ヴィセミルはブリザリア王国にある街のひとつだが、ブリザリア王がこの地を平定する以前は、「エヴァンキ」という王がここ一帯を支配していた。

 その金遣いの荒さから「散財王」と呼ばれていたエヴァンキが、権威の象徴として建てたのが「モンティーヌ城」だ。

 散財王が住んでいた居城だけあって、純白の外観は真珠のように光沢を放ち、きらびやかな室内装飾の中でも特に王の寝室は豪華で、壁一面が金箔で塗り固められているという。

 そんなモンティーヌ城は、今は観光名所のひとつとして一般公開されていて、大切なヴィセミルの税収のひとつになっているらしい。

「……それで、そのモンティーヌ城にモンスターが現れたってわけか」

 リルーのパーティメンバーと合流してからヴィセミルを出発して、1時間ほど──

 モンティーヌ城を目指す道中でリルーから依頼の詳細を聞いた俺は、そう締めくくった。

「そゆこと。だから領主さまも早く解決したいんでしょうね」

 リルーがつまらなさそうに言う。

 彼女はギルドで声をかけられたときと同じく超軽装だったが、腰には2本の斧を下げていた。

 海賊時代から愛用しているというハンドアックスだ。

 接近戦でも使えるし、投擲武器としても使える便利なものだが、扱いには相応の技術がいるらしい。

 そんなリルーに尋ねる。

「というか、モンティーヌ城って、ひとつで金貨10枚くらいする彫像とか置いてるんじゃなかったっけ? そんなところでモンスターとやりあって大丈夫なのか?」

「知らないけど大丈夫でしょ。ぶっ壊してもギルドが怒られるだけだし」

「……メチャクチャ他人行儀だけど、損害賠償請求されても払わないからな」

 渋々依頼を手伝ってるのにマイナス収支になるとかどんな罰ゲームなんだ。 

 後日カタリナから「浮気した罰金ね」とか言われそうだし。

「……」

 殺気を感じて、ふと前を歩くカタリナを見た。

 彼女はこちらには目もくれず、リルーの仲間たちの後ろを歩いているが、その背中からはただならぬ殺気がにじみ出ていた。

 あれは「別に気にしてないから」と装ってはいるけれど、確実にこちらの一挙手一投足を把握している。

 これは、不満が爆発する前にちょっと声をかけたほうがいいかもしれない。

「お、おい、大丈夫か?」

「……何が?」

 ジロリと俺を睨むカタリナ。

 はい、怖いです。

「いや、なんていうか……連続で依頼に出てるからさ。体力とか大丈夫なのかなって」

「平気よ。よくわからないけど、体の奥底から力がみなぎってくるのがわかるもの。あと10回くらいは依頼に行けそうよ」

 カタリナがプイッと前を向き直す。

 確かに、ガーランドたちと依頼に出たときよりも気力にあふれている気がする。

 多分、リルーへの怒りがもたらすバフ効果でしょうね。

 魔術師の強化魔術より効果が高い気がするな〜、それ。

「ちょっとぉ、ピュイ」

 リルーが猫なで声で近づいてきた。

「カタリナだけじゃなくて、あたしのカラダも気遣ってくれない?」

「……」

 無言でじっとりと睨んでやった。

 こいつはまたトラブルの種を作ろうとしやがって。

「あはは、そんな怒んないでよ」

 リルーがそっと顔を近づけて耳打ちしてくる。

「家に帰ったら旦那にアレをいっぱい使ってもらうつもりだからさ?」

「……っ!? 一体何の話だよ!?」

「え? もちろん気遣いの話だけど?」
 
 ニヤケ顔で首をかしげるリルー。

「何よ、顔を真っ赤にして。……あれ? もしかして違うコト想像しちゃった?」

「う、うるせぇよバカ! そんなに使ってほしけりゃ、俺じゃなくてお前のパーティの仲間にやってもらえ!」

「え〜? ムリムリ。あいつら、戦闘に関してはすっごく頼れるんだけど、そういうことには疎い連中だからさ」

 リルーが呆れた顔で前を歩くふたりの男を見る。

 ヴィセミルを出発するときに紹介されたが、やはりふたりともリルーの海賊時代の仲間らしい。もしかして同じ船に乗っていた海賊だったんだろうか。

 しかし、疎い連中って酷い言われようだな。

