3-7. 世界の本質

 西麻布の焼肉店にやってきた一行は、シックな赤と黒のインテリアに彩られた個室へと通される。間接照明が質感の高い紅の壁面を照らし、高級感を演出していた。
「うわぁ……、すごい……」
 ユリアは思わず声を出してしまう。
「ふふっ、今日はたくさん食べてね」
 ヴィーナはニッコリと笑った。
「はい、早く座って! 食べるぞ~!」
 レヴィアは浮かれて叫ぶ。

 店員がやってくると、レヴィアは怒涛(どとう)の注文を始めた。
「青りんごサワーを二つと、大ジョッキ十杯な」
「えっ!? 十杯……ですか?」
「いいから十杯な。それから霜降り大トロカルビ二十人前、極上ロース二十人前、それから極上タン塩十人前……」
 ユリアはその異常な注文数に圧倒され、
「彼女、まだ子供ですよね? そんなに食べるんですか?」
 と、小声でヴィーナに聞いた。
「はははっ、レヴィアはもう二千年くらい生きてるドラゴンなのよ」
 と、小声で返しながらうれしそうに笑う。
「ド、ドラゴン!?」
 ユリアは目を丸くして驚き、レヴィアを見た。
「なんじゃ、お主の彼氏だってドラゴンじゃろうが」
 レヴィアはそう言ってジト目でユリアを見る。
「いや、まぁ、そうなんですが……」

      ◇

 歓談しているとドリンクが大量に運ばれてくる。
 レヴィアは傍らにジョッキをたくさん並べ、
「さぁ、飲むぞ! カンパーイ!」
 と、陽気に音頭をとった。
「カンパーイ!」「カンパーイ」「かんぱーい」

 レヴィアは一気に大ジョッキを飲み干すと、
「プハー! 生き返るのう!」
 と、上機嫌に言って、新しいジョッキを手に取る。
 ユリアがその飲みっぷりに圧倒されていると、レヴィアが言った。
「うちの星の若いのもな、ドラゴンの女の子と結婚したんじゃ」
「け、結婚ですか!?」
「そうじゃ、今じゃ子供もおる」
 そう言ってまたジョッキを飲み干した。
「こ、子供……ですか?」
「ドラゴン相手でも子供はできるらしいぞ?」
 レヴィアがニヤッと笑ってそう言うと、ユリアは真っ赤になってうつむく。
「あらあら、うぶなのねぇ」
 ヴィーナはニヤニヤしながらうれしそうにユリアを眺めた。

「お肉お持ちしましたー」
 店員が肉を満載した大皿をいくつも持って入ってくる。
「おー、キタキタ!」
 レヴィアはうれしそうに皿を受け取ると、二十人前の霜降り大トロカルビをそのままロースターに全部ぶち込んだ。
「えっ!?」
 店員は思わず声を出す。
「大丈夫じゃ、もう二十人前追加じゃ!」
 レヴィアはそう言って空いた皿を店員に返した。

 レヴィアはロースター上で山盛りになった肉を適当に動かすと、箸でガッとまだ生の肉を何枚もつかみ、そのままパクッとほお張ると、ゴクッと丸呑みする。
「クハー! 美味いのう!」
 そう言うとジョッキを一気飲みして、
「プハー! 最高じゃ!」
 と、上機嫌に叫んだ。
 するとジェイドも真似してガッと箸で肉をつかむと丸呑みし、
「おぉ、これは素晴らしい物ですね」
 と、言って目を輝かせる。
「そうじゃろう、肉はやはり日本の霜降りに限るわい。カンパーイ!」
 そう言ってレヴィアはジェイドのグラスにジョッキをぶつけ、また一気飲みした。

