4-1. 神様誕生

 神様になるための研修は熾烈を極めた。
 シアンはノリノリでしごいてくるので、ユリアはついていくので精いっぱい。
 座学では情報理論の基礎を叩きこまれ、情報エントロピーの計算にうならされる。実技では、いろんなツールを自分のイメージの中で使いこなしながら、素早く管理データを書き換えていくことを何度もやらされた。これを使うことで、空を飛んだり、魔法のような効果を実現したりする。特に対テロリスト用のハッキングの実技が大変で、毎日何度もシアン相手にハッキングを仕掛けては返り討ちに遭って黒焦げになっていた。
 ハッキングの世界ではハックを仕掛けた瞬間が一番危険なのだ。手練れ相手に単純にハックを仕掛けると攻勢防御を食らってしまう可能性が高い。そのため、ハッキングは慎重に敵の虚をつくのが大前提だが、シアン相手にはなかなか隙は作れなかったのだ。

「だいじょぶ、だいじょぶ! ユリアちゃん筋がいいからすぐ慣れるよ!」
 シアンはそう笑いながら黒焦げにしたユリアを再生する。
 ユリアは炭になった身体を元に戻してもらいながら、虚ろな目でシアンを見ていた。

       ◇

 研修最終日、ユリアはシアンの猛攻を何とか防ぎ切り、合格のお墨付きをもらった。
「これで研修は終了、お疲れちゃん! これが合格証だよ」
 ニコニコしながらシアンは白く透明なブレスレットを渡した。
「え? 何ですかこれ?」
「良く分かんないけど、星を守ってくれるお守り。星が破滅しそうになったらこれを神の力で引きちぎると守ってくれるんだって」
「そ、そうなんですね。どうやって……守ってくれるんでしょう?」
「うーん、パパが作ったので僕も良く分かんない。宇宙のかけらで出来てるんだって」
「宇宙の……かけら?」
「ここ、仮想空間だけど、このブレスレットだけは本物の宇宙でできてるんだよ」
「えっ!? オリジナルの宇宙ですか?」
 ユリアはブレスレットを光に透かして見る。中には薄い半透明の膜が無数に層をなしており、入ってきた光が複雑に反射してキラキラと多彩な色で輝きを放っている。
「ここだけ特殊処理してるんだろうね。なかなか贅沢な品だよ」
 シアンはうれしそうに笑った。
「オリジナルの宇宙って、どんなところなんですか?」
「点だよ」
「え? 点……?」
 ユリアは何を言っているのか分からなかった。壮大な大宇宙が広がっているのかと思ったら単なる点だという。
「宇宙とは情報が無限に詰め込まれた世界、空間なんて要らないんだよ。だから事象の地平面(イベントホライズン)の向こう、全てが点になる世界にあるんだ」
「では、点の中身がこの世界……ってことですか?」
「そうだね」
 ユリアは眉間にしわを寄せて一生懸命考えてみたが全くイメージが湧かなかった。しかし、シアンが言うのならそうなのだろう。そして、その点の中の情報がこのブレスレットに直接宿っているのかもしれない。よく見ると薄い膜には10101011001010という無数の数字が表示され、その数字は高速に変わり続けていた。
 なるほど、これを壊すという事はこの数字をこの世界にぶちまけるということ。それはリアルな宇宙が仮想空間を浸食することであり、とんでもないことになるのではないかと、ユリアは背筋がゾッとした。

        ◇

 田町のオフィスに戻ると、シアンは紅茶を入れ、ユリアに出しながら聞いた。
「明日には時間を巻き戻して送還するけど、あの星どうするか決めた?」
「はい、この地球の歴史を調べたんですが、星の繁栄には貧富の格差の解消と、若者が自由に活躍できる環境が必要かなって。なので、まずは世界を統一して環境づくりからやろうかと」
 ユリアはそう言って、ベルガモットの香りを楽しみながら紅茶を一口すすった。
「ふぅん……。いいんじゃないかな? でもこの星と似たようなもの作ってもダメだよ?」
 シアンは鋭い視線でユリアを見る。
「はい、幸いうちの星には魔法システムが動いているので、それを活用した新しい民主主義を作りたいんです」
「なるほど。この星の民主主義はちょっと古いからね。確かに新たに始めるなら真似ない方がいいかな」
「ウソがばれる魔法とか使うといいんじゃないかと……」
「え? 政治家がウソをつけなくなるってこと? それはまた面白い世界になりそうだね」
 シアンはうれしそうに笑った。










