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 霧が晴れるように白い光がすうっと薄れ、目の前に駅前広場が現れた。

「はっ? なんでいきなり移動してるんだ?」

 おろおろする僕の真後ろで、ガチャン、と大きな音がして振り返った。スーツ姿の女性が、駅前の駐輪場に停めてある十数台の自転車を、ドミノのように倒してしまっている。

 女の人は倒してしまった自転車と、自分の腕時計を見比べたあと、申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、駅に向かって走り出した。

 前にも、まったく同じ光景を見たことがある。記憶の倉庫に保管してある古い映像を再生したような感覚だった。

 唐突な出来事に戸惑いながら、駐輪場に近づいた。

 すっ、と薄いピンク色の花びらが視界を過り、強烈な違和感を覚えて視線を持ち上げた。満開に咲いた桜の木が、青く晴れ渡った空を背景に花弁を散らしている。

 今朝ここを通ったときには、桜の蕾はまだ固くて、当分咲く様子はなかった。

 一瞬にして部室から駅前に移動したり、いきなり桜が咲くなんて、なにがどうなってるんだ?

 ズボンのポケットに両手を突っ込んで掻き回した。

 出てきたのは、いつも持ち歩いているスマホではなく、なぜか高校二年生のときに使っていた古いほうの機種だった。ディスプレイには四月七日と表示されている。

 四月七日? 今日は三月二日のはず。

 スマホのカレンダーを確認した。

 おかしい。〝今日〟が、二年前の西暦の四月七日……高校二年生の始業式になっている。

 まさか時間を遡(さかのぼ)ってる? 

 そんなバカな。

 部室で寝落ちして、過去の夢でも見ているのか? 

 でも夢にしてはリアルすぎないか?

 当惑して、額に手を当ててうつむいた。頭上からほろほろとこぼれ落ちてくる桜の花びらが、新品の白いスニーカーを彩る。

 確か過去の僕は、あの女の人が倒した自転車を直しに行った。起こしている途中で、向かいのコンビニから出てきた男性が、自転車を倒したのが僕だと勘違いして、怒鳴り散らしてきて……。

「おい、お前!」

 いきなり飛んできた罵声に驚き、顔を上げた。コンビニのほうから、いかつい風貌(ふうぼう)をした中年男性が肩(かた)をいからせながら、一直線にこちらに向かってくる。

「なにしてくれたんだ! これじゃあ、俺の自転車が出せないだろ!」

 記憶と、目の前の出来事が、完全に一致した。

 この展開、過去とまるっきり同じだ。

 うろたえて動けずにいる僕に、男性はいちだんと声を荒らげた。

「早く起こせ! 俺は急いでんだ!」
「すっ、すみません」

 殴り飛ばしてきそうな勢いに、慌てて倒れた自転車を起こした。

 夢の中にしては五感がリアルすぎる。男性の声はキンキン鼓膜に響くし、自転車をつかむ手の感触は本物で、夢とは思えない。

 まさか本当に過去に戻ってきているのか?

 混乱する頭の中で、このあとなにが起きるのかを思い出そうとした。なぜか男性に怒られたところで記憶が途絶えてしまっていて、そのあとのことはモヤがかかったようになっている。

「私も手伝います」

 ふいに、風鈴を鳴らしたような、高く澄んだ声が鼓膜を震わせた。

 後ろを振り返った。

 瞬間、衝(しょう)撃(げき)が全身を駆け抜けた。

 綺麗なパーツだけ集めてできたような顔に、透き通るように白い肌。さらさらとした黒い髪は両脇に垂れ、華奢な肩を包み込んでいる。

 信じられないことに、目の前にいるのは、写真の中で見た女の子。


 ──秋月美涼だった。