瞬間、ざわりと異様な空気が宴の中を駆け巡る。
 見ずとも、聞かずとも分かる。
 何故お前が舞うのだ?
 そんな意図が無数の針となって突き刺さってきたのだから。
 舞は注視されないと思ったが、別の意味で注目されてしまった。
 香夜はいつものように心を凍らせ壁を作り、とにかく早く舞を終わらせてしまおうと思う。
 頭痛も酷くなってきた。早く休まなくては寝込む事になってしまいそうだ。
 香夜は仄かな月明かりを全身に浴び、集中する。
 鈴華の様に美しくは舞えない。
 体調も最悪で、正直辛い。
 でもこの舞台に立つと、月が少し力を分けてくれる様な気がした。
 この舞に楽は無い。閉じていた扇を開き、ただ月明かりの下ゆったりと舞う。
 音も気配も全てを遮断して、月に舞を捧げるように扇をひるがえした。
 そうして舞の半分程まで来ると、紋様がほのかに光を放つ。
 みすぼらしい髪色の穢れた子でも、ちゃんと月鬼としての力はあるのだな、と自嘲した途端集中力が切れてしまった。
 体調の悪さも一気に思い出して、ぐらりと体が(かし)いだ。
(倒れる!)
 踏みとどまることが出来なくて、床にぶつかる様に倒れる覚悟をして目をぎゅっと閉じた。
 だが、予測していた痛みは来ずふわりと何かに受け止められる。
 白檀の香りがするのと、周囲が息を呑む気配を感じ取ったのは同時だった。
「ああ……やっと、やっと会えた」
 耳に心地いい低めの声がした。
 優しく響く声音。大切なものを扱うかのように抱きとめられた力強い腕。
 初めて知るそれらに、香夜はただ驚いた。
 見上げたそこには、とても嬉しそうな美しい人の微笑み。
 彼は――燦人は、そんな香夜の頬を撫で、睦言を囁くように告げた。
「ずっと求めていた……貴女が私の妻になる(ひと)だ」