「カタリナ、ちょっと待ってくれ」

 それを見つけた瞬間、俺は前を歩くカタリナに声をかけた。

 壁面から露出していたのは、鋼のように固くて銀のように美しく、決して輝きを失うことがない白銀鋼(ミスリル)鉱だった。

 白銀鋼は武具の生成や、魔道具の生成に重宝されている希少鉱石で、今回受けた採取依頼で納品できるはず。

「運がいいぞ。これでひとつ依頼を完了できる」

 洞窟に入って、まだ30分も経ってない。

 この調子で行けば、余裕で5つの依頼をクリアできるかもしれない。

「じゃあ、わたしが手元を照らしててあげる」

「ああ、頼む」

 カタリナに松明を渡してから、携帯していた小型の採掘用ピックとハンマーを取り出した。

 ピックの先を鉱石の隙間に入れ込んで、ハンマーを叩きつける。

 あまり強く叩きすぎると崩落を誘発させてしまいそうだったので、控え目に。

 しばらく小気味よい金槌音がリズミカルに響いたが、何度叩いても白銀鋼が取れる気配はなかった。

 ちょっと時間がかかり過ぎかもしれないな。

 そう思ったとき、直ぐ側にカタリナの気配がした。

「代わって。わたしがやるわ」

「大丈夫だよ。こういうのは、頭を使ってやるもんなんだ」

「頭が使えてないから取れてないんでしょ」

「……うぐ」

 ド正論にぐうの音も出ない。

「とにかく、そのピックとハンマーを貸して」

「だから、大丈夫だって。ここは俺に任せろ」

「時間の無駄。はやくしないとモンスターが来ちゃうでしょ?」

「すぐ終わるから」

 掘削具を奪おうとするカタリナと、それを阻止しようとする俺。

 やいのやいのと悶着をはじめる俺たちだったが、不意にぴたりと動きが止まった。

 強引に奪おうとしたカタリナと、恋人繋ぎみたいに両手を握り合う格好になってしまったからだ。

「あ」

「う」

 顔を見合わせたまま、赤面する俺たち。

 胸中で「薄暗い場所だから、不可抗力!」と言い訳をしたけれど、胸の高鳴りが止まらない。

 こんなことでドキドキするなんて、俺は子供か! と自分にツッコミを入れてしまったが、カタリナも同レベルだった。

(はわわ……ピュイくんの手、握っちゃった。しかも恋人みたいな繋ぎ方ぁぁああ)

 顔から火が出そうだった。

 心の声とはいえ、実際に言葉にされると恥ずかしさがヤバい。

「ええと。すまん」

「わ、わたしこそ……」

 俺たちは、そっと両手を離す。

 そして居心地が悪い雰囲気を引きずらせながら、採掘具をカタリナに手渡した。

 カタリナは無言でそれを受け取ると、おもむろに掘削作業をはじめる。

 しばし、カンカンと金槌の音が響く。

 心を落ち着けさせるために少し距離を取りたかったけれど、カタリナの手元を松明で照らす必要があったので、そばを離れるわけにはいかなかった。

 周りが静か過ぎるので、カタリナの息づかいが妙に耳を撫でてくる。

 なんだか、凄い気まずい。

 死んでしまいたいくらい気まずい。

「……カタリナって、昔からそんなに強かったのか?」

「っ!?」

 気持ちを紛らわすために他愛もない話を振ってみた。

 瞬間、カタリナが素早い動きでババッと耳を手で押さえる。

「と、とと、突然、何の話よ? (いきなり耳元で囁かないでよっ! わたし、耳が性感帯なんだから!)」

 突然の性感帯暴露に、吹き出しそうになってしまった。

「わ、悪い。ただの昔話だよ」

「……昔話?」

 カタリナは顔を赤らめたまま唇を尖らせ、「こんなときに何よ」と怪訝そうな顔をする。

「いや、なんつーか、子供のときからそんなに強かったのかって思ってさ」

「……」

 カタリナは何も答えないまま、再び作業をはじめた。

 雰囲気的に、これ以上突っ込めなさそうだったので、俺も口を閉ざした。

 これは、聞いちゃまずい話だったか?

 そう思って、心の声を聞いてみたが──

(なんて説明すればいいのかな……)

