「自分を卑下する言葉を口にするものではないよ。それに私は貴女以外を妻にするつもりはない」
「え……?」
「すぐに気を失ってしまったから覚えていないのかな? 言っただろう? ずっと求めていた、と」
 言われて思い出す。
 そう言えばそんな言葉を聞いた気がする。
「八年前からずっと求めていたんだ。やっと会えた。もう離すつもりはない」
「っ⁉」
 語る燦人の瞳に確かに自分を求める熱を感じて、どうしていいか分からなくなる。
 誰かに優しくされることすらなかったというのに、異性にこのような眼差しで見つめられたことなど無い。
 心臓がドクドクと早くなって、全身が熱くなってきた。
「ん? 顔が赤くなってきたね? すまない、また熱が上がってきてしまったかな?」
 香夜の唇から指を離し、心配そうに燦人は眉を下げる。
 そんな優しい彼に心配を掛けたくなくて、香夜は戸惑いながらも口を開いた。
「い、いえ……。その、これは熱が上がったのではなくて……。殿方にそんな風に見つめられたことが無いので……その……」
 恥ずかしいのです、と最後は消え入るように口にする。
 すると燦人は黙り込んでしまった。
 呆れられてしまったのだろうかと思いそろそろと彼の表情を伺い見た香夜は、そのまま息を止めることとなる。
 その美しい顔には、困ったような、でもとても嬉しそうな笑みが浮かべられていたのだから。
 しかも何故かその目には少し意地悪そうな色も浮かんでいる。
「そうか……参ったな」
 形の良い唇が、確かな熱を込めて続きを口にした。
「そんなことを聞いては、付け入りたくなってしまうな」
「っ! っ? っ⁉」
 この方は一体何を言っているのだろう。
(付け入るって何? え? どういう意味の言葉だっけ⁉)
 もはや言葉の意味すら分からなくなってきた。
「……燦人様」
 その様子を今まで黙って見ていた炯が、するりと入り込むように言葉を発する。
「このままでは本当に熱が上がってしまわれそうです。そろそろお暇いたしましょう」
「ん? ああ、そうだね」
 炯の言葉に同意した燦人は、名残惜しそうに香夜を見ると「では、また明日様子を見に来るよ」と言い残し部屋を出て襖を閉じた。
 姿が見えなくなったことでほっと息をつく香夜だったが、襖の向こうから僅かに声が聞こえて耳をそばだてる。
「炯、困った……」
 燦人のものと思われる言葉に、やはり何か思うところがあったのではないかと心に壁を作る。
 やはり自分が婚約者では困ることがあるのだろう。
 覚悟を決めて言葉の続きを待っていると……。
「私の婚約者が思っていた以上に可愛すぎる」
「っ⁉」
 作ったばかりの心の壁がぶち壊されるほどの衝撃的な言葉に、香夜はまた熱が上がってくるのを感じた。
 あまりにも気恥ずかしくて、誰も見ていないのに布団を頭から被ってしまう。
「はぁ……良かったですね」
 襖の向こうから、炯の呆れたような声が聞こえた。