 ヴィーナはそんな二人の様子に眉をひそめ、
「私たちは焼いて食べるから、この肉触らないで」
 そう言ってロースターの一角に肉を並べた。そして、
「ドラゴンを肉食にしたのは失敗だったわ……」
 そう言ってため息をつく。
「えっ!? ヴィーナ様がドラゴンを作ったんですか?」
 ユリアは驚いて聞く。
「昔ね、ファンタジーオタクな管理者(アドミニストレーター)がいて、勝手に作ってたのよ。で、それを黙認しちゃったの。食生活は人間と同じでって言っとけばよかったわ」
 ヴィーナは渋い顔で肉を裏返しながら言った。
「我は肉食でハッピーですよ。肉だけ食べて生きていけるなんて最高!」
 レヴィアはうれしそうに生肉をガッとつかんで上機嫌に言う。
 ユリアは圧倒されながらつぶやく。
「ドラゴンなんて作れるんですね……」
「そりゃぁ何だって作れるわよ。あなただって管理者(アドミニストレーター)になればいろんな生き物作れるわよ。……。あ、これ、すごく美味しい!」
 ヴィーナは肉を上品に食べながら言う。
「生き物を作る……。なんでそんなことできるんですか?」
 ユリアは首をかしげながら聞いた。
「ふふっ、あなたはこの世界は何でできてると思う?」
 ヴィーナはニヤッと笑いながら聞く。
「えっ? この世界……、ですか? うーん、生き物と物の集まり……、ですか?」
「情報よ。この世界は情報で出来てるの」
 ヴィーナはそう答えるとジョッキをグッとあおった。








3-8. 海王星の衝撃

「じょ、情報……ですか?」
 困惑するユリアに、ヴィーナはナムルの小鉢を持ち上げて、
「この物体は、『小鉢の形の陶器』という情報と全く同じなのよ」
「はぁ……」
「言葉って情報でしょ? つまり、言葉で言い表せるものは全て情報と等価なのよ」
「この世界の物はすべて言葉で言い表せるから、全部情報ってこと……ですか?」
「そう、正確にはこの世界は十七種類の素粒子と一つの数式でできてるんだけど、それらは全部データとして表現できる。つまりデータと等価、情報と等価なのよ」
「情報と等価……ですか……」
 ピンとこないユリアを見て、ヴィーナは小鉢を箸でコンと叩いた。
 すると小鉢はワイヤーフレームになり、透明でスカスカな針金細工状になる。そして、それをユリアに渡した。
「へっ!?」
 ユリアは針金細工でできた小鉢と中のナムルを見て言葉を失う。手触りはひんやりとした陶器だが、透明だし、中のナムルをつまむとワイヤーフレームは刻々と変わりながら変形していく。
「食べてごらん」
 ヴィーナはニヤッとして言う。
「た、食べられるんですか?」
「だって、それ、普通のナムルよ」
 ユリアは恐る恐る口に入れるとゴマ油の効いたモヤシの味がする。それは食感も普通の食べ物だった。
「この世界が情報で出来てるって意味が分かったかしら?」
 ヴィーナはニコニコする。
「この世界は……、ハリボテって……ことですか?」
 ユリアは困惑する。
 するとヴィーナは肉を貪ってるレヴィアの背中をパン! と、叩いてワイヤーフレームにした。金髪おかっぱ娘は透明となり、ただ、細く白い線が彼女の輪郭を丁寧に表示し続ける。
 最初レヴィアはそれに気づかず、肉を貪る。すると肉は丸呑みされて胃の方へと流れて消えていった。
 その面妖な情景にユリアは固まる。
「別にハリボテじゃないわよ。中身詰まってるから」
 ヴィーナはうれしそうに言った。
「何がハリボテ……、はっ!? 何するんですか! エッチ!」
 レヴィアは自分が透け透けになっていることに気がついて怒る。
「はははっ、ゴメンゴメン。でも、透明だと迫力無いわね」
「もぅ! 早く戻してくださいよ!」

「追加のお肉お持ちし……ま……、えっ?」
 揉めてると店員が入ってきて固まる。
 透明のワイヤーフレーム人間が隣の女性につかみかかっているのだ。それはお化けとか幽霊とかそう言う類に見える。
 ヴィーナは固まってる店員から肉の皿を受け取ると、パチンと指を鳴らし、
「ありがと。あなたは何も見てないわ」
 そう言ってニコッと笑う。
「はい、何も見ていません……」
 店員はぼーっとした表情でそのままゆっくりと出ていった。

