彼女の周囲と、自分の周囲に張られた結界。その結界は他の女鬼が張る盾のようなものではなかった。
円蓋状の、全方面から守る結界。本来の月鬼が持ち得る力。
燦人は舞台の上に目をやり、眩しそうに細める。
そこには、月がいた。
満月を思わせる薄黄色の目。月光を思わせる白銀の髪。そして、鬼の証である二本の角。
下弦の月の下。かつて、まさに月だと言わしめた月鬼本来の姿となった香夜がそこにいた。
「……美しい」
無意識に呟いたであろう炯の声が聞こえる。
燦人は視線を舞台に向けたまま心の中で同意した。
(ああそうだ。美しく可愛い私の月鬼)
八年前に感じた時よりさらに強い力を持ってそこにある。
強さ故に惹かれるのか。美しさ故に惹かれるのか。もはや理由など分からない。
だが、八年前から彼女のこの気配に惹かれていたのだ。
この思いはやはり変わりないのだと、確信する。
(ただ、願わくば……彼女の心を開放するのは、私の役目でありたかったな)
香夜の近くで倒れている彼女の養母に一瞬視線をやり、そんなことを思った。
やがて香夜は力尽きたのか普段の姿へと戻る。
倒れそうになる彼女を受け止めるため、一週間前と同じように素早く舞台へと上がった。
「燦人様……」
受け止めた香夜は安心したように微笑むと、そのまま瞼を閉じてしまう。
閉じていた力を突然解放したのだ。疲れてしまったのだろう。
燦人は香夜を抱き上げ、先ほどの結界で弾かれてしまっていた柏に視線を移す。
「……柏」
「っはい……」
冷たく呼びかけると、恐縮した様子で柏は姿勢を正し頭を下げた。
「お前は自分が何をしようとしていたのか、理解したか?」
「……はい」
多くは聞かない。
聞かずとも、変転した香夜を見た時の表情を見れば分かる。畏れ、憧れ、敬慕。それらが読み取れた柏に、もはや害意はないだろう。
……だが。
「戻ったら当主に報告させてもらう。それなりの罰は覚悟しておくように」
「はっ!」
今柏を罰したところで困るのはこちらでもあった。自動車を運転する者がいなくなるのだから。
それに害意がないと分かっているのなら、後で当主からしっかり罰を与えてもらった方が良いだろう。
燦人は香夜に視線を戻し、安らかな寝顔に相好を崩す。
「貴女は凄いな」
自分が守るまでもなく、自らの力で、その存在で、周囲を黙らせた。
それだけの価値が、この小柄な娘にはあるのだ。
そんな彼女が自分の婚約者なのだと、自慢したいような、隠してしまいたいような複雑な心情が胸に宿る。
何にせよ、手放しはしない。
香夜の価値しか見えていないような輩には、決して渡すわけにはいかないのだ。
愛しい存在を腕に抱き、燦人はそう決意した。
円蓋状の、全方面から守る結界。本来の月鬼が持ち得る力。
燦人は舞台の上に目をやり、眩しそうに細める。
そこには、月がいた。
満月を思わせる薄黄色の目。月光を思わせる白銀の髪。そして、鬼の証である二本の角。
下弦の月の下。かつて、まさに月だと言わしめた月鬼本来の姿となった香夜がそこにいた。
「……美しい」
無意識に呟いたであろう炯の声が聞こえる。
燦人は視線を舞台に向けたまま心の中で同意した。
(ああそうだ。美しく可愛い私の月鬼)
八年前に感じた時よりさらに強い力を持ってそこにある。
強さ故に惹かれるのか。美しさ故に惹かれるのか。もはや理由など分からない。
だが、八年前から彼女のこの気配に惹かれていたのだ。
この思いはやはり変わりないのだと、確信する。
(ただ、願わくば……彼女の心を開放するのは、私の役目でありたかったな)
香夜の近くで倒れている彼女の養母に一瞬視線をやり、そんなことを思った。
やがて香夜は力尽きたのか普段の姿へと戻る。
倒れそうになる彼女を受け止めるため、一週間前と同じように素早く舞台へと上がった。
「燦人様……」
受け止めた香夜は安心したように微笑むと、そのまま瞼を閉じてしまう。
閉じていた力を突然解放したのだ。疲れてしまったのだろう。
燦人は香夜を抱き上げ、先ほどの結界で弾かれてしまっていた柏に視線を移す。
「……柏」
「っはい……」
冷たく呼びかけると、恐縮した様子で柏は姿勢を正し頭を下げた。
「お前は自分が何をしようとしていたのか、理解したか?」
「……はい」
多くは聞かない。
聞かずとも、変転した香夜を見た時の表情を見れば分かる。畏れ、憧れ、敬慕。それらが読み取れた柏に、もはや害意はないだろう。
……だが。
「戻ったら当主に報告させてもらう。それなりの罰は覚悟しておくように」
「はっ!」
今柏を罰したところで困るのはこちらでもあった。自動車を運転する者がいなくなるのだから。
それに害意がないと分かっているのなら、後で当主からしっかり罰を与えてもらった方が良いだろう。
燦人は香夜に視線を戻し、安らかな寝顔に相好を崩す。
「貴女は凄いな」
自分が守るまでもなく、自らの力で、その存在で、周囲を黙らせた。
それだけの価値が、この小柄な娘にはあるのだ。
そんな彼女が自分の婚約者なのだと、自慢したいような、隠してしまいたいような複雑な心情が胸に宿る。
何にせよ、手放しはしない。
香夜の価値しか見えていないような輩には、決して渡すわけにはいかないのだ。
愛しい存在を腕に抱き、燦人はそう決意した。