4-2. 神様嘘つかない

 翌日、ユリアたちがオフィスに来ると、シアンはすでにユリアの星のデータをすべてバックアップの物に交代復帰(ロールバック)していた。
「おはよう! 準備はオッケーだよ!」
 シアンはニコニコしてサムアップする。
「ありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいか……」
 いよいよ始まるユリアの逆転劇。ユリアは期待と不安で胸がいっぱいになりながら、シアンの手を取り、頭を下げた。
「お礼なんていいんだよ。頑張ってね」
「は、はい。全力でやってみます!」
「テロリストが関係しそうなものを見つけたらすぐに報告してね。間違っても戦ったりなんてしちゃダメだよ。まだユリアじゃ絶対勝てないから」
「はい、気をつけます!」
「それじゃ、いってらっしゃーい!」
 シアンは手を振りながら二人をユリアの星に跳ばした。

         ◇

 気がつくと、ユリアはジェイドと共に過去の王宮へと戻ってきていた。

 花の咲き誇る美しい庭園、それは焼け焦げて畑にされる前の美しい姿を取り戻している。確かに過去へと巻き戻されたようだ。
 白い大理石でできた荘厳な王宮、中では侍女たちが忙しそうに動き回っている。

「ふふっ、王宮はこうでなくっちゃ!」
 ユリアは赤いじゅうたんの廊下を上機嫌に歩き、奥の王族の棟へと急ぐ。

 すると入り口の警備兵がユリアたちを制止して言う。
「お待ちください。大聖女様でもここから先はご遠慮ください」
 警備兵の目には困惑が浮かんでいた。
「分かったわ!」
 うれしそうにそう言うとユリアはパチンと指を鳴らす。
 その瞬間、時間が止まる。
 パタパタと歩き回る侍女たちの足音も、かすかに流れていた音楽もピタッと止まり、完全な静けさが王宮を包む。
 警備兵たちも目を見開いたまま静止して、まるでマネキンのようになってしまった。

「ふふっ、お疲れ様!」
 ユリアたちは警備兵をすり抜け、ダイニングルームへと進む。
 ドアを開けると、王様と王妃、そして、第一王子とアルシェが食卓で昼食をとりながら静止している。
 ユリアは楽しそうにアルシェの後ろまで来ると、パンパンと肩を叩いた。

「えっ……? あ、あれ……?」
 アルシェは時の呪縛から解放され、周りを見回し、困惑の声を上げる。
 そして、美しい金髪をゆらしながら振り向き、驚いて言った。

「ユ、ユリアさん? ど、どうしたんですか?」
「今、少しいいかしら?」
「は、はい……。で、でもこれは……?」
 王様たちがピタリと静止してしまっている異様な状況に戸惑う。
「私ね、神になったの」
「は? か、神……?」
 エンペラーグリーンの瞳に困惑の色が浮かぶ。
「そう、神なの」
 ユリアはうれしそうに言う。
「この……、みんなを止めてるのはその……神の力?」
 アルシェは部屋を見回し、給仕の侍女もピタリと止まっているのをいぶかしげに見て言った。
「そうよ? 神だもん。でね、戦争が起こるわ」
「せ、戦争!? 一体どこで?」
 いきなりキナ臭い話になってアルシェは焦る。
「ここでよ。公爵軍やオザッカが攻めてくるの」
「そ、そんなはずはないよ。もう何十年も平和な関係を築いてるんだから」
「アルシェ、私は神なの。全部知ってるのよ。この王宮が攻め滅ぼされ、庭園が焼け野原になるのをこの目で見てるのよ」
「ほ、本当に?」
 仰天するアルシェ。
「私は神、ウソなんて言わないわ。そして、そんな戦乱が続く星は不要だとこの星を作った神様は考えてるの」
「不要!? ど、どうなるの?」
「巨大隕石を落とされて、この星丸ごと焼かれるのよ」
「はぁっ!?」
 いきなり世界の滅亡を予言され、動転するアルシェ。
「隕石落とされたら困るわよね?」
「も、もちろん……。でも、そんなことを僕に言ってどうするの?」
「あのね、クーデター起こして欲しいの」
 ユリアはニヤリと笑った。