「世界が情報で出来てるというのは分かりました。でも、情報であることと操作できることは別の話……ですよね?」
 ユリアは真剣な目で聞く。
「あら、すごいわね。そうよ。オリジナルな宇宙では操作なんてできないわ」
「え!? では、ここはオリジナルでは……ない?」
「まぁ、見た方が早いわね」
 ヴィーナはそう言うと、右手を高く掲げる。
 直後、四人は真っ暗な宇宙空間に放り出された。

「うわぁ!」
 無重力の中で慌てるユリアは、ジェイドの腕にガシッとしがみつく。
 そこは満天の星々の広がる宇宙空間、そして、足元を見て驚いた。そこには紺碧の鮮やかな青色を放つ巨大な惑星が浮かんでいたのだ。

「へっ!?」
 真っ暗な宇宙空間に浮かぶ、壮麗な青……。それは、神々しさすら覚える澄み通った穢れなき美しい輝きだった。
 ユリアが魅せられているとヴィーナが言った。
「あれが海王星。あなたの星や私たちの星、『地球』って呼んでるんだけど、地球の実体はあそこにあるわ」
「実体……?」
 ユリアは何を言われているのか分からず眉をひそめる。
「行ってみましょ!」
 そう言うと、四人を囲んでいた透明なシールドごと、ものすごい勢いで加速させる。
「うわぁ!」
 ユリアは体制を崩して思わずジェイドに抱き着き、ジェイドはうまくユリアをホールドするとニコッと笑った。








3-9. 六十万年の営み

 少しずつ大きくなっていく海王星。
 よく見ると表面には筋模様が流れ、ところどころ暗い闇が浮かび、生きた星であることを感じさせる。
 目を上げれば、十万キロにおよぶ壮大な美しい楕円を描く薄い環が海王星をぐるっと囲み、その向こうを濃い天の川が流れている。
 ユリアはその雄大な大宇宙の造形に圧倒され、思わずため息をついた。

 どんどん海王星へと降りて行く一行――――。

「さぁ、大気圏突入よ! 衝撃に備えて!」
 ヴィーナは楽しそうにそう言うと、何重かに張ってあるシールドの先端が赤く発光し、コォ――――っと音がし始めた。
 やがてその光はどんどんと輝きを増し、直視できないくらいにまばゆくなっていく。

「こ、これ、大丈夫なんですか?」
 ユリアは顔を手で覆いながら聞く。
「失敗したらやり直すから大丈夫」
 ヴィーナはこともなげに答える。
「や、やり直す……?」
 ユリアが言葉の意味をとらえきれずにいると、レヴィアは、
「時間を巻き戻してもう一回やるってことじゃ。女神様を常識で考えちゃイカン」
 と言って、ポンポンとユリアの肩を叩き、ユリアは絶句する。

 やがて発光も収まり、一行は雲を抜け、いよいよ海王星へと入って行く。
 目の前に広がる真っ青な星の表面はところどころ台風の様に渦を巻いており、まるで荒れた冬の海を思い起こさせる。

「こんなところに私たちの星があるんですか?」
 ユリアは怪訝(けげん)そうに聞く。
「そうよこの星の中に地球は一万個ほどあるのよ」
「一万個!?」
 ユリアはその途方もない話に唖然とする。
 この荒れた海の様な世界に、自分たちの星を含め、一万個もの星があって無数の人が息づいているというのだ。
 ユリアはジェイドの手をギュッと握り、ジェイドを見る。
 するとジェイドは温かいまなざしで優しく微笑んでうなずいた。

 海王星はガスの惑星、地面はない。一行は嵐の中、青に染まる世界をどんどんと下へと潜っていく。
 徐々に暗くなり、下は恐ろしげな漆黒の世界となっていくので、ユリアは思わずジェイドの腕にしがみついた。

