呆然としているうちに、全員分のクラス発表が終わり、チャイムが鳴った。生徒たちはぱらぱらと席を立ち、新しい教室に向かい始める。

 秋月美涼は二年三組にいるのか。

 一刻も早く確かめたくて、ほとんど駆け足で教室を出た。他のクラスの生徒たちもすでに移動を始めているようで、廊下は人であふれ返っている。

 人混みを縫うようにして階段を駆け上り、二年三組の前までやってきた。

 開け放った教室の扉の先に、秋月美涼は、いた。

 窓際の一番前の席。手帳のようなものに目を落としていて、窓から射し込む朝陽が、その整った横顔を白く照らしている。

 彼女の隣には、まだ誰も座っていない。もしあの空席が僕の席だったら……。

 走ったせいか、過度の緊張のせいか、心臓がバクバク鳴り出した。

 大きく深呼吸してから、思いきって中に足を踏み込み、正面黒板に貼り出されている座席表を確かめに行った。

【秋月美涼】
【騎馬祐一】

 自分の名前が秋月美涼と横に並んでいるのを見て、息を呑んだ。

 やっぱり過去に戻ってきている。

 秋月美涼が、死ぬ前に。

 確信を得て振り返ると、黒目がちの目を丸くしてこちらを見ていた秋月美涼と、視線が重なった。僕がピンポイントでクラスと席順を当てたことに驚いている様子だ。

 あと十五分で始業式が始まるから、みんなそろそろ体育館に移動し始めるだろう。その前に教室から彼女をつれ出して、もう一度しっかりこの状況を伝えなければ。

 教壇を降り、緊張で震える足を進めて秋月美涼の前に立った。

「少し外で話せますか?」

 秋月美涼はうなずく代わりに目を伏せると、手元の手帳を腕に抱えて席を立った。

 桁外れの美人に声をかけたものだから、周囲の目がいっせいに僕に注がれた。その視線をかいくぐるようにして、彼女をつれて教室を出る。

 人目につかず話せる場所だったら、写真部の部室が一番いいと思った。

 部室は校舎の外にあり、いちいち靴を履き替えていたら遠回りになってしまう。

 僕は上靴のまま中庭を突っきって、一気に別の棟の裏手まで走った。秋月美涼は僕のあとを無言でついてくる。

 校舎を回り込むと、簡素な造りの二階建ての建物が見えた。部室専用の建物で、通称『部室棟』と呼ばれている。写真部は一階の一番端の部屋だ。

 あたりに人の気配がないのを確認してから、ズボンのポケットに手を入れた。

「あれ?」

 ポケットの中に、部室の鍵が入っていない。

 あっ、そうだ。僕は一年生のときはサッカー部に所属していて、写真部に転部したのは二年生の四月中旬になってからだった。だから今の時点では、まだ鍵を持っていないんだ。

「部室の鍵が見当たらないんですけど、秋月さんは持ってたりしますか?」
「私は持ってるけど、騎馬くんは写真部じゃないんだから、持ってなくて当然だよね?」
「それはそうなんですけど、そうじゃないというか……」

 うまく説明できず、もごもごしてしまった。

 秋月美涼は怪訝な顔をしながらも、ブレザーのポケットから鍵を取り出して、ドアの鍵を開けた。

「とりあえず中に入って」
「はい」

 扉の先には、見慣れた無人の空間が広がっていた。部員用のロッカーの数は多いが、廃部を免れるために協力してもらっている幽霊部員しかいないから、常にがらんとしてる。

 写真部は、秋月美涼自身が一年生のときに設立したもので、本人が部長を務めていたと聞いている。特に興味のない写真部に転部することになった経緯も動機も、この場所で秋月美涼と交わした会話も思い出せないけど、僕は間違いなく彼女とともに活動していたはずだ。

 ドアを閉めると、外の音が遮断され、途端に静かになった。

「で、これはどういうことなの?」

 秋月美涼は奥のロッカーに寄り掛かり、腕を組んだ。

「この学校では原則、生徒が先に自分のクラスを知ることはできないはずだけど。騎馬くん、私たちのクラスだけじゃなくて、席順まで当てたよね」
「さっきも言った通り、僕、二年後の卒業式の日から、今日に戻ってきてるみたいで」
「これ以上、からかうのやめてくれる? 私のことバカにしてるの?」

 尖った声が室内に響いた。僕がふざけていると勘違いしているようで、彼女の苛立ちが伝わってくる。