4-3. 僕らのクーデター

「ク、クーデター!?」
 思わずアルシェは青ざめ、王様や第一王子を見る。それは彼らを倒せと言うとんでもない提案だった。
「いろいろ考えたんだけど、現状の体制ではこの星の未来は変えられない。だからアルシェに体制を一新してもらって国々を征服、統一し、共和制へ移行してもらうわ」
「いや、ちょっと待って! そんなことできっこないよ!」
「あら、私は神なのよ? 神にできない事など無いわ。このまま王様たち縛ったっていいのよ?」
 ユリアはニコニコして言う。
「いや、ちょっと、えっ?」
 混乱するアルシェ。
「断ってもいいわよ。別の人に頼むだけだから」
 ユリアはちょっと意地悪な笑顔を見せる。
「べ、別の人!?」
「アルシェが一番適任だと思うけど、アルシェじゃなきゃいけないって訳じゃないし……」
 あごに指を当て、首をかしげるユリア。
「クーデターは決定……なの?」
「戦争がなくなり、貧富の格差が生まれない状態を作れる方法が、他にあるならいいわよ」
「王家は消滅?」
「あ、無くさないわよ。権力が無くなるだけで、今後も王様として国民の尊敬を集めてもらうわ」
「そんなこと……できないよ」
 アルシェは眉をひそめ、否定する。
「大丈夫、私、そういう国、見てきたんだ」
「えっ!?」
「日本という国はね、天皇陛下という王様がいるんだけど、権力は持ってないのよ。政治は国民から選ばれた人がやってるの。この国でもできると思う。……、あ、お茶ちょうだい。のど乾いちゃった」
 ユリアはそう言うと、隣の空いた椅子に座ってテーブルのティーポットに手を伸ばす。
「ぐ、具体的には……どうするの?」
 アルシェは気を利かせて空きのカップをユリアの前に置く。
「あら、ありがと……。『蒼天の儀』に集まった王侯貴族を拘束し、新体制を認めさせるの」
 紅茶を注ぎながらそう言うと、美味しそうにすすった。
「いやいや、警備の騎士団たちが大勢いるんだよ?」
「あ、紹介し忘れてたわ、彼、ドラゴンなの」
 ユリアは後ろに立ってるジェイドを紹介した。
「ド、ドラゴン!?」
「初めまして」
 ジェイドは瞳の奥に真紅の炎を揺らし、ニコッと笑った。
 明らかに人ではないその威圧感にアルシェは凍り付く。
「ドラゴンを倒せる人なんてこの世界にいないわ。それにいざとなったらこうやって時間を止めちゃえばいいの」
 アルシェは圧倒された。
 神になった大聖女とドラゴンが自分にクーデターを持ち掛けている。やるも地獄、やらぬも地獄……。
 ただ、話を聞けば誰かを殺したり傷つけることを計画している訳ではない。邪心や野望があるわけではないのだ。純粋に大聖女としてこの星の未来を考えている想いは伝わってくる。
「ぐ、具体的には、僕に何をさせたいの?」
「何もしなくていいわ。『大聖女とドラゴンを使って自分が世界を統一する』とだけ言ってて」
 ユリアは気軽に言う。
 アルシェは腕を組んで考える。ここで断れば他の人の所へ行くだろう。国王の耳に入れ、阻止しようと動いてもらってもドラゴンや神の力に勝てるとは思えない。むしろそこで無駄に死傷者を生むだけだ。王家は存続というのなら、自分が臨時で王になり、全てが終わったら父に家督(かとく)を返上すればいい。逆に言えば、別の人がやれば王家の存続も危ういかもしれない。
「わかった……やるよ」
 アルシェはうなだれながら言う。
「ありがと。でも、そもそもこのクーデターはこの星のみんなを救うためにやるのよ? 胸を張って」
「そ、そうかもしれないけど、話を聞いたばかりじゃ良く分かんないよ」
「まぁ、そうかもね」
 ユリアは上機嫌で紅茶をすする。
「それにしても、ユリアさんって、ずいぶん雰囲気変わりましたね」
 ユリアは少し考え、言った。
「うーん、私ね、分かっちゃったの」
「えっ?」
「大聖女としてしきたりとか儀式とかマナーとかたくさんあるじゃない? あれ、全部意味ないのよ」
「そ、そんなこと……、ないの……では?」
「私ね、一生懸命言われるがままに全部ちゃんとやったの。それこそ毎日必死で。でも、結果は散々だったわ。言われた通りのことをやってちゃダメだったのよ」
 ユリアは反省を込めて渋い顔をする。
「いや、しかし、儀式とかマナーとかが品格を生むんだよ?」
「平和で余裕があるならいいわよ。暇つぶしにはちょうどいいわ。でも、今は緊急時、神様が怒っているのにマナーとかやってられないわ」
 ユリアは肩をすくめた。








