夜。乱雑に立ち並ぶビル群から発せられる、太陽の如き地上の光。その影とも言うべき鬼門区画のスラム街。ギャング、マフィア、ヤクザの事務所とその傘下の違法商業施設が猥雑に展開し、怪しげな紫のネオン看板と局部以外が裸の女性のセクシャルホログラフィが、退廃的住民たちをサキュバスのように誘っている。
 
 そのソドムの如き光景の更に影、あるビルとビルの間の路地裏の奥にその店はあった。鉄格子のかかった看板には粗悪なネオンサインで「プリズナーズ・バー」と記されている。ゴミが散乱している路地裏にあって、この店の前だけにはチリ紙一つ落ちていなかった。
 
 ドタンッ!「「「ウワアアアアッ!」」」
 突如店のドアが勢いよく開け放たれ、三人のサングラスモヒカンギャングがゴミ袋のように叩き出された。
「ふざけんなメスゴリラ! 俺らはジェットペンギン・ギャングだぞ!」
 体を起こした赤モヒカンが店に向かって叫ぶ。
「千人の仲間と復讐にくるぜ!」
 青おさげモヒカンが続いて叫ぶ。ワックスでガッチガチに固めた三人のモヒカンヘアーが、威圧的に光った。
 
 すると、口を開けるドアの奥からパッパッと手を叩く音がする。出てきたのは紫色の肌の女。囚人めいた白黒縞模様の服、ダークグレーのプリーツミニスカート、上衣と同じく白黒縞模様のハイソックスと真っ白のスニーカー。
 何より目を引くのはその頭髪。地面スレスレまで伸ばされた、威圧的なエレクトリカル・グリーンのカブキ・ヘアー。時折りパチパチと音を立てており、こめかみからは闘牛のような黄色い角が生えていた。
 
「千人だろうが一万人だろうが、またお前ら見たらもっと遠くまで投げ飛ばしてやるよ」
 瞳孔のない、ガーネットのような瞳がギャングたちを睨みつける。
「そ、そんな見栄っ張りがいつまで続くか見ものぶべらっ!?」
 黄色のポニーモヒカンが言葉を終えないうちに、女は茶色い瓶を投げつけて黙らせた。
 
「他の客のメーワクだ! とっとと失せろ!」
 落雷めいた恫喝!
「「ひいいいいいいいっ!」」
 赤モヒカンと青おさげモヒカンは黄ポニーモヒカンを引きずりながら逃げて行った。
 
「ったく、手間かけさせやがって」
 女はカートンケースからタバコを一本取り出して咥えると、指先から小さく放電して着火。深く、深く吸い込んで根本までタバコが灰になったところで離し、斜め上に向けて「フゥーッ」と、煙を吹き出した。
 
「おーい! 大丈夫かよプリズニー?」
 店の奥から客の声がした。女、プリズニーはタバコを携帯灰皿に押し込み、ボリュームのある髪をかき上げながら店内へ戻った。刑務所めいた内装のバー。現在の客はカバのヤクザ、ラジオの違法売人、ネコの娼婦だ。
 
「なんでもねーよ」
 プリズニーはバーカウンターに戻ると、棚から三本の酒を取り出し、それらを適切な量シェイカーに注いで蓋をし、空中に回転させながら放り投げ、三回目にキャッチした時に蓋を開けてグラスに注いだ。
「ホレ。マタタビ・トニックだ」
「ありがとね。これも、さっきも」
 
 叩き出されたモヒカンギャングたちは、このカウンター席の娼婦にしつこく言いより、止めに入ったプリズニーに罵声を浴びせたために怒りを買ったのだ。
「私の店で勝手は許さねーだけさ」
 
 ニコリと微笑み、娼婦は差し出されたカクテルの香りをひとしきり楽しんだ後、舐めるように、チビ、チビ、と味わう。
「美味しい。やっぱり、貴女のお酒が一番ね。この間、お客と行ったところは、あまり美味しくなかったから」
「そいつはありがたいね」
 
