目を覚ましてから、1時間が経過した。

 俺の目の前にいる少女の名は、朝倉千尋というらしい。

 彼女は俺に殺されるためにここにいる。
 それ以外に理由は無いのだと。

 彼女がどこから来たのか。なんのために俺を探していたのか、理解したくない現実を、目を覚まして1時間の間に突きつけられた。

 まず、彼女はこの世界の人間ではないらしい。別世界。パラレルワールド。並行した世界から来たと、彼女は言った。それが本当なのかは分からないが、嘘ではないような気がした。嘘ではないように思ったからこそ、俺はその話を理解できなかった。

「--それで? 別世界から来たというのは1度置いておいて、どうして俺に殺されたいんだっけか?」

「あまり置いてほしくないんだけど、今はいいか」

 彼女はやれやれと肩を竦めた。それから言った。

「もう一度言うよ。私のいた世界には、神がいる。全知全能の神・ゼウス。ゼウス神直々に言われたの。別世界にいる橘隼人。その人物に殺されてこい……ってね」

 いや、殺されてこい……ってね。じゃないだろう。意味が分からない。何を言われているのか、理解したくない。確かに俺は殺し屋だ。それでも、自ら殺してくださいと名乗り出てきた者を見たことは、1度もない。絶望して言ってきた者はいたが、そうではない人間は、初めてだった。

 俺はどうすればいいのか分からなかった。

 そんな、自分自身にメリットの一つもないこと、何故俺が--

 その時、はた……と、1つの疑問が頭の中に浮かんだ。夢のように感じていたあれ。現実に起きていたあの話。あの話に出てきた内容で--

「そういえば、俺が殺し屋だとどうやって知ったんだ?」

 俺が殺し屋であることは、組織の人間しか知らない。

 一般人には知られていない。当然、別世界から来たとされる彼女にも、そんな話はしていないし、知られるようなことはしていない……はず。ならば何故、その事を知っている? 情報が洩れているとも考えにくい。一体どこから--

「それについても、昨日もう話したよ。それを教えた代わりに殺してくれるって、約束したはずだけど?」

「そんな記憶、全くないんだが?」

「もう。隼人ってば忘れっぽい性格だね?またまた同じ説明をするけれど、その前にもう一度約束して。それを教えるから、私の願いを叶えて」

「--返答次第だな」

「はぁ。やっぱりあなたは隼人だね。昨日も私に同じことを言った」

 まあ、いいやと彼女は頷いた。

 俺がどう返事をするのか、彼女は今の段階でもう分かっているのだろう。昨日の俺と、同じ返事をするとしたら--と、予測して。


「神流朱門。2日前……昨日で2日前だから3日前か。彼に会いに行ったら教えてくれた」

「--長が?」

 俺は自分の耳を疑った。

 神流朱門が、安易に情報を渡したとは思えない。それが組織の人間だったとしても、たとえ知り合いだったとしても、余程のことがない限り、殺し屋に関する情報を、渡したりはしないだろう。

 それが別世界から来たと話すている少女が相手なら、何か特別な理由がない限りそんなこと--

「神流朱門に何の情報を渡した?」

「何のこと?」

「誤魔化すなよ。どうせ、昨日もこのやり取りを俺としたんだろ?」

「ふふふ。ばれたか」

 彼女は笑った。
 とても嬉しそうに。

 俺は全く嬉しくないんだがな。

「まあ、覚えていないのなら仕方がないよね。それについて説明するけど--その前にこれ、何か分かる?」

 千尋はどこからが1枚の紙を持ってきた。
 そこには俺の名が記されていた。

「俺の--名前?」

「うん。ここには隼人の情報が書かれている。橘隼人、24歳。2年前に実の妹である紅葉が他界。現在殺し屋をしている--」

「それは--」

「お察しの通り、神流朱門からもらった。あなたの経歴、面白いね」

「全然面白くないだろ」

「そんなことないよ」

 千尋はその言葉通り、興味深そうにその紙を眺めている。昨日、俺と出会ってその話を既にしているなら、もう何回も見たはずだというのに。まるで初めてそれを見たかのように、ずっと眺めている。

「それで? その紙がどうしたんだ?」

「うん? ああ、この紙に深い意味はないんだ。ただ、貴方の経歴面白いねって話をしたかっただけ。だから気にしないで」

 なんだそれは。

 俺は心の中で溜息を吐いた。

「ふふ。今、心の中で溜息を吐いたね。本当に可愛いし、面白い人だね」

「ちょ、男に可愛いとか言うもんじゃないよ」

「だめなの?」

「だめだろ」

 まあ、本当のことは知らないが。

「ふーん。まあ、いいや。それで……なんだっけ? 神流朱門に渡した情報だっけ? それはね、この先に起こる抗争で、貴女が命を落とすから、そのことを伝えただけ。あとは--私のことを少し話しただけ。それで情報を渡してもらったよ」

「この先に起こる抗争……? 組織同士がぶつかるということか?」

「まあ、簡単に言うとそういうこと。それであなたは命を落とす。だから、その抗争までに作戦を練っておいたほうがいいよと、神流に言った。ただそれだけさ」

「そ、それだけ……?」

「うん。それだけだよ。他に話したことはない。まあ、私のことについては、あなたに後々話すよ予定でいるから、それはまた後でね。ごめんね。もっと大きな話だと思った? 期待と違う答えでごめんね」

「ちが、そうじゃなくて--」

 言葉が出てこない。

 違う。期待外れだとか、そういう事じゃなくて、俺が言いたいのは--

「……ッ!」

 自分の言いたいことが分からなくなる。
 いや、本当は分かっている。

 けれど、それを理解したくない。
 言葉として出したくない。

 何故なら神流は俺の--