 どうやら、答えに窮していたいただけらしい。

 俺はカタリナの返答を待ちつつ、松明で彼女の手元を照らしつづける。

 やがて、ボコッと白銀鉱が壁から引き剥がされた。

 カタリナが視線をそらしたまま鉱石を差し出してきたので、礼を言ってありがたく受け取り、ポーチの中にしまった。

「……子供の頃は、何の取り柄もなかったわ。剣術の皆伝認定されたのも最近だし」

 カタリナがぽつりと口を開いた。

 どうやら、先程の昔話の続きらしい。

 俺はすかさず聞き返す。

「皆伝ってことは、誰かに師事していたのか?」

「そうね。お父様の知り合いにいくつも道場を持ってる剣術士の先生がいて、ずっと教わってた」

 お父様って、亡くなった父親のことか。

 やっぱり藪蛇な質問をしてしまったかもしれないと思った俺は、少し話題をそらすことにした。

「なんでそんな苦労してまで剣士になろうと思ったんだ?」

「有名になりたくて」

 ふと、カタリナを見る。

「有名? お前が?」

「そうよ。悪い?」

「い、いや、悪くはないけど」

 睨まれてしまい、慌ててカタリナから掘削具を受け取った。

 悪くはないけど、どうして? というのが正直なところだった。

 普段のカタリナを見ていると、名声に執着しているようには思えない。

 亡き家族のために家を再興するつもりなのだろうか……と思ったが、父親の存命中から剣を鍛えていたなら、そういうことでもなさそうだ。

 どうにも気になった俺は、こっそりカタリナの心の声を盗み聞きする。

(有名になったら、ピュイくんに会えると思ったから)

「……え?」

「な、何よ?」

 カタリナがギョッと目を見張る。

「あ、いや、なんでもない」

 俺はパッと目をそらした。

 危ない。つい心の声に反応してしまった。

 しかし、一体どういう意味だろう。

 有名になることと俺に会うことに、何のつながりがあるんだろうか。

 AAクラスのカタリナに会いたいというならまだしも、一介の底辺冒険者の俺に会ために名を挙げる必要なんてない。

 いや、そもそも、なんで俺なんかに会う必要がある?

 そういえば、とカタリナが俺に「パーティに入れてくれ」と頼み込んできたときのことを思い出した。

 心の中がデレまくっていたので、「前にどこかで会ったか」と尋ねたら、カタリナは「以前に一度だけ」と答えていたっけ。

 これまでに笑うドラゴンをやめたメンバーはいないし、以前に会ったことがあるとすれば、俺が短期間所属したパーティか、臨時で参加したパーティだろう。

 そこで俺と出会ったカタリナは、なにかの理由で俺を探していた。

 でも──何のために?

「なぁ、カタリナ。俺とお前って、前にどこかで会ったことがないか?」

 俺は慎重に言葉を選んでそう尋ねた。

 俺とカタリナが以前にどこかで会っていることは、心の声を聞いてないかぎり知り得ない事実だからだ。

「……ど、どういう意味?」

 カタリナが目を丸くした。

「い、いや、変な話なんだけどさ。なんだか、そんな気がして」

 しばし、俺とカタリナの間に沈黙が流れる。
 
「わたしとピュイくんは──」

 と、カタリナが口を開いたときだった。 

 突然、俺の背後から、何かが飛びかかってきた。

「……っ!?」

 強烈な力で背中から押された俺は、壁面に顔を打ち付けられる。

 壁に激突した右頬と同時に、右肩に激痛が走った。

「うぐ……っ!?」

「ピュイくん!?」

 激しい痛みで一瞬意識が飛びかけてしまったが、咄嗟に手にしていたピックを背中の何かに突き刺した。

 甲高い奇声が上がり、俺の背中から何かが飛び立つ。

 松明の明かりに照らされたのは、醜いコウモリだった。

「くそっ! ヴァンパイア・バットだ……っ!」

 多分、先程仕留めたヤツと同じ群れだろう。

 一体、どこから現れた。

 いや、そんなことよりも、まずは傷を癒やさないと。

「こっ……のおっ!」

 頭の中で回復魔術のイメージを作る前に、カタリナが動いていた。

 壁面に向かって駆け出したカタリナは、壁の突起を使って跳躍し、天井に逃げたヴァンパイア・バットに斬りかかった。

 モンスターも、人間がここまで飛んでくるとは思っていなかったのだろう。

 回避行動を取ることなく、首を切断されたヴァンパイア・バットは、壊れた人形のように地上に落下してきた。

 しかし、襲撃はそれで終わらなかった。

 別の影が天井から襲いかかってきたのだ。

「ピュイくん! 下がって!」

 カタリナの声。

 同時に、暗闇の中から耳をつんざく金切り声が猛烈なスピードで俺に近づいてくる。

 ヤバいと感じた俺は、とっさに手にしていた杖で身を守った。

 刹那、凄まじい衝撃が体を襲う。

「ぐっ!」

 壁に叩きつけられ、またしても意識が飛びかける。

 と、そのときだ。

 俺がもたれかかっている壁がぼろぼろと崩れ始めた。

 頭に浮かんだのは、「崩落」の二文字。

 ガラガラと壁が崩れ落ち、巨大な穴がぽっかりと姿をあらわす。

 体を支える壁がなくなった俺は、吸い込まれるように壁の穴に──

「ピュイくん!」

 ──間一髪、穴への落下は免れた。

 駆け寄ってきたカタリナが俺の腕を掴んで、引き寄せてくれたからだ。

 だが、こちらに全速力で走ってきたカタリナは、俺を引き寄せた瞬間、大きくバランスを崩してしまった。

 そして、まるで俺と入れ替わるように、ポッカリと開いた穴へと身を投じてしまう。

 松明の明かりに照らされたカタリナと、目が合った。 

「カ、カタリナっ!!」

 俺の悲鳴を引き連れて、カタリナは暗闇の中へと消えていった。