような発展を遂げた……ということだろうか?
素晴らしい発展……それはまさにユリアの描いた理想をはるかに超え、東京すら超えた理想郷となっている。
だが、ユリアが知っている人、パパもママも誰も生き残っていないだろう。ユリアは摩天楼を見上げながら途方に暮れ、
「な、なんなのよ……これ……。ねぇ、アルシェ……」
そう言いながら静かに涙を流し、銅像の台座にヨロヨロともたれかかると、アルシェ像の足元をさすった。
4-14. 絶対神ユリア
「そ、そうだ、ジェ、ジェイドは?」
ユリアは周りを見回したが、転送されてきたのはユリア一人のようだった。目をつぶって必死にジェイドの気配を探ってみても、それらしきものは見つけられない。
「えっ!? 私一人だけ?」
この摩天楼そびえる大都市で、ユリアは一人ぼっちになってしまったことを知り、愕然とした。
「う、嘘よね……、まさか」
楽しそうな家族連れ、子供たちが遊ぶ中でユリアは一人呆然として立ち尽くす。
「シ、シアンさん……、そうよシアンさんならどこかにいるはずだわ」
ユリアは心を静め、神の回線を開き、シアンを呼ぶ。
しかし、応答がない。
「そ、そんなはずはないわ! シアンさん、シアンさん!」
ユリアは心の奥で強くシアンをイメージする。水色の髪をした可愛い女の子、でも中身は底知れない強さと神秘に彩られた『神様の娘』。六十万年を平気で待てる彼女なら百年程度で消えるはずなどないのだ。
「シアンさん……シアンさん……」
ユリアは感覚を全開にして深層意識の中でシアンのイメージを追う。
すると、覚えがある雰囲気を肌に感じた。
「あっ!」
ユリアは目を開けて辺りを見回す。
すると、初めて会った時のように上空から光をまといながら降りてくる人影が見える。
「シアンさーん!」
ユリアは思わず両手を振って叫び、シアンはユリアの前に着地した。
しかし、降り立ったシアンはいつもと様子が違う。
「ユリア様、お呼びでしょうか?」
そう言いながら胸に手を当てて頭を下げたのだ。その予想外の応対にユリアは困惑しながら聞く。
「えっ? ど、どうしたんですか?」
「どうと言われましても、ユリア様はこの世界の神であらせられます。私は神に創られた僕に過ぎません」
ユリアは困惑する。見た目も声もシアンそのままなのに、中身はシアンではないのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。私がシアンさんを創ったってどういうことですか?」
「この宇宙はユリア様の想いによって生まれ、ユリア様の観測によって事象が確定しています。無限の可能性の中から選ばれた僕の姿、それが今の私です」
シアンはらしくない真面目な顔で言う。
「えっ!? この宇宙は私の宇宙なんですか?」
ユリアは混乱した。さっきまでいた宇宙は誠を中心に回っていた。誠が未確定の所を確定させていき、宇宙の形が作られていたのだ。だが、この宇宙は自分を中心に回っているという。
「私が思ったことがこの宇宙に反映されるって……こと……ですか?」
ユリアは恐る恐る聞く。
「その通りです。頼れる人が欲しいと望まれ、そのイメージとしてシアンという方を選ばれたので私が創られました」
ユリアが作り出した新しいシアン『ネオ・シアン』はクリッとした碧い瞳で淡々と説明する。
「えっ!? じゃあ、誠さんの世界の人とはもう会えない? ジェイドは?」
「私はジェイドという方を知りませんが、私と同じように創ることはできます」
ユリアは愕然とした。この世界は自分の思うがままになるとんでもない世界だった。しかし、それでも誠の世界の人を連れてくることはできないらしい。
「えっ……、わ、私が創ったのじゃなくて、オリジナルなジェイドがいいの!」
「他の宇宙から人を連れてくることは不可能です」
ネオ・シアンは無慈悲に言った。
「そ、そんな……」
ユリアはガクッとひざから崩れ落ちる。最愛の人ジェイドともう二度と会えない。ユリアはこの世界で一人ぼっちになってしまったのだ。
「ジェ、ジェイド……。うっうっうっ……」
ユリアはポロポロと涙をこぼす。宇宙を超えて離れ離れに引き裂かれた二人、もう二度と会うこともできない。
知り合いが一人もいないこの未来都市で、自分はどう生きて行けばいいのだろう? いくら本当の神になっても一番欲しい物は手に入らない。そんな馬鹿な事があるだろうか?
しばらくユリアはこの理不尽な世界を恨み、絶望する……。
「そうだ! おうちにいるかも!」
ユリアはバッと顔を上げた。
ジェイドがアルシェと同じくこの星に残っていたら、今もオンテークのあの棲み処にいるかもしれない。
残された最後の可能性に一縷の望みを託し、ユリアはネオ・シアンの手を取って急いでオンテークの山へと空間を跳んだ。