 なんだか俺と同じ苦労をしてそうだ。

 勝手にひとりでリルーの仲間に親近感をいだきつつ、俺は余計なトラブルを避けるためにエロ絡みしてくるリルーと十分離れてから足を進めることにした。

 整備された街道から険しい山道に入り、さらに1時間ほどが経ったとき──俺たちはようやく目的地のモンティーヌ城に到着した。

「……うほぉ」

 城を見た瞬間、思わずため息のような声が漏れてしまった。

 モンティーヌ城に来たのは初めてだが、観光名所として保存しようと考えた領主ルイデの気持ちがよく分かった。

 大理石で出来ているのかと思うくらいに外壁は真っ白で、周囲の田園風景と相まって、まるでおとぎ話の中の世界に足を踏み入れた気分だ。

 これはすごい。

「とりあえず、中に入るわよ」

 美しい外観になんて興味がないと言いたげに、リルーは城の中に入っていく。

 そういうサバサバとしたところ、昔から変わってないな。

 俺たちが来ることを想定してか、それともモンスターが現れたせいで関係者が慌てて逃げたからか、モンティーヌ城の扉は解放されていた。

「……すご」

 ホールに入って再びため息。

 豪華とは聞いていたが、内装もハンパではなかった。

 吹き抜けの天井に、大理石の柱。

 ブロンズ製のシャンデリアに、きらびやかな装飾が施された壁。

 これは城というより、宮殿といったほうがいいかもしれない。

「こんなところに、本当にモンスターがいるのか?」

「……て、話だけど?」

 しんと静まり返った大広間に、俺とリルーの声が響く。

 周囲を見渡したが、モンスターらしき姿はない。

 一通り周囲警戒を済ませたリルーの仲間のひとりが声をかけてきた。

「とりあえず、城内を周ってみましょうか。姉御はピュイさんたちをお願いするっス」

「りょ〜」

 姉御というのは海賊時代からの呼び名だろうか。

 リルーの仲間が先頭に立ち、俺たちは慎重に城内の索敵をはじめた。

 玄関広間を抜けて、客間(サロン)に入る。

 まず目に飛び込んできたのが、演劇か何かのシーンを再現した壁面の絵画だ。白馬にまたがった騎士が、女性を抱えて男と戦っている様子が描かれている。

 玄関広間に負けずとも劣らない豪華なシャンデリアがあって、大きな窓からは眩しいほどの日差しが差し込んでいる。

 実に綺麗な部屋だが──モンスターの姿はない。

 と、思ったときだ。

 突然、客間に甲高い物音が響いた。

「きゃっ!」

 悲鳴を上げたリルーが俺の腕にしがみついてきた。

 何だと思って音のほうを見たら、大きな燭台が倒れていた。

「す、すみません。俺の剣が当たってしまったっス……」

 どうやらリルーの仲間が倒してしまったらしい。

 それを見て、リルーがパッと俺の腕から離れた。

「あはは、ごめんごめん。ちょっとビックリしちゃってさ」

「……ったく、乙女かよ」

 余裕の表情で答える俺だったが、心臓はバクバクだった。

 お、お前、いきなり抱きついてくるんじゃねぇよ。

 またカタリナに変な疑いをかけられるだろうが。

 音の方に気を取られただろうから、こっちには気づいてないよな……と、思ってカタリナを見た。

 彼女は養豚場の豚でもみるような冷めた目で俺たちを見ていた。

(ふぅん……あ、そう。そんなことをしてピュイくんの好感度あげようとしちゃうんだ? へぇ?)

 彼女の心の中はジェラシーに燃えていた。

(いいわ。望むところよ。わたしだって……やるときはやる女なんだから!)

 おい、やめろ。

 やるときにやらなくていい。

 そんなことで対抗してたらモンスター討伐どころじゃなくなるから!

「姉御」

 リルーの仲間の声がした。

「気をつけてください。スケルトンっス」

 リルーの仲間が剣を構えた。 

 その視線の先にいたのは、ぼろぼろの剣を持った骸骨。

 アンデッドモンスターのスケルトンだ。

「ここは俺たちに任せて、カタリナさんたちは下がってくださいっス」

「……わかったわ(今がチャンスなのね)」

 チャンス? 

