「からかってなんかいません。本当に二年後から来たんです。お願いです。信じてください」
「その話を私に信じてもらって、どうしたいわけ? 目的はなに?」
こちらを見据える目がつり上がり、その眼光の鋭さにたじろぎそうになった。取り調べ室で尋問を受けている気分だ。
本当にこの人が僕の彼女だったのか?
こういう気が強いタイプの女子は苦手なのに、どうして好きになったんだろう。そもそもこんな誰もが振り返るような美人と、人生で一度も告白すらされたことがない僕なんかが、本当に付き合っていたのか?
「黙ってないで、私の質問に答えて」
秋月美涼は腕を組んだまま詰め寄ってきた。
ものすごい剣幕に、僕はあたふたと答えた。
「僕たち、付き合ってたらしいんです。でも僕、記憶喪失になって、秋月さんとの記憶を全部失ってしまって」
「付き合ってた? 記憶喪失?」
記憶を失ったのは、あなたを亡くしたショックが原因です。
正直に伝えようとしたとき、急に胸が苦しくなり、その言葉は声に変換できなかった。僕は肩を大きく上下させて深呼吸した。
「僕、事故に遭って、秋月さんとの記憶だけ全部なくしちゃうんです。そのとき秋月さんは遠くに引っ越してしまっていたようで、事故のあとから連絡が取れなくなって、一度も会わないままお別れする形になりました」
本当のことを伝えられなくて、とっさに話を作った。
「結局、記憶は戻らないまま卒業式を迎えました。秋月さんとなにかすごく大切な約束をしていた気がして、それがなんなのか思い出そうとしたとき、突然、二年の始業式の日に戻ってきていました。たぶん今日が、秋月さんと初めて話した日なんじゃないかと思うんです」
そこまで言うのに、肺の中の空気を全部使いきってしまった気分だった。
秋月美涼は呆れたように額に手を置いた。
「騎馬くんの必死さは伝わってくるけど、私にその話を信じろっていうのは、さすがに無理があるよね」
「でも僕、新しいクラスと席、当てましたよね?」
「それは仲のいい先生にこっそり教えてもらったか、二年生の座席表をどこかで見たんでしょ」
「違います。僕、本当に未来から来たから、知ってたんです」
「はぁ」
彼女はうんざりしたようにため息を吐いた。
「仮に騎馬くんの話が本当だったとして、私との記憶がないって言ったよね?」
「はい、言いました」
「つまり恋愛感情もない。そんな相手に、付き合っていたことを信じてもらって、どうしたいの?」
「それは……」
目の前のこの人を綺麗だとは思う。だけどそれだけのことで、実際のところ自分の恋愛感情と連動しているわけではない。
「確かに今の僕は、秋月さんに対して恋愛感情はありません。でも……」
僕はブレザーの裾を握った。
「過去の僕は、あなたのことが、心の底から好きだったと思うんです」
それこそ、あなたを失ったことで、すべての記憶をなくしてしまうほどに。
胸が詰まってそれ以上続けられなくなり、唇を噛んで下を向いた。沈黙が落ち、壁掛け時計の秒針の音がふたりを包み込む。