「話を聞くだけでいいんだね?」
「はい」
「その代わり聞いたら、その話は今日でおしまいにして、二度としないって約束してくれる?」

 過去を変えられる保証はないけど、可能性はある。

 ならば、とにかく話を聞いてもらうことが先決だ。

「わかりました。約束します」
「じゃあその話を聞くだけ聞くよ。どうぞ座って」

 勧められた向かいのイスに腰を下ろし、膝の上で両手を固く握り合わせた。

「僕が二年後の未来から過去に戻ってきている話なんですけど……」

 昨日のように感情的に言葉を並べ立てるのではなく、できる限り落ち着いた口調で、順を追ってひとつずつ話し始めた。

 卒業式の日から戻ってきていること。

 僕たちが同じクラスで、同じ写真部にいたこと。

 二年生の夏休みから付き合っていたこと。

 これらはすべて人から聞いた情報であり、付き合い始めた経緯とか、交わした会話とか、どこに行ったとか、なにをしたとか、僕自身はまったく覚えていないこと。

〝くだらない空想話〟が長くてイライラし始めたのか、すずの表情がどんどん険しくなっていく。こちら見つめる射抜くような視線にひるみそうになりながらも、僕は口を動かし続けた。

「それで一月一日に……」

 喉の奥がぐっ、と狭くなって、続けられなくなった。

「一月一日に?」

 それまで黙っていたすずが、しびれを切らしたように先をうながしてきた。

 記憶はなくしても、すずを失ったときの痛みを心が覚えているのか、彼女が死んだことを口にしようとすると、決まって心臓が押し潰されたように息苦しくなる。

 僕はなんとかして、喉の奥に引っかかっている言葉を取り出した。

「一月一日に、すずは白藤岬から海に落ちて、命を落としました」
「……っ」

 勝ち気な瞳がわずかに揺れた。

 それを隠そうとするかのように、すずは口の端に皮肉な笑みを浮かべた。

「なに? 死の予言とか、騎馬くんは死(しに)神(がみ)かなにかなの?」
「死神なんかじゃありません! 僕はすずを助けたくて!」

 必死なあまり、バンッ、と音を立てて机に手をついた。すずの肩がびくっと小さく震える。

「すっ、すみません、急に大きな声を出して……」

 静かに手を引っ込め、膝の上に戻した。

「死ぬ未来をあらかじめわかっているなら、そうなる運命を回避できる……つまり過去を変えられるのではないかと思ってるんです」

 すずはまばたきを忘れたように僕を見た。

 僕もすずの瞳を見つめ返した。

 真上の部室で誰かが物でも落としたのか、ドンッ、と天井から響いた音が、沈黙を破った。

「それが、騎馬くんが私に聞いてほしかった話?」
「そうです」

 長いまつげが、ゆっくりとひとつ、まばたきをした。

「わかった」

 先の言葉を待ったが、すずはそれがすべてだとばかりに席を立った。

「もうすぐ授業が始まるから、教室に戻りましょう」

 うながされるまま、僕もイスから立ち上がった。

 今の話を少しでも信じてくれたのかわからないけど、たとえ信じてもらえなかったとしても、死ぬことを予言された場所に、あえて近づくことはしないだろう。

 大丈夫。これですずは死なないはずだ。