4-4. すれ違う思い

 その後、ユリアは時間を止めたままアルシェを連れ、宰相(さいしょう)の部屋に行く。クーデターを成功させても国の実務が止まっては何の意味もない。実務部門のトップ、宰相の協力は不可欠である。
 そして、そこでもユリアは半ば脅しながらクーデター計画への同意を迫った。
 時間を止める事ができ、ドラゴンを使役するユリアに逆らえる者などいない。
「クーデターが成功したらその権力者に従うだけです。我々は政治家じゃないので……」
 宰相は渋い顔でそう答える。
 ユリアはうれしそうに宰相の肩を叩いて、
「任せたわよ! クーデターの後は世界統一! 全世界の行政実務のトップはあなただからね!」
 と、ニコニコしながら言った。
 宰相は唖然とした表情で、アルシェと顔を見合わせ、思わず天を仰いだ。

「あ、二人とも面倒くさいことになったって思ってるわね? 一番面倒くさいのは私なのよ? こんなの本来大聖女の仕事なんかじゃないのよ? 分かる?」
 ユリアは腰に手を当て、ほおを膨らませて二人を不満そうに見る。
「そ、それは分かります。ただ……、クーデターしないと世界が終わると言われても、実感わかないですよ?」
 宰相は気圧されながら答える。
「んー、もう! 平和ボケなんだから! まぁいいわ、クーデターの時に使う権力移譲の書面、用意しておいてね!」
「わ、分かりました」
 宰相は渋々うなずく。
「それじゃ、当日はよろしく! チャオ!」
 ユリアはそう言ってウインクすると、ジェイドとともに消え、時間はまた動き出す。
 アルシェと宰相は渋い表情で顔を見合わせあった。

           ◇

 『蒼天の儀』当日がやってきた。
 ユリアは前回のスケジュール通り、純白のシルクにきらびやかな金の刺繍の入った壮麗な衣装で控室のソファに座る。
 前回はここで睡眠薬を盛られてしまって全てが崩れていってしまった。物心ついてからずっと一緒だった幼なじみのティモ。本当に彼がそんなことをやるのか……、ユリアは暗い気持ちでため息を繰り返す。

