どうしても思い出せない。
この人が誰なのかを。
部室の机に置いた一枚の写真を眺めながら、僕は深いため息をこぼした。
写真に写る、凛(りん)とした顔立ちの女の子は、秋月(あきづき)美涼(みすず)。
高校二年生で同じクラスになり、彼女が立ち上げたという写真部に入って、僕たちは付き合い始めたらしい。〝らしい〟という言いかたをしたのは、僕がそのことを覚えていないからだ。
一年前の一月一日、午前七時頃。初日の出を見に、白(しら)藤(ふじ)岬(みさき)のはずれに来ていた僕と彼女は、岬の崖から海へ転落した。
助かったのは、僕だけだった。
その残酷な現実を心が受け入れられなかったのか、事故の日を境に、僕の中から彼女にまつわる記憶だけが、すべて消えてしまった。
思い出すのが怖くて、秋月美涼に関わるものには、なるべく触れないようにしてきた。海に落ちたときになくしたスマホのデータは復元しなかったし、部室に保管されている写真アルバムも開かないようにしてきた。
忘れたままでいたい一方で、ひとつだけ、ずっと胸に引っかかっていることがあった。それは、卒業式の今日、この部室で、秋月美涼となにかすごく大切な約束を交わしていたのではないか、ということだった。
僕はあなたと、なにを約束したのでしょうか?
写真の中の彼女に問いかけた。
当然、答えなんて返ってこない。
そう思ったときだった。
脳裏に、一本の鍵が浮かんだ。
なんだ、これ……。
目を閉じ、まぶたの奥に力を入れ、そのおぼろげなイメージに焦点を絞った。
次の瞬間、鍵から白い光が弾けた。視界いっぱいに広がっていく大きな光の渦に、たちまち全身が呑み込まれていく。