せめて温かい飲み物でも飲めないかと周囲を見回していると、突然聞き慣れない声が掛けられた。
「……貴女は舞わないのですか?」
「え?」
 見ると、燦人のお付きの者である炯がそこにいた。
 火鬼の者は皆そうなのか、赤みを帯びた黒髪に黒い瞳をしている。まだ幼さは残るが、彼もかなり整った容姿をしていた。
「見たところ燦人様が指定した年齢に当てはまる様ですが……。失礼ですが、お年は?」
「あ、その……十八、です」
 無視するわけにもいかないし、嘘をついても失礼に当たる。
 何より、真っ直ぐな彼の瞳には嘘や誤魔化しが通用しない気がした。
「あ、ですが私はいいのです! 力も無いし……その、髪色だって変ですから……」
「変、ですか?」
 言いつけを破って叱られたくは無いので、香夜は舞わない理由もちゃんと告げた。
 だが、炯はその理由にも納得した様子は見られない。
「何をしているんだ!」
 そこへ、荒々しい声を上げながら長が近付いてくる。
「ああ……鈴華が舞うなど……ええい! 酒だ! 香夜、もっと酒を持って来い!」
 鈴華が舞ってしまえば、彼女が選ばれると思っているのだろう。愛娘を手放したく無い長は自棄になったように香夜にそう命じた。
「いえ、少し待ってください。彼女も指定した年齢の娘でしょう? ですが彼女が舞うのを見てはいません。どういうことですか?」
 静かに、でもはっきりとした炯の物言いは強い印象の声となって届く。
「え? いや、この娘はないでしょう。結界を張る力もないし、何よりこのみすぼらしい髪色だ。お目汚しにしかなりません」
 当然だと言うように何の疑問もなく言ってのける長。
 だが、炯はその言葉にも納得するどころか嫌そうに眉を寄せる。
「みすぼらしい? 何にしても、燦人様が指定したのは十六から二十までの娘全員です。跡取りだからと除外していたはずの鈴華どのまで舞っているのに……燦人様を欺くおつもりですか?」
 落ち着いた声音だが、確実に非難の色を込めた言葉に長も続く言い訳が思いつかないようだ。
 元々自棄になっていたこともあって、「分かりました」と炯の要望に応えた。
「香夜、さっさと行ってきなさい」
 簡潔にそう言われ、香夜は舞台へと追いやられてしまう。
 突然舞うことになってしまったが、大丈夫なのだろうか。
 養母の言いつけを破ることになってしまうし、何より単純に自分の体力が持つかどうか……。
 不安を胸に、香夜は言われた通り舞台の方へ足を進めた。