 コンコン!
 ノックされ、ヒョロッとした天然パーマの少年、ティモがお茶のセットをトレーに入れて入ってきた。そして、ティーカップに紅茶を入れてユリアの前に置く。
 見ていると、動きがぎこちない……。
「ねぇ、ティモ? 何か……、私に隠してないかしら?」
 ユリアはジッとティモを見ながら言った。
 しかし、ティモは目を合わすことなく、
「えっ? な、何のこと?」
 そうとぼける。
 ユリアは大きくため息をつくと、
「ねぇ、私たち、どこで……、間違えちゃったかな?」
 悲痛な表情でそう語りかける。
 しかし、ティモは、
「し、知らないよ!」
 そう叫ぶと、顔を真っ赤にして部屋を飛び出していった。
 ユリアは再度深くため息をつき、入れられた紅茶のデータを解析する。
 すると、浮かび上がる『ベンゾジアゼピン(睡眠薬)』との表示。
 ユリアは頭を抱え、しばらく考え込む。ティモを便利な従者としてしか見ず、人としての交流を怠ってきた自分の至らなさを反省した。でも、だからといってこんな仕打ちは度を超えている。
 ユリアは軽く首を振ると、睡眠薬の成分を消去し、ただの紅茶に戻してすすった。そしてソファに横たわって寝たふりをする。
 ほどなく誰かが入ってくる。ゲーザだ。
 そろりそろりとユリアに近づき、ユリアの肩をパンパンと叩く。
 ユリアが動かずにいると、ゲーザはユリアの胸元に手を忍ばせて封印のシールを貼った。そして、傍らに置いてあった『蒼天の杖』を盗ると、また静かに部屋の出口を目指す。
 ユリアは薄目を開けながらその様子をじっと見ていた。
 なるほど、こうやったのだ。

「動くな! 窃盗の現行犯だ!」
 物陰に隠れていたアルシェがゲーザに飛びかかる。
 ひっ!
 ゲーザは急いで逃げようとするが、足が動かない。ユリアが足の筋肉を麻痺させていたのだ。
「な、何なのよコレ!」
 ゲーザは『蒼天の杖』を振り回して威嚇(いかく)するが、程なく捕縛される。そして、ティモも警備の兵士によって捕まり、連れてこられ、二人とも床に正座で並ばされた。














4-5. ざまぁ再び

「国宝の窃盗は死罪よ?」
 ユリアは二人をにらみながら、感情のこもらない声で淡々と言う。
「ふん! これは私の独断じゃないわ! 牢でも何でも入れなさいよ。すぐに釈放されるわ」
 ふてぶてしく言い放つゲーザ。
「残念でした。公爵も教皇ももう捕まえてあるの」
 ニヤッと笑うユリア。
「へっ!?」
 ゲーザは真っ青になって言葉を失う。
「死刑……、残念だけど仕方ないわね」
 ユリアは憐れみのこもった視線を投げかける。
「ふざけんじゃないわよ! この! 何の苦労も知らない小娘が!」
 すごい形相(ぎょうそう)で喚くゲーザ。
「あら、私、あなたのコレですっごい苦労……したのよ?」
 ユリアは胸のシールをペリペリと剥がし、火魔法でポッと燃やすとゲーザをにらんだ。
「あなた何……言ってるの? それになんで火魔法なんて使えるのよ?」
 ゲーザはどういうことか分からず困惑する。
「あなたの苦労って何? 男に股開いただけじゃないの?」
 ユリアはジト目でゲーザを見る。
「な、何を! ……。ユリア……、あ、あなた純潔を捨てたわね? 大聖女のくせに!」
「『愛を知った』と、言って欲しいわ」
 ユリアはうれしそうに笑った。
「何が『愛』よ! 男はね、可愛い女だったら誰だっていいの! あんたもそのうち捨てられるのよ! ざまぁみろ!」
「そんなこと考えてるから、あなたには『愛』が手に入らないのよ」
 ユリアは余裕の笑みで言う。
 くっ!
 ゲーザは鬼のような形相でユリアをにらんだ。そして、大きく息をつくと、
「いいわ、そしたらいい事教えてあげる。……、耳を貸して……」
 そう言ってニコッと笑う。
「あら……、何かしら?」
 ユリアはそっとゲーザに近づく。
 直後、ゲーザは奥歯をギュイっと鳴らして何かをかみ砕くと、ゴォーっと豪炎を口から吐いた。
 猛烈な火炎は一気にユリアを包み、純白の衣装が燃え上がる。
「バーカ! ざまぁ! はーはっはっは!」
 ゲーザは大笑いし、アルシェは慌てた。
「うわぁ! ユリアァァァ!」
「大丈夫、あれ、人形なの」
 いつの間にかアルシェの後ろにいたユリアは肩を叩いて言う。
「へっ!?」
 ゲーザは驚いて振り返る。と、その時、燃え上がってる人形がゲーザの方に倒れ込む。
 ぎゃぁぁぁ!
 ゲーザは慌てて逃げようとするが、足は動かず逃げられない。
 勢いよく燃える炎はゲーザに燃え移り、服や髪を燃やし始めた。
「あちっ! あちっ! 何してんのよ! 助けなさいよ! うぎゃぁぁぁ!」
 必死に喚くゲーザだったが、ユリアたちはあまりに馬鹿げた自業自得に言葉を失い、ただ、間抜けなさまを白い眼で眺める。

