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 夜も更け、とうに眠りに落ちている時間だった。
 燦人も横になり、目を瞑り眠っていた。
 だが、物騒な気配を感じてすぅ、と目を開ける。
(これは、火鬼の力の気配?)
 それを理解した途端目が覚める。
 ここは月鬼の里だ、火鬼は自分を含め三人しかいない。炯は自分に付き従っているため今も隣の部屋で休みつつ待機している。
(となると柏なのだろうが……)
 どうしてか嫌な予感がした。
 羽織を着て気配の下へ向かう準備をしていると、襖の向こうから「燦人様」と静かに声を掛けられる。
「炯、行こう」
 炯も気配を感じ取り目が覚めたのだろう。燦人は余計なことは口にせず端的にそう言うと、自ら襖を開け足早に外へ出た。
 向かいながら、僅かにだが月鬼の力も感じる。嫌な予感は増すばかりだ。
 案の定向かった先では柏が香夜に向かって力を放っていた。
「柏! 何をしている⁉」
 そう叫ぶが、理由など分かり切っている。
 柏は向かう先が月鬼の里だと聞いた時から納得のいかない顔をしていた。それでも当主の決定だということで大人しく運転してきたと思ったら……。
(やはり納得はしていなかったという事か)
 それどころか不満に思っていたのだろう。香夜に危害を加えるという暴挙に出るほどに。
「燦人様、邪魔をしないでいただきたい!」
 そう叫んだ柏は、炎をあろうことか自分に向けてきた。次期当主である自分に、だ。
 遠縁である柏との力の差は歴然。敵うわけがないというのに。
(だが、いいだろう)
 燦人は込み上げてくる怒りに身を任せて思った。
(私の婚約者を害そうとした罪、その身で(あがな)わせてやる)
 暴力的な感情が沸き上がる。
 求めて焦がれて、やっと会えた存在。可愛くて大事な婚約者。
 彼女を傷つける者は、誰であろうと容赦はしない。
 そんな思いのまま、全力で叩き潰すために変転しようとしたときだった。
「嫌……駄目よ」
 微かな声。だが燦人の耳にははっきり聞こえた愛しい人の声。
 その彼女が立ち上がり、閉ざしていたはずの力を放つ。
 瞬間、キィンと澄んだ音がした。