三日ほど経ち、やっと熱は下がった。
とはいえまだ咳や節々の痛みが残る。
養母にはうつされても困るから布団から出るなと告げられた。
ついでに、あの宴の後のことも聞かされる。
「全く、お前があのまま気を失ってしまうから燦人様は慌てるわ怒りを露わにするわ……。里の者達も騒然とするばかりでてんで使えやしないし」
愚痴られてしまった。
だがそんなことよりも、自分が日宮の若君である燦人の婚約者となっていることの方が驚きだった。
「とにかく燦人様はお前を選びました。今はしっかり病を治して嫁ぐ準備をなさい」
そう告げて立ちあがろうとする養母を引き留める。
「あ、あの! 本当に私なのですか? あれは夢だったんじゃあ……」
養母が嘘をつくとは思えないが、信じることも出来ずに聞いてしまう。
案の定嫌そうに眉を寄せられたが、「事実ですよ」と簡潔に答えられてしまった。
「じじつ……」
それでも信じられないでいると、襖の向こうから声が掛けられる。
「失礼、奥方どの。そろそろ良いだろうか?」
襖越しのくぐもった状態でも分かるその声は燦人のものだ。
内心えっ⁉ と驚く香夜だったが、こちらの様子など気にも留めず養母は彼に返事をしていた。
「はい、ようございます」
そうして開いた襖の向こうには確かに気を失う前に近くで見た顔。
少し申し訳なさそうな顔をしている彼は紛れもなく日宮の若君・燦人だった。
「ですが病み上がりですのでほどほどに。うつされてしまいます」
「少々話がしたいだけだ。それほど長居するつもりはない」
そんなやり取りをした後、「失礼する」と断りの言葉を放ち燦人が部屋の中へ入って来る。後ろには炯が付き従っていた。
「では私は失礼させていただきます」
しかも養母はそう言って出ていってしまうので、未だついていけていない香夜はどうしていいのか分からない。
「すまない、病み上がりだというのに……無理をさせるつもりはない。横になっていてくれ」
「え? いえ。そのようなこと――けほっ」
そう咳をしてしまったのが悪かったのか、「いいから」とやや強引に寝かされてしまった。
うつすつもりか? とでも言いそうな炯の無言の圧力が怖かったのも理由の一つだったが。
「すみません……」
謝罪の言葉に「いや……」と声を掛け少し間を開けた燦人は、言葉を探るように話し始めた。
「その……貴女が寝ている間に里の者から貴女のことを聞いた」
眉尻を下げ、悲しそうに揺れる目を見れば何を聞いたかは想像できる。
呪われた子。穢れた娘。
そんな言葉も聞いたのだろう。
(それで私のために悲しんでくれるなんて……優しい方なんだな)
しばらく触れていなかった優しさに、僅かに心が温かくなるのを感じた。
「八年前何があったのかも……」
そう言葉を告げられて、ああ、と力が抜ける。
両親がいないことも聞いたのだろう。
そして、流石に親のいない娘を嫁には出来ないと思ったのかもしれない。
一応長が養父ではあるが、彼は自分を娘などと思ってはいないのだから。
いいのだ。元々夢か幻かと思っていたことだ。
ここは一思いにはっきり告げて欲しい。
そう覚悟を決めて燦人の言葉を待っていると……。
「……辛い思いをしたね」
労わるようにそう口にした燦人は優しく香夜の頭を撫でる。
瞬間、凍らせ続けてきた心にある氷の壁に、ピキリとヒビが入った気がした。
「……え? あの……それだけ、ですか?」
「それだけ、とは?」
不思議そうに聞き返される。
「その、親のいない娘など貴方のような方の妻には相応しくありません。しかも穢れた娘などと言われるような私なんて――」
そこから先は口を開けなくなってしまった。
燦人の指が、そっと香夜の唇を閉ざしてしまったから。
とはいえまだ咳や節々の痛みが残る。
養母にはうつされても困るから布団から出るなと告げられた。
ついでに、あの宴の後のことも聞かされる。
「全く、お前があのまま気を失ってしまうから燦人様は慌てるわ怒りを露わにするわ……。里の者達も騒然とするばかりでてんで使えやしないし」
愚痴られてしまった。
だがそんなことよりも、自分が日宮の若君である燦人の婚約者となっていることの方が驚きだった。
「とにかく燦人様はお前を選びました。今はしっかり病を治して嫁ぐ準備をなさい」
そう告げて立ちあがろうとする養母を引き留める。
「あ、あの! 本当に私なのですか? あれは夢だったんじゃあ……」
養母が嘘をつくとは思えないが、信じることも出来ずに聞いてしまう。
案の定嫌そうに眉を寄せられたが、「事実ですよ」と簡潔に答えられてしまった。
「じじつ……」
それでも信じられないでいると、襖の向こうから声が掛けられる。
「失礼、奥方どの。そろそろ良いだろうか?」
襖越しのくぐもった状態でも分かるその声は燦人のものだ。
内心えっ⁉ と驚く香夜だったが、こちらの様子など気にも留めず養母は彼に返事をしていた。
「はい、ようございます」
そうして開いた襖の向こうには確かに気を失う前に近くで見た顔。
少し申し訳なさそうな顔をしている彼は紛れもなく日宮の若君・燦人だった。
「ですが病み上がりですのでほどほどに。うつされてしまいます」
「少々話がしたいだけだ。それほど長居するつもりはない」
そんなやり取りをした後、「失礼する」と断りの言葉を放ち燦人が部屋の中へ入って来る。後ろには炯が付き従っていた。
「では私は失礼させていただきます」
しかも養母はそう言って出ていってしまうので、未だついていけていない香夜はどうしていいのか分からない。
「すまない、病み上がりだというのに……無理をさせるつもりはない。横になっていてくれ」
「え? いえ。そのようなこと――けほっ」
そう咳をしてしまったのが悪かったのか、「いいから」とやや強引に寝かされてしまった。
うつすつもりか? とでも言いそうな炯の無言の圧力が怖かったのも理由の一つだったが。
「すみません……」
謝罪の言葉に「いや……」と声を掛け少し間を開けた燦人は、言葉を探るように話し始めた。
「その……貴女が寝ている間に里の者から貴女のことを聞いた」
眉尻を下げ、悲しそうに揺れる目を見れば何を聞いたかは想像できる。
呪われた子。穢れた娘。
そんな言葉も聞いたのだろう。
(それで私のために悲しんでくれるなんて……優しい方なんだな)
しばらく触れていなかった優しさに、僅かに心が温かくなるのを感じた。
「八年前何があったのかも……」
そう言葉を告げられて、ああ、と力が抜ける。
両親がいないことも聞いたのだろう。
そして、流石に親のいない娘を嫁には出来ないと思ったのかもしれない。
一応長が養父ではあるが、彼は自分を娘などと思ってはいないのだから。
いいのだ。元々夢か幻かと思っていたことだ。
ここは一思いにはっきり告げて欲しい。
そう覚悟を決めて燦人の言葉を待っていると……。
「……辛い思いをしたね」
労わるようにそう口にした燦人は優しく香夜の頭を撫でる。
瞬間、凍らせ続けてきた心にある氷の壁に、ピキリとヒビが入った気がした。
「……え? あの……それだけ、ですか?」
「それだけ、とは?」
不思議そうに聞き返される。
「その、親のいない娘など貴方のような方の妻には相応しくありません。しかも穢れた娘などと言われるような私なんて――」
そこから先は口を開けなくなってしまった。
燦人の指が、そっと香夜の唇を閉ざしてしまったから。