そして方針が決まってから数日。
 今では納得しきれていなかった者達も、里で一番の美しさと力を持つ鈴華を手放さなくて済んだのだ。と喜ばしいことのように語っている。
 悔しい、腹立たしい。
 鈴華はまたドンッと幹を叩き、恨めしい思いを吐き出した。
「あんな子、嫁に出したところで突き返されるのが落ちよ」
 そうだ。たとえ燦人が選んだとしても、日宮の家の者が認めるかはまた別の話だろう。
 そう考え、心の平穏を保とうとしたときだった。
「ええ、あなたのおっしゃる通りです」
「っ⁉」
 呟きに言葉が返ってくるとは思わなかった鈴華は驚き、声の主をすぐさま確認する。
 少し離れた場所にいつの間にか佇んでいたのは、燦人達が乗ってきた自動車の運転手だった。
 燦人の紹介では遠縁の者だと聞いたが、日宮の姓も名乗っていなかったため立場としては低いのだろうと思い特に名を覚えようともしていなかった。
 三十路は超えていると思われる容姿。何だかんだ言っても鬼の一族であるからなのか、それなりに魅力的な顔立ちはしていた。
「変転も出来ないほど弱体化した月鬼の一族の血を取り入れようなどと……全くうちの御当主様は何を考えているのやら……」
 鈴華の言葉に同意するような(げん)だったので味方かと思いきや、続いた言葉は月鬼の一族全てを貶める様なものだった。
「……突然現れたかと思ったら、随分と失礼な物言いをなさるのね? 日宮家の縁者でも、遠縁ともなれば礼儀もなっていないのかしら」
 失礼には失礼で返す。鈴華は冷笑も加えて運転手の男を見た。
 それで僅かでも男が悔し気な表情を見せれば鈴華の気も幾分晴れただろうが、男は嘲りを少し隠しただけで「これは失礼した」と謝罪の言葉を口にするのみ。
「……本当に失礼だわ。私、そんな方と話すことなどありませんので」
 面白くない鈴華は男の相手をすること自体が嫌になってすぐにこの場を去ることにした。
 だが、男の方は鈴華に用があるらしく引き留められる。
「お待ちください。あなたとて、あの娘が日宮の嫁になるのは嫌なのでしょう?」
 思わず、足を止めてしまった。
 確かに、その点のみなら男と同じ思いと言えなくはない。
「あなたはこうは思いませんか? 選ばれるのが自分ではないのなら、いっそ誰も選ばれずにいてくれた方がいい、と……」
「……」
「あのような弱い娘が選ばれるくらいなら、月鬼の一族から花嫁を出さなくてもいいのではないか、と……」
 正直、思っていた。
 だから鈴華は、男を信用ならないと思いながらも話に聞き入ってしまう。
「そして私のように火鬼の一族のほとんどが、月鬼から嫁を取りたくないと思っている」
「……何が、言いたいのかしら?」
 だから、男の要望を聞き出そうとしてしまった。
 そんな鈴華に男は比較的優し気に微笑み、望みを口にする。
「一部とはいえ利害が一致しているのなら……手を組みませんか?」
 それこそ、鬼と言われるに相応しい笑みを浮かべて。