 一体なんのことだと首を傾げた瞬間、カタリナが俺に向かってダイブしてきた。

「ここは危険よ! 下がってピュイくん!(と言いながら、ピュイくんに抱きついちゃう! えいっ!)」

「グエゥっ!?」

 突然カタリナから致死級の羽交い締めを食らった俺は、死んだカエルのような声をあげてしまった。

 体の中からミシミシと嫌な音が聞こえ、一瞬、意識が飛びかける。

 カタリナが恥ずかしそうに上目遣いで俺を見る。

(……どうかな? 好感度、上がった?)

 むしろ落ちたわボケ!

「あっ! 気をつけてピュイくん! 後ろからまたスケルトンが来てるっ!」

 カタリナが俺の後ろを指差して叫んだ。

 羽交い締めを食らっているので振り向けないが、背後からカタカタとスケルトンの音が聞こえてくる。

「早くこっちに来てピュイくん! スケルトンから距離を取るのよ!(よ、よし、勇気を出して、もう一回好感度上げ、いくわよっ)」

 再びカタリナが凄まじい力で俺の体を引き寄せ、抱きしめてくる。

 しびれるような激痛が脳天を貫いた。

「……」

 悲鳴すら上げられなかった。

 もうやめてくれカタリナ。

 これ以上やられたら、マジで死んでしまう。

 殺すなら俺じゃなくて、スケルトンにしてくれ。

 しかし、そんなことをしている間にも次々と客間にスケルトンが集まってくる。

 このままでは、カタリナに……いや、スケルトンに殺られてしまう。

 薄らぐ意識の中で、色々な意味で危機感を募らせたとき。

「きゃあ! 危ないっ!」

 カタリナが悲鳴をあげながら、近づいてきたスケルトンに鋭い後ろ蹴りを見舞った。

 胸部に凄まじい蹴りを食らったスケルトンは上半身が粉々になり、バラバラとその場に崩れ落ちる。

 その光景を唖然とした表情で見つめる俺。

 うん、しっかりと対策を講じてくれていたことには安心したけど……カタリナさん、あなたって蹴りだけでスケルトンを討伐できるのね。

 なんていうか、お前のほうがコワイわ。

(へぇ〜、意外とやるじゃない)

 ふと見たリルーが、心の中でそんなことをささやいていた。

(これは、あたしも負けてられないわね)

 カタリナの強さを見て、リルーのプライドに火が付いたか? 

 ──と思ったが、状況は俺が想像しているのとは真逆の方向へと進む。

「ちょっと、なんとかしてよぉ、ピュイぃ!」

 あろうことか、リルーが戦闘を放棄して俺の右腕にしがみついてきたのだ。

 彼女はその豊満なおっぱいをムニムニと俺の腕に押し付けながら続ける。

「ほら、あっちからまた別のスケルトンが来てるぅ! 助けてよぉ!」

「……」

 カタリナが暗殺者のような目でリルーを睨みつけた。

(こ、この下賤女っ! なんのためらいもなくピュイくんの気を引くためにカラダを使いやがったわねっ! いいわよ! そっちがそう出るなら、こっちだって!)

 今度はカタリナが俺の左腕にがっしりと抱きついてきた。

「コ、コワイよ、ピュイくん! タスケテっ!」

 そういうことに慣れていないのか、ぎこちなく助けを求めてくるカタリナ。

 彼女も頑張って胸を押し付けようとしてくるが、硬い胸当てがゴツゴツ当たって痛いだけだった。

「ちょっとカタリナ! あんた助っ人でしょ!? さっさとスケルトンを倒しに行きなよ!」

「リルーこそ仲間が必死に戦ってるじゃない! ピュイくんはわたしに任せて早く援護に行きなさい!」

 ふたりの美女がやいのやいのと罵倒を飛ばしながら俺の腕を引っ張る。

 両手に花とは、まさにこのことだ。

 かたや誰しもが羨望の眼差しを向ける、お姫様のように可憐で清楚な美女。

 かたや全ての男は彼女の前では童貞になると言っても過言ではない、グラマラスで妖艶な美女。

 そんなふたりに抱きつかれるなんて、貴族連中でも経験したことがないはず。

 うん、控えめに言って俺って幸せ者────じゃねぇ!

 ちょっとまて、何だこの状況は!?

 前衛がふたりして俺に助けを求めてくるって、どゆこと!?

 俺、魔術師だよ!?

 それも、運動音痴で貧弱な回復魔術師だよ!?


 助けてほしいのは……俺のほうなんですけどっ!