 真っ暗な中を進むと、やがてチラチラと遠くの方に明かりが見えてくる。何だろうと思っていると、それは巨大な構造体の継ぎ目から漏れる明かりだった。
「えっ!?」
 人の気配すらない壮大な惑星の中にいきなり現れた、無骨な巨大構造物。その異様さにユリアは圧倒される。
 それは広大な王宮が何個も入りそうな壮大な直方体で、上部からはまるで工場の様に煙を噴き出していた。さらに近づくと、漏れ出る明かりに照らされて、吹雪の様に白い物が舞っている様子が浮かび上がる。
 そして、その構造物はよく見ると向こう側にいくつも連なっていて、まるで吹雪の中を進む巨大な貨物列車の様に見えた。

「これが地球の実体『ジグラート』よ」
 ヴィーナは淡々と説明する。
「な、なんで、こんな所に?」
「ここはね、氷点下二百度。太陽系で一番寒い所だからよ。コンピューターシステムは熱が敵だから……。あ、あなたの地球はこれね」
 そう言って、奥から迫ってくる次のジグラートを指さし、近づいて行く。
 ジグラートは高さが七十階建てのビルくらいで、その高さの壁が延々と一キロメートルくらい向こうまで伸びている。その巨大さにユリアは圧倒され、言葉を失う。
 漆黒の壁面パネルは不規則にパズル状に組み合わされており、そのつなぎ目から青白い灯りが漏れ、その幾何学模様の造形は前衛的なアートにすら見えた。
 これが自分が生まれ育ってきた星……という事らしい。壮大なオンテークとその森や美しい南の島の海、泳ぎ回る魚たち、そして、王都とそこに住む十万人の人たち、それらがすべてこの構造体の中に息づいているという。それはあまりに飛躍しすぎていてユリアはうまく理解できなかった。

「これ作るのに、どれくらい時間かかったと思う?」
 ヴィーナはニヤッと笑ってユリアに聞いた。
「え? これ……ですか……? うーん、千年……? いや二千年とかですか?」
「六十万年よ」
 そう言ってヴィーナは肩をすくめた。






3-10. 本当の私

「ろ、ろ、六十万年!?」
 予想だにしなかった答えにユリアは唖然とする。
「ヴィーナさんが……つくられたんですか?」
 ユリアは恐る恐る聞いてみる。
 するとヴィーナは首を振る。
「海王星人が作ったんじゃ」
 横からレヴィアが答えた。
「海王星人? どなた……ですか?」
「今はもうおらんな」
 レヴィアは肩をすくめる。
「えっ!? こんなすごい物を作ったのにいなくなっちゃったんですか?」
「人間は六十万年なんて生きられんのじゃ」
「子孫が生まれていくじゃないですか」
「産まなくなっちゃうんじゃ」
「へ? そ、そんなことって……」
「不思議じゃろ?」
 レヴィアは含みのある笑みを浮かべる。
「では皆さんはどういった経緯で……地球に関わられているんですか?」
 ヴィーナとレヴィアは顔を見合わせ、少し困った顔をする。
「そのー、あれだ。この宇宙に人間が現れたのは五十六億七千年前のことじゃ」
「すごい……、古い話ですね?」
「で、この宇宙がこういう形になったのは誠さんが決めたんじゃ」
「誠さん? さっきの男性の方……、では彼は五十六億年生きてるってこと……ですか?」
「誠はまだ三十代よ」
 ヴィーナは呆れたように言う。
「えっ、えっ?」
「ちなみにこの海王星作ったのは私だけど、まだ二十代よ」
 ヴィーナはニヤッと笑ってウインクした。
「そのぉ……、時間がおかしいんですが……」
 ユリアは困惑する。
「ヴィーナ様が若いのは代替わりなだけじゃが、誠様のは宇宙の法則の話じゃ。宇宙は無数の可能性の集積で作られておる。そして、宇宙は時の流れに従う訳でもないんじゃ」
「え? 時間の流れが変わったりするんですか?」
「そもそも時間が過去から未来へと流れていると感じてるのは人間だけなんじゃ。物理的には過去も未来もただの方向の違いに過ぎん。宇宙にとっては過去も未来も同じってことじゃな」
「そ、そんな……。では、未来が過去を変える事もあるってことですか?」
「変える事はない。ただ、未確定のところが確定されるってことじゃな……」
「未確定?」
「量子力学の世界では状態が確定していない方が普通なんじゃよ」
「量子……力学……???」
 ユリアはパンクしてしまった。
「はいはい、そのくらいにして、着いたわよ」
 ヴィーナはそう言うと、シールドを出入り口のハッチに横付けした。

