「困ったわ」

 冒険者ギルド「誇り高き麦畑」の一角にあるテーブルに座っているカタリナが、ぽつりと囁いた。

 何かの聞き間違いかと思った。

 カタリナの表情が、あまり困っているように見えなかったからだ。

 一緒のテーブルで、依頼を見に行ったガーランドとモニカを待っているサティも同じことを思ったのか、不思議そうにカタリナを見ている。

「どうすれば良いのかしら」

 再びカタリナがつぶやく。

 どうやら聞き間違いではなかったようだ。

 でも、一体なんの話なんだ?

「……何が?」

「見ての通りよ」

 俺が尋ねると、カタリナは「わかるでしょ?」と言いたげに手を広げて見せた。

「見てわからんから聞いてるんだが」

「あなたの目は節穴なのかしら」

「……」

 イラッ。

 こいつ、昨日の「歩きキノコ」の件で少しは素直になったかと思いきや、全く変わってねぇな。

 読心スキルを使えば何のことを言ってるのか一発でわかるが、ここは自力で当ててギャフンと言わせてやりたい。

 俺はしばらくカタリナを観察する。

 うん、相変わらずお姫様はかくや……と言った容姿だ。

 まぁ、なんていうか、普通に可愛い。

 だが、何が変わったのか全くわからん。ここは当てずっぽうで聞いてみるか。

「……髪型、変わった?」

「えっ」

 目をぱちくりと瞬かせるカタリナ。

(た、たしかに昨日の夜、枝毛が気になって毛先を2センチくらい切ったけど……やっぱりピュイくんにはわかっちゃうの!? わたしをいつも見てくれているから!? 嬉しいっ!)

 うん、なるほど。本人から切ったと言われてもわからん。

 しかし、髪の毛は悩みの種とは違うらしい。

 となると、何だ?

 しばらく首をかしげていると、カタリナが強調するように胸を張ってきた。

 な、なんだこいつ。突然何を主張してきてんだ。確かにお前の胸は豊満な部類に入るけどさ。

「……あ」

 と、俺はようやくそのことに気づく。

「もしかして、胸当ての傷か?」

 カタリナの胸当てに深々と亀裂が入っている。

 そう言えば昨日の歩きキノコ討伐依頼で、ポンコツになったカタリナが不意打ちを食らってたっけ。

「そうよ。昨日の炭鉱でわたしの胸当てが──」

「炭鉱?」

 と、サティが割り込んできた。

「カタリナさん、昨日、炭鉱に行ったんですか?」

「……あ」

 まずい。オフの日に依頼を受けていたなんて言ったら、軽く問題になりそうだ。

 俺は慌てて頭を振る。

「あ、いやいや、別に行ってない……よな? よな?」

「え? ええ。もちろんよ。これはちょっと……そう、転んじゃったのよ」

「ほ、本当ですか!? 胸当てにヒビが入るって、すごい勢いで転んじゃったんですね。痛そうです……」

「そ、そうなのよ。ほんと困っちゃって。ねぇ、ピュイくん?」

 ちらりと俺を見るカタリナ。

 昨日、いろんな意味で困っちゃったのは、俺のほうだけどな!

「でも、そこまで亀裂が入っているのなら、修繕するのは難しそうですね」

「そうなの?」

「鎧に大きな亀裂が入ると、修繕しても耐久度は元々の半分程度しか戻らないと聞きますけど……どうなんですかね?」

 サティが俺に視線を投げかけてくる。

「まぁ、一般的にはサティの言ってる通りだけど、ヴィセミルの職人に頼めば意外と元通りになるかもしれないぜ? なにせこの街には腕利き職人が多いからな」

 王国の貿易の要とも言えるヴィセミルには、国中から多くの商人や職人が集まっている。

 故に、他の街では不可能なことも、ヴィセミルではできることが多い。

 剣、鎧の修繕にはじまり、魔法衣の修繕や魔法具の修繕などなど。

 そのために、わざわざ遠くからヴィセミルを訪れる人間がいるくらいだ。

「へぇ、そうなのね。じゃあ、明日にでもそういうお店に行ってみようかしら」

「……」

 そういうお店ってなんだよ。

 口調がふわっとした表現だからか、なんだか不安になってしまった。

 そもそも、悩む前に店に行けばいいのに「どうすれば」なんて言ってたし、まさか、どこに頼めばいいのかわからない……とかないよな?

