日宮の若君は自動車でやってきた。
 閉ざされた月鬼の里ではほとんどの者が見たことがなく、物珍しさで一時騒然となりかける。
「静まれ! うろたえたところを見られては侮られるぞ!」
 だが、長の一喝でぴたりとざわめきが止まる。閉ざされた里故に、長の言葉は絶対でもあった。
 自動車が停まり、先に十代前半といった少年が降りてくる。
 日宮の若君は二十歳だと聞いたから、お付きの者か何かだろう。
 少年は長がいる側の後部座席のドアを開けると、深く頭を下げた。
 そこからおもむろに出てきた人物が日宮の若君。この国で最高の力を持つ火鬼の一族の次期当主だ。
 優美な物腰とその美貌に、里の者すべてが息を呑む。
 鬼は基本的に皆美しい顔立ちをしているが、彼は別格と言って良かった。
 遠くからでも分かる玉のような美しい肌。スッと切れ長な目は黒い瞳を冷たい印象に導くが、柔らかそうな微笑みがその印象を和らげてくれる。
 光が当たると少し赤く見える黒髪は清潔そうに整えられていて、全体的に洗練さを見せつけた。
 若君の佳麗(かれい)さに、長ですら一時言葉を失う。
「大勢での出迎え、感謝します。私が日宮の次期当主、日宮燦人(あきと)です。この度は我が一族の願いを聞き届けてくださり、ありがとうございます」
 力も権力も燦人の方が上なのだが、相手が一族の長ということもあってか少しへりくだった言い方をしていた。
 ただ、それでも彼の威容(いよう)は変わりなかったが。
「あ、ああ……。いえ、その願いはこちらとて望ましいもの。歓迎いたします、燦人どの」
 燦人の威厳と美しさに飲まれていた長だったが、長としての矜持を取り戻したのかすぐに立ち直っていた。
 その場で簡単に養母と鈴華を紹介する長に、燦人も供の者を紹介する。お付きの者である少年は(けい)というらしい。
「ご滞在中は私がお世話を任されております。さあ、まずはご案内いたしますね」
 紹介が終わるや否や、鈴華があからさまな喜色を浮かべてそう言った。
 腕を取るといった無礼は働かなかったが、確実に距離が近い。その様子に周囲の者の方が慌てた。
 特に長は、跡取り娘である鈴華が嫁に選ばれてしまうのではないかと冷や冷やしている様子だ。
 燦人は舞を見てから決めると言っていたのだから、少なくとも鈴華が舞わなければ選ばれることはないだろうに。
 燦人が所望した舞は月鬼の女なら誰もが教えられる伝統的なもの。蔑まれつつも、香夜ですらきちんと教えられた。
 その舞は月鬼の力の一端を垣間見せる。
 満月の夜舞台で舞うことで、舞台に描かれた紋様が光を放つのだ。
 年の瀬の満月の日に、毎年一番力のある娘が舞っているから香夜もその美しい様子を見たことはある。
 以前は養母が勤めていたその役割は、ここ数年で鈴華に代替わりしていた。
 そういう仕組みなのだから、まずは舞台で舞わなければ選ばれることすらないだろう。
(まあ、結界を張ることすら出来ない私には無縁の話よね)
 先導する鈴華に付いて行くように去って行く燦人を見送りながら、香夜は無感情にそう思った。