         ◇

 ジグラートの中に入ると、まるで満天の星々の様に無数の青い光がチカチカとまたたいていた。
「うわぁ……」
 ユリアが見とれていると、ヴィーナが照明をつける。
 すると、そこには小屋くらいのサイズの円筒形の金属がずらりと並んでいた。床の金属の網目を通して、上の方にも下の方にも延々と並んでいるのが見える。
「これがあなたの星の実体よ」
 ヴィーナはドヤ顔で言う。
 しかし、ユリアにはこれらの無数の円筒が何を意味するのかピンとこない。
「ついてきて」
 ヴィーナはそう言うと脇の階段をカンカンと音を立てながら登り始めた。
 そして、上の階をしばらく歩き、ある円筒を指さして止まる。
「これがあなたよ」
 ユリアは何を言われてるのか分からなかった。なぜ、金属の塊が自分なのだろう?
「みてごらんなさい」
 そう言うと、ヴィーナは円筒に挿さっていた畳サイズのブレードを少し引き抜く。円筒はこのブレードの集合体だったのだ。
 ブレードは精緻なガラス細工の集合体で、無数の細かな光がチラチラ瞬いてまるで芸術品のような美しさを見せていた。
「これは何……へっ!?」
 ユリアが質問すると、そのチラチラとした瞬きが言葉に合わせて規則的な波紋を描く。
「これは光量子コンピューター。この光の波紋があなたよ」
「えっ!? ちょっと! えっ!?」
 ユリアは混乱した。自分の声や動作に合わせて光の波紋がキラキラと美しく泳動する。確かにそれは自分と密接なものであることは疑いようのない事だった。しかし、自分がこのガラス細工だと言われてしまうとそれはアイデンティティに関わる重大な話である。
「こうやって、あなたの星にあるものは全てここの光コンピューターが創出しているのよ。全体で十五万ヨタ・フロップス。桁外れの計算力よ」
 ヴィーナはうれしそうに言った。
「これが……、本当の……、私……」
 ユリアはそっとガラス細工に手を伸ばし、そっと触れてみる。ガラスはほんのりと暖かく、チラチラと明滅する明かりが指を照らした。
「あ、ちなみに魂はあっちの別のところで一括管理してるわ」
「そ、そうなんですね……」
 ユリアはうつろな目で答える。








3-11. 巻き戻される世界

「ここのデータを今度昔の物に全部入れ替えるわ。そこからがあなたの出番よ」
 ヴィーナはニコッと笑って言う。
 この膨大なコンピューターのデータを全部昔のデータに換装するというのだ。
「え……? あ、それをすると昔に戻るってことですか? 時間を巻き戻すわけではないんですね」
「時間は巻き戻せないわ。でも、この星の人たちにとっては巻き戻したのと同じ効果があるのよね」
「なるほど……、そうかも……しれません」
 ユリアは理屈では分かるものの何だか釈然としない思いが残った。
 追放も裏切りも優しさも全て無かったことにされる。自分たちが必死に生きた時間がただのデータとして処理され、昔のデータに書き換えられる。その軽さがモヤモヤとなってユリアにまとわりついた。
 とは言え、亡くなった人もそれで生き返るのなら、そっちの方がいいのは明白ではあるのだが。
 ここまで考えて、ユリアはふと違和感に包まれる。データを入れ替えて亡くなった人が生き返るのなら命とは何なのだろう? 死んでしまった人が生きていた昔の続きを生きるとして、それは同じ人と言えるのだろうか?
 しかし、それは哲学的で答えは出なかった。

 ユリアは周りを見回してみた。何百枚ものブレードが挿さった円筒が、はるか彼方向こうまで延々と並んでいる。なるほど、これが自分たちの星なのだ。そして、これで過去に戻っていく……。
 ユリアは期待と不安の混ざった心持ちで、円筒でチカチカと明滅するランプの群れをボーっと眺めていた。