 ほうほうの体で何とか転がって火を消し止めたものの髪の毛を失い、火ぶくれした顔はもはや別人になっていた。
「ヒール! ヒール!」
 ゲーザは必死に治癒魔法を唱え、何とか事なきを得たが、焼け焦げた服にチリチリの坊主頭で放心状態となり、床に転がったまま動かなくなる。

「ここから先は裁判で決めてもらうわ」
 ユリアはそう言うと、アルシェに収監を依頼し、ゲーザは連行されていった。

       ◇

 続いてユリアはティモをにらんで言った。
「あの女の色仕掛けにやられたってこと?」
 ティモはうなだれて答える。
「俺はただ『しゃっくりが止まらなくなる薬で恥かかせてやって』と、言われたのでその通りにしたんだ。まさか杖を盗むなんて……」
「ふーん、私が恥かくのはいいんだ?」
 ティモは最初押し黙ったままだったが、そのうち顔を真っ赤にして言った。
「ユリアばかりチヤホヤされるのっておかしいじゃないか! 同じ境遇で生まれて一緒に育ってきたのに俺だけずっと雑用……。まるでユリアの奴隷じゃないか!」
 ユリアはキュッと口を一文字に結び、黙り込む。確かに自分が大聖女になったのは単に配られたカードが良かったからなだけだし、ティモに何の配慮もしなかったことも事実だった。
 ユリアは何か言おうとして、うまい言葉が見つからず、ため息をつく。

「ふざけるな! なら、そう言えばいい。薬を盛る理由にはならん!」
 ジェイドが重低音の声で吠え、その圧倒的な威圧にティモは青ざめる。
 
 ユリアはティモと一緒に野山を駆けまわっていた頃のことを思い出し、思わず涙をこぼす。傷ついた幼生のジェイドを見つけたのもティモだったし、あの頃は本当に毎日が楽しかった。
 ティモに配慮できなかったのは、毎日大聖女の仕事に追われていたからである。王都の十万人の人々の安寧を守ること、それが大聖女の務めであり、使命だと考え、毎日必死に働いていた。
 しかし、ティモはもっと子供時代のような親密な交流が当たり前だと考えている。それは見えているものの違いだった。ティモは目の前の人を見て、ユリアは十万人を見ていた。どっちが正しいということは無い、単に視野の違いである。
 ユリアは大きく息をつくと、
「ティモ、あなたは王都出入り禁止処分にしてもらうよう嘆願しておくわ。田舎に帰りなさい。長い間、ありがとう」
 目頭を押さえながらそう言って、その場を後にした。








4-6. 鮮やかな制圧

「それでは、大聖女様、お願いいたします」
 案内役に呼ばれ、ユリアは壇上に登った。
 煌びやかに装飾が施された大広間、壇上には多くの魔法ランプが配されて、まるでスポットライトの様にユリアを浮かび上がらせる。
 ユリアは大きく息をつき、『蒼天の儀』に招かれた王侯貴族たちが一堂に会する様子を見回してニヤッと笑った。
 そして、『蒼天の杖』を高く掲げ、サファイヤを青くまぶしく輝かせると、
絶対結界(エクストリームバリア)!」
 と、叫んで王侯貴族たちを強固な結界に閉じ込めた。
 段取りと違うことに出席者は驚き、どよめきが上がる。

 すると、アルシェが奥から現れて壇上に上がり、姿勢をピッと正し、右手を高く掲げ、高らかに声をあげた。
「アルシェ・リヴァルタはここにクーデターを宣言します!」

 唖然とし、静まり返る王侯貴族たち。
 さらに奥から宰相が重厚な紫色のファイルを掲げて登場し、一礼してアルシェにそれを渡した。
 アルシェは書類にサラサラとサインを書き込む。
 それを確認した宰相は、
「ここに、アルシェ・リヴァルタ様が王国の全権力を掌握したことが法的に認められました」
 と、王侯貴族たちに向かって声をあげた。

