「神流朱門は現在、あなたを生かす方法を模索中。忙しい彼に代わって、その作戦が決まるまでの間、私があなたを守ることになった。神流のために。そして何より……私自身の目的のために……少しの間ね」

 彼女はふぅ、と一息ついた。

 本来ならば、そこまでするつもりはなかった。目的を早々に済ませて、この世界からも、元々居た世界からも去る。そのつもりでいたのだと、彼女の態度が言っていた。

 申し訳ない気持ちに襲われた。
 巻き込まれたと言っても過言ではないのに、彼女の反応を見ると、何故かそんな気持ちに。

 それに--

「どうして神流は、俺を生かす方法を探しているのだろう……かな?」

 不意に声が聞こえた。
 俺は反射的に彼女のことを見た。

 彼女はきょとんとした表情をみせた。

「どうしたの?」

 いや、どうしたの? ではないだろう。

「どうして俺の思ったことを--」

「ああ、当たった?」

 ふふん、とドヤ顔を決めた後、千尋は何でもないように言った。

「言ったでしょう? 昨日、同じ話を君として、同じ反応を隼人はするってさ。だから知っていた。ただそれだけだよ」

 彼女の言葉に、俺は顔だけでなく、耳まで真っ赤にさせた。俺は記憶力が乏しいらしい。穴があったら入りたい。

 殺し屋になってから、初めてそんなことを思った。

「そうそう。これは昨日誤魔化したことなんだけど、今なら話してもいいかな。どうして神流があなたを生かそうと、自分の仕事を放置してまで時間を割いて考えているのかを」

「それも--神流から教えてもらったのか?」

「教えてもらったというか、普通に考えたら分かる事だよ。まあ、その後に確かめたら『その通りだが、隼人には言うなよ』って、なんか釘を刺されたけど」

「え、なら教えては--」

「もう。隼人は真面目だなぁ。そんなの、本人に言わなければバレないでしょ」

 ドヤ顔を決め込んできたため、神流はそんなに甘くないぞ、と言おうとした。

 けれど、俺は何も知らないふりをした。純粋にその答えを知りたくなったからだ。

 彼女は当然のように言った。

「それはね、神流朱門はあなたに死んで欲しくないから。仕事上だとか、組織のトップとして……とかではない。純粋にあなたのことが大切なんだよ。だから、自分の仕事を後回しにしてでも、その未来を回避する方法はないか模索している。ただそれだけの話だよ」

「--ッ!」

 俺は彼女の言葉に衝撃を覚えた。
 いや、頭では分かっていた。
 本当は気付いていた。

 けれど、信じたくなかった。
 受け入れたくなかった。

 俺と神流は部下と長。いつでも切り捨てることが出来る神流と、いつでも切り捨てられる可能性のある俺とでは、世間話をすることすら出来ない、かけ離れた関係。そこに神流が私情を入れるということは、つまり--

「まあ、組織のトップが育ての親だとしても、そこに私情が挟まれるとは思わないよね。受け入れられなくても仕方がないと私は思う」

「本当に情報を受け取っているんだな」

「だからそう言ったでしょう? 嘘だと思ったの?」

「いや、嘘だとは思わなかったが、少し信じられなくてな。あの神流が、まさか情報を渡すなんて」

「まあ、他の人の情報だったら、渡さなかったと思うよ。あなただったから、渡したんだと思う」

 千尋は小さく息を吐いた。
 それから言った。

「2人とも……不器用だよね」

「不器用? 何故そう思う?」

「だって2人とも……いや、今はやめておくよ。それを言うのはまだ早いような気がするからね」

「話すことに遅いとか早いとかあるのか?」

「あるでしょ」

 くすくすと千尋は笑う。

「言っていい時と悪い時があるように、タイミングって大事だよ」

「そういうものか?」

「そういうものだよ」

 そういうものなのか。
 俺は無理やり納得させた。

 多分、もう1度聞いても、千尋は答えてはくれないだろう。

 それを教えてくれるのを待つしかない。

 それにしても--

 俺は千尋のことを見た。
 俺が彼女を殺さなくてはならない--か。

 何度考えても、意味が分からない。

 彼女の話も、彼女の目的も神流の考えも。
 何もかも分からないし、分かりたくない。
 これが現実だと受け入れることも。

「さてと。まだまだ時間はあるし、まずは私について話をしようか」

 俺の気持ちとは裏腹に、彼女は話を続けようとする。

「話ならさっき--」

「詳しくは話してないでしょ。それに、さっきは昨日話したからってことで、結構省いて話しちゃったからね。詳しく説明するよ。その後、あなたについても教えて?」

「俺について……?」

「うん。やっぱり少しの間とはいえ、一緒にいることになるんだから、互いのことは知っておいた方がいいと思って。だめ……かな?」

「別にいいけど……そんなに面白いこと話せないぞ?」

「大丈夫。私の話もそんな面白いものじゃないから。だから安心して」

 ふふふ、と笑った千尋に、俺はどう反応すればいいのか分からなかった。

 けれど、話さないという選択肢はないようだし、聞かないという選択肢もなさそうだ。覚悟を決めるしかない。

「分かった。じゃあ、まずは君の話を聞かせてもらえるか?」

「うん。もちろん。これから話す1部分は、昨日と今日には話していないことなんだけど、無理して受け入れなくていい。けど、それが現実だと理解だけしておいて欲しい」

 結構な前置きをされ、俺は身を構えた。
 そんな俺に、千尋はくすりと笑った。

「そんなに身構えなくて大丈夫だよ。ただ……別世界の話をするだけだから」

 いや、だからこそ身構えなくてはならないのではないか……? と、俺は心の中で思ったりした。

 別世界の話。
 昨日と今日で話していないこと。
 つまり、それは--

「私は別の世界から来た。けれど、その根源はこの世界の1人の人物にある」

「--っ!?」

 俺の表情を見て、千尋はくすりと笑った。

「あなたは本当に察しがいいね。その様子ならもう気付いていると思うから、答え合わせ程度に聞いて欲しい。私が生まれてきた原因を作ったのは、橘紅葉。彼女が後悔を抱いたまま亡くなったからなの。だから私は今、ここにいる」

 その言葉に、俺は嫌な汗をかいた。