       ◇

 焼肉屋に戻ってきた一行は、しばらく歓談したのちに解散となった。

「今晩はこのホテル使って」
 ヴィーナはそう言うとカードキーをユリアに渡す。
「ドラゴン、あなた行き方わかるわね?」
「はい、前回もここ泊まりました」
「よろしい。それでは明日十時にオフィス集合ね。熱い夜を楽しんでね! チャオ!」
 ヴィーナはウインクしながら上機嫌に消えていった。

       ◇

 しばらく二人は手を繋いで東京の街を歩く。
 道にはレクサスにテスラにベンツ、そしてタクシー、トラックがひっきりなしに走り、その道の上空には首都高速が通っている。王都の石畳の道をのどかに走る馬車しか見たことのないユリアにはまるで夢の世界だった。
 そして、道の脇にはきらびやかな飲食店にコンビニ、そして夜のお店……。ユリアは思わずため息をつき、ただ圧倒されていた。

 すると、超高層ビルを指さしてジェイドが言った。
「あそこだよ」
 ユリアはビルの間に見えてきたひときわ高いビルに目を奪われる。
「えっ!? あれがホテル?」
 全面ガラス張りのそのビルは上品な照明が窓からのぞき、流れるようなラインを夜空に向かって描き、その威容を誇っていた。
「部屋番号は5001、あのビルの五十階だ」
「五十階!?」
 ユリアはビルを見上げ、自分がそんな所に本当に泊まれるのか心配になった。
 ジェイドはそんなユリアをそっと引き寄せると、
「素敵な部屋だから大丈夫だよ」
 と耳元でささやく。
 ユリアはゆっくりとうなずいた。

        ◇

 部屋のドアを開けると、そこはスイートルーム。豪奢なインテリアで彩られ、リビングのテーブルにはフルーツの盛り合わせが飾ってあった。
 そして、大きな窓の外には東京の夜景がどこまでも広がっている。
 ユリアは窓に駆け寄り、
「うわぁ……」
 と、圧倒されながら煌びやかな高層ビル群や首都高を走る車の群れを眺めた。
 ジェイドもそっと寄り添って一緒に夜景を眺める。
「ねぇ……、ジェイド?」
「どうした?」
「さっきの話、本当なのかな?」
 ユリアは首をかしげながら言う。
「女神様は嘘などつかない。ここから見える景色もまたジグラートの中で作られたものだ」
「ここに住んでいる人は知ってるの?」
「知らない。でも、たまに気がついちゃう人がいて、いたずらを仕掛けてくるらしいよ。お金儲けに使ったりね」
「いたずら……。ふぅ、私なんて、ジグラートを見せられたって信じられないのに」
 ユリアは眉をひそめてジェイドを見る。
 ジェイドはそっとユリアの髪をなでて言った。
「何はともあれ、二人とも無事でよかった」
 ユリアはニコッと笑って、
「本当によかった……」
 と言うと、ジェイドをハグし、ジェイドの精悍な男の匂いを吸い込む。
 温かな安心感に満たされ、ユリアは幸せそうな笑顔を浮かべる。
「ジェイド……。もうダメかと思っちゃった……」
「心配かけたね、ありがとう」
 ジェイドはユリアの背に手をまわし、髪に頬よせて言った。