「おい! ふざけんな!」「何をやってるのか!」「いいかげんにしろ!」
 王侯貴族はそれぞれ怒り心頭で怒鳴り、席を立つが結界が強固で出ることができない。
 すると、後ろの方から異常を察知した騎士たちがバタバタと入って来て、壇上を目指す。

 直後、ズン! という音と共に脇の壁が吹き飛び、砂ぼこりの中から巨大なドラゴンの首がニュッと顔を出した。
「ひぇ――――!」「キャ――――!」「うわぁ!」
 厳ついウロコに巨大な牙に鋭い爪、ギョロリと見回す巨大な瞳に大広間は大騒ぎになる。騎士たちもドラゴンの登場に恐れおののき、動けなくなった。

「お静かに! 我が王国を守ってくれる神の使い、ドラゴンです。私は大聖女様とドラゴンと共に世界征服を実現させます。王侯貴族の皆様におかれましてはご理解とご協力を賜りたく存じます」
 アルシェはエンペラーグリーンの瞳を輝かせ、堂々とそう言い切った。
 ここに来て王侯貴族たちはこれが茶番でないことに気づき、真っ青になってお互いの顔を見合わせ、ひそひそと善後策を話し合い始める。

「アルシェ! これはどういうことだ!」
 今までじっと静観してきた国王が立ち上がり、声を上げる。
「父上、ご相談もせずに申し訳ありません。ただ、これは王家を守る唯一の道なのです。全てが終わったら全部ご説明します」
「お前! いいかげんにしろ!」
 第一王子が声を荒げる。
「お兄様、もう私はこの国の国王です。口を慎んでいただけますか?」
 アルシェはニコっと笑って言う。
「俺は認めないぞ!」
 第一王子は真っ赤になって吠える。
 しかし、アルシェは取り合わず、
「ここから先は大聖女様からご説明があります。私はこれで……」
 そう言って退場していった。
「おい! 待て! 逃げんなよ!」
 第一王子は必死に叫んだが結界を超えることもできず、地団太を踏む事しかできない。

「はーい、皆様、それでは私から今後の流れをご説明しまーす!」
 ユリアはニコニコしながら声を上げる。
 王侯貴族たちはムッとした表情でユリアをにらんだ。
「まず、皆さまの身体ですが、すでに実体を消してあります。物には触れられませんし、お腹も減りませんし、おトイレも不要です。言わば幽霊みたいな状態になったとお考え下さい」
 どよめきが起こり、一部の人は椅子に触れようとして手がすり抜け、唖然とする。
「今後の世界統一のスケジュール、共和制への移行についてはそちらをご覧ください」
 そう言って壁を指さすと、プロジェクターで映し出されたように一連の計画がずらりと表示された。
「皆さんの選択肢は三つ。一、このまま一生ここにいる。二、当計画を受け入れ、全権限を王国に返上し、裕福な家として存続する。三、ドラゴンと戦って散っていただく。決まったら声をかけてくださいね。たまに様子をうかがいに来ますので」
 そう言うと、ユリアは一同を見回し、ニコっと笑って退場していく。
 どよめく大広間だったが、誰も結界は壊せなかったし、幽霊状態になってしまった王侯貴族たちにはもはや何もできなかった。










4-7. 目標、来ます!

 ユリアたちは会議室に集まった。
「アルシェ、見事だったわ!」
 ユリアはうれしそうにアルシェの肩を叩く。
「あぁ、もう後戻りできないよ、どうしよう……」
 十五歳になったばかりの少年、アルシェはうなだれる。
「アルシェ様、今さらそんなことおっしゃられても困りますぞ。(さい)は投げられたのです」
 宰相は渋い顔をする。
「わ、分かってます。ちゃんとやりますよ……。はぁ……」
「では、計画通り、次は宣戦布告よ! 国王様、サインして!」
 ユリアはそう言って宣戦布告の書面をアルシェに渡した。
 アルシェは嫌そうに書面を眺め、目をつぶって大きく息をついた。