「ちなみにだけど、鎧を修繕してくれる店はわかるよな?」

「何よ、その失礼な質問。分かってるに決まってるでしょ。バカにしないで」

「じゃあ、言ってみろよ」

 カタリナはしばし考えて、言いにくそうに答えた。

「ふ……服飾店」

 大間違いである。

「そ、装具店ですよ、カタリナさんっ……」

「……っ!?」

 俺が言う前に、サティがぼそっと訂正してくれた。

「し、知ってたわよ! 服飾店って言ったのは、ええと、鎧の下に着るチュニックも買ったほうが良いと思ったからで……その……(だって、剣のメンテナンスはよくやってるけど、鎧はやったことがないんだもんっ!)」

 うん、そんなことだとは思ってた。

 パーティで依頼を受けているときはガーランドがモンスターの攻撃を引き受けてくれるし、カタリナも身のこなしで攻撃を避けるタイプだからな。

 保全修理すら必要なさそうだし、知らなくて当然といえば当然か。

 サティが慌ててフォローを入れる。

「あ、あの、もし、あまり詳しくないのでしたら、他の誰かと一緒に行ったほうが良いかもしれません」

「サティは詳しかったりするの?」

「え? わたしですか? す、すみません、わたしはカタリナさんみたいに鎧を着ないので、装具店にはあまり詳しくなくて……」

 サティは戦況によって攻撃する相手を決める「遊撃手」なので、迅速な行動ができるように重い鎧は着ていない。

 着るとしても比較的軽いレザーアーマー程度だ。

 ちなみにサティが木の上に登って周囲警戒をしたり、偵察をしたりするのが得意なのは、元々は極東の国で「シノビ」とかいう密偵をやっていたからだ。

 体重が軽い事もあってか、身体能力はカタリナより高いと思う。

 ……と、そんな話よりもだ。

「じゃあ、俺が一緒に行ってやるよ」

 仕方なく、そう切り出した。

 カタリナがギョッと身をすくめる。

「ピ、ピュイくんと?」

「なんだよ。俺じゃ不安か?」

「そ、そういうわけじゃ、ないけど……(またふたりっきりのデートなんて、心臓が破裂しちゃいそうだもん……)」

 ああ、そっち方面の問題ね。

 確かに、またペアでの行動になるな。

「ピュイさんなら街の職人に詳しいので、安心だと思いますよ」

 サティが、「ですよね?」と投げかけてきたので、こくりと頷いた。

 17歳から数えて8年もこの街で冒険者やってるから、職人に顔見知りは多い。

「少し前にわたしの服の修繕でお付き合いをして頂いたんですけど、服飾職人の方がピュイさんとお知り合いだったみたいで、修繕費を半額にしていただけたんですよ」

「半額? それはすごいわね」

「修繕費はパーティ持ちだと言っても、全員で折半していることに変わりはないので、割り引いてもらえるのはありがたい話ですよね」

「ま、まぁな」

 割り引いてもらったのは事実なのだが、顔見知りだから安くしてもらったというわけではない。

 サティと行った服飾店をやってるのはマナンって男だが、以前、金熊亭で賭けポーカーをしたときにボロ勝ちしたツケがあるのだ。

 そのツケの一部を修繕費に当ててもらったというわけだ。

 念の為に言っておくと、読心スキルを使って金を巻き上げたというわけではない。ヤツに勝ったのは、俺の実力だ。

(どうせ何か弱みを握ってるんでしょうけど)

 辛辣な目で俺を見るカタリナ。

 はい、ご明察通りです。洞察眼が実に鋭いですね。

 でも、安心してくださいよカタリナさん。装具店の鎧職人にもポーカーのツケがありますので。

「ヴィセミルの装具店といえば、東地区にあるお店でしょうか?」

 サティが尋ねてくる。

「そうだな。『リーファ装具店』ってとこだ。俺が知る限りリーファが街一番の鎧職人だ。あいつも知り合いだから安くしてくれると思うよ」

「……別にあなたと行く必要はないけれど、安くしてもらえるなら仕方がないわね」

 こほん、と小さく咳払いをしてカタリナが続ける。

「じゃあ、ピュイくんにお願いしようかしら(はぁ……またピュイくんとデートなんてドキドキしちゃうけど嬉しすぎる……夢みたいだわ)」

 辛辣なオーラを放ちながらも、口元をかすかに緩ませるカタリナ。

 なんだか嫌な予感が拭えないけど、まぁ、危険なことはないし昨日みたいな事態は起きないだろう。
 
 ……多分。


 そうして俺たちは、明日の依頼はガーランドたちに任せて、再びデート……じゃない、ペア行動をすることになったのだった。