3-12. 一回だけ

「あのね……」
「なに?」
「私もう、ジェイドがいないとダメみたい」
 ユリアはか細い声を出した。
「……」
 ジェイドは無言で動かなくなる。
「め、迷惑……、かな?」
 ユリアはジェイドの反応に不安を覚え、慌てて言う。
「迷惑なんかじゃない。ありがとう……」
 ジェイドは堅い調子で答える。
「な、何か……あった?」
 ジェイドは大きく息をつき、しばらく何かを考え、口を開いた。
「……。我はドラゴン。天与の異能で偉そうに生きてきたが……、それは単に神様が設定してくれた力に過ぎない。要は配られたカードが良かっただけだ」
「えっ?」
 ユリアは意外な言葉に驚く。
「人に大切なものが心だとするなら、我には自信がない。損得勘定せず、ひたすらに人々の事を願って動くユリアが輝いて見える。それに……、研修が終わればユリアは神の力を得る。もはや神様……。そんなユリアの隣に立つ自信が……ない」
 ジェイドはそう言ってうつむく。
 ユリアは少し離れ、ジェイドをじっと見つめて言った。
「何言ってるの? 神の力を得たって私は私よ。私はジェイドにどれだけ救われたか。ドラゴンの力に惹かれてる訳じゃないのよ?」
 ジェイドは顔を上げ、弱った顔でユリアを見つめる。
「私を大切にしてくれる気配り、力におぼれない節度、誰にでもできる事じゃないわ。もしあなたがドラゴンじゃなくても、一緒にいたいの……。もっと胸を張って」
 ユリアはそう言って真剣な目でジェイドを見つめた。
 ジェイドは目をつぶり、大きく息をつく。そして、
「ありがとう……」
 と言うと、ニコッと笑って優しくユリアの髪をなでた。
 見つめ合う二人。
 ジェイドの瞳に映るキラキラとした東京の夜景を見つめ……、ユリアは思わず吸い寄せられるように、背伸びをしてジェイドの口を吸った。
 少し驚いたジェイドだったが、チロチロと動くユリアの舌を自分の舌で絡める。
 二人は思いを確かめ合うように激しくお互いを求めた。

 やがて離れると、ジェイドはユリアをお姫様抱っこをする。
「きゃぁ!」
 少し驚いたユリアだったが、ジェイドの赤い炎の揺らめく瞳を見つめ……、そっとうなずいた。

 ダブルベッドの上に優しく横たえられたユリアは、ワンピースの胸のひもを緩める。
 そしてトロンとした目で、ジェイドに両手を伸ばす。
「来て……」
 ジェイドは少し躊躇するそぶりを見せたが、ニコッと笑うとユリアの上に覆いかぶさった。そして見つめ合うと、またくちびるを重ねる。
 そして、キスをしたままジェイドはユリアのしっとりと柔らかい白い肌に指をはわせた。
 あっ……。
 思わず漏れる吐息。
 ジェイドはさらにユリアのデリケートな所へと指を伸ばした。
 部屋にはユリアの可愛い声が響く。

 やがてユリアは頬を紅潮させ、ジェイドの耳元で
「お願い……」
 と、囁いた。

 ジェイドはうなずき、優しくユリアの服を脱がすと重なっていく……。

 お互いの危機を助け合い、一緒に冒険し、ジェイドの死を乗り越えて今、二人はここにいる。思い出を重ねてきた二人は東京の新たなステージでついに一つに結ばれる。
 その晩、二人は何度も何度も激しくお互いを求めあい、東京の夜は更けていった。

        ◇

 翌朝、香ばしいコーヒーの香りが漂ってきてユリアは目が覚めた。
 見ると、バスローブ姿のジェイドがコーヒーを入れている。
 ユリアは心の底から湧いてくる温かいものに包まれながら、ジェイドの姿を眺めていた。
 とめどなくあふれてくる幸福感に、あまりに嬉しすぎてつい涙をこぼす。
 こんなに幸せでいいのだろうか?
 ユリアは仰向けになって思わず目頭を押さえた。

 絶望を超えてたどり着いた大都会東京。そこに輝ける未来があった。それはまるでおとぎ話のようでもあり、またある意味神話と言えるかもしれない。
 
「おはよう、お姫様」
 気がつくとジェイドがベッドサイドでほほ笑んでいた。
「お、おはよう……」
 ユリアは昨晩を思い出し、真っ赤になって毛布で顔を隠す。
 ジェイドはそんなユリアを優しく見つめ、額に軽くキスをする。
 するとユリアはジェイドに抱き着き、唇を求めた。コーヒーの香ばしい匂いが口の中に広がる。
 二人は昨晩を思い出しながら舌を絡めていく……。
「ダメだ、また欲しくなっちゃう」
 ジェイドがそう言うと、
「ダメ……なの?」
 と、トロンとした目でユリアが聞く。
「じゃ、じゃぁ……一回だけ……」
「一回だけ?」
 ユリアは激しく舌を絡めた。