         ◇

 オザッカの宮殿で御前会議が開かれる日、タイミングを計ってユリアとジェイドは空間を跳んで乗り込んだ。
 着くやいなや「絶対結界(エクストリームバリア)!」
 と、叫ぶユリア。
 驚き固まる王侯貴族たちは瞬時に強固な結界に閉じ込められる。当然宮殿には、魔法での侵入などできないような防御機能が厳重に張り巡らされているのだが、この世界の構成データを直接書き換えるユリアの神の力の前には、全てが無意味だった。
「ハーイ、皆様ごきげんよう!」
 ユリアは楽しげに挨拶する。
「き、貴様は王都の大聖女! 面妖(めんよう)な技を使いおって!」
 オザッカの君主はそう叫ぶと短剣で結界を破ろうとしたが、全く歯が立たない。
「あなた達全部捕まえたからこの戦争、王国の勝ちね!」
 ニコニコしながら言うユリア。
「な、何を言う! こんなの認めんぞ!」
 頬に大きな傷を持つ筋骨隆々とした男が机をガン! と拳で叩きつけて叫ぶ。見覚えのあるあの将軍だった。
 ユリアはジェイドを前に出し、うれしそうに言う。
「じゃあ、この男があなた達の軍、全てと戦いましょう。勝てたらあなたたちの勝ちでいいわよ」
 
「えっ!? 一人を……倒せばいいだけ?」
 ポカンとする将軍。
「えぇ、でもきっと彼の勝ちですよ。ふふっ」
 ユリアはニヤリと笑った。

        ◇

 二万人のオザッカ軍とジェイドは草原で対峙(たいじ)した。
 将軍とユリアは脇の方で戦況を見守る。
「本当にあの男を倒すだけでいいんですな?」
 将軍は念を押した。
「そうよ! せいぜい頑張ってね」
 ユリアはうれしそうに言う。
 将軍は見くびられたものだと内心憤慨した。あんなシャツを着ただけのヒョロッとした男一人に、二万人を数える自らが育て上げた精鋭たちが敵わない訳がない。怒りのこもった声で将軍は叫んだ。
「戦闘開始! ぶっ殺せ!」
 兵士たちはフォーメーションを整えていく。ジェイドは軽く準備体操をするとスタスタと無造作に兵士たちに近寄っていった。
 先頭の兵士たちは盾を構え、しゃがんで一列に並ぶ。しかし、あんな無防備な男一人にやり過ぎではないかと内心いぶかしく思っていた。
 
 ジェイドは構わずにスタスタとさらに距離を詰める。
 直後、魔術師が二十人ほど宙に浮きあがると、一斉に攻撃魔法を放った。炎の槍が飛び、風の刃が舞い、氷のつぶてが流れ、全てがジェイド一人に降り注ぎ、ジェイドはシールドも張らずそれらをすべて全身に浴びた。
 ズズーン!
 激しい衝撃音が響き、もうもうと煙が上がっていく。
「よしっ!」
 将軍はガッツポーズを見せ、誰もが勝利を確信した。
「ワシらの勝ちですな!」
 喜び勇んでユリアの方を見た将軍だったが、ユリアは平然として言う。
「ふふっ、こんなのはいいから早く本気を出してくださいね」
 将軍はムッとした。自慢の魔法部隊の攻撃を『こんなの』とはどういう事だろうか?
 すると、補佐官が叫んだ。
「ダメです! 目標、来ます!」
「へっ!?」
 将軍が目を凝らすと、熱気に揺らめく陽炎の向こう、煙の中に赤い瞳が鋭く光るのが見えた。
「ひぇっ!」
 将軍は背筋に冷たい物が流れるのを感じた。あれだけの攻撃を受けてなお健在……。その不気味な赤い光に、心の底から恐怖が巻き起こってくるのを止められなかった。

 煙の中からジェイドは何事もなかったかのように現れ、さらに足を進める。
 兵士たちは唖然としてその様子を眺めていた。
 あの攻撃を浴びて無傷、それもシャツに汚れ一つついていないという現実をどう受け入れたらいいか困惑していたのだ。