 プリズニーはそっけなく言い、グラスを磨き始めた。その様子に娼婦は、寝転ぶようにカウンターに頭を乗せ、熱っぽい斜めの視線を向ける。
「ねぇ、明日あたしとどお? プリンちゃんになら、たーっくさんサービスしてあげるわあ」
「何度も言うようで悪いが、私はノンケなんでね。子猫ちゃん」
 プリズニーは娼婦の鼻先をつんっと続く。「にゃんっ」娼婦は小さく驚いた。
 
「ガッハッハッハ! 美しい百合の花じゃのお!」
 ヤクザが盛大に笑いながらビールジョッキを傾ける。
「オヤブンさ、私としちゃ注文してくれんのはありがたいんだけど、健康診断でプリン体ダメって言われたんじゃなかったん?」
 プリズニーは以前聞いた愚痴を思い出しながら、ヤクザの着いたテーブル上のビールジョッキ五つを見やる。
 
「なぁに、痛風とは言われてないんだ。それに、これが無くなったら人生の楽しみが減っちまう!」
 ヤクザは盛大に笑いながらビールを飲み干し、おかわりを要求した。
「体ぶっ壊しても私のとこにカチコミに来るなよ」
「そんな命知らずなことできんわ!」
 ヤクザは渡されたビール大ジョッキを一口で飲み干した。
 
「ね、姐さん。まだかよ。お、俺もう我慢できねえよ……」
 ふと、ラジオの違法売人がアンテナをクルクル回しながらプリズニーに催促をした。
「あん? はいはい、わかったよ。ホレ」
 プリズニーが売人の頭を掴むと、彼の体はプルプルと震え始める。
 
「あひぃ。イイ……」
 違法売人は背筋を伸ばし、シャチホコめいてそりかった。アンテナが更にグルグルと、竜巻のように回る。
 有機物の摂取を必要としない彼にとって、酒や食事とは電気であり、プリズニーの生命電気は高級なシャンパンなのだ。

「おい、動くんじゃあねえよ。掴みづらいだろ」
「ひっ、ひぃ〜〜〜」
 プリズニーの声は違法売人には届いていないようだ。ふと、娼婦がプリズニーの袖を摘んだ。
「んねぇ〜〜〜。あたしはあ? あたしも気持ちよくしてよお」
「やらねって言ってんだろ?」
 プリズニーは娼婦の頭に手を当てて、転がすように撫でる。
「ふみゃ〜〜〜」
 娼婦は心地よさげに目を細めた。

「あひえ〜〜〜」
 違法売人が喘ぐ。
「んにゃ〜〜〜」
 娼婦が転がる。
「ガッハッハッハ! 痺れる三角関係じゃのお!」
 ヤクザは笑う。

 いつもと変わらぬプリズナーズ・バー。社会のはみ出し者たちが、あらゆるしがらみや垣根を声で集う、猥雑で危険な鬼門区画の中でも特別な場所だ。

「ん? 姐さん、ちょいと失礼」
 ふと、違法売人がプリズニーの手を離し、自身の顔のダイヤルでチューニングをする。アンテナは先程までのエクスターシー・ツイストではなく、か細い糸を見つけ出すような慎重な回転を始めた。

「ザーッ、ザザーッ!」
 突然違法売人は立ち上がり、右手でビール瓶を握り口元に寄せ、左手でカウンターを叩き始めた。
「ウーッ! ワンワン! 緊急速報! 緊急速報! 鬼門区画北部にナイトメア出現! 住民の皆様はお国のために命懸けで戦うワン!」

 まるでニュースキャスターのような仕草の違法売人。そして、その報道に皆の視線が鋭くなった。
「……チッ、しゃーねぇ。悪いが店終いだ」
 プリズニーはかったるそうな態度でカウンター下から数本の酒瓶が納められたベルトを取り出し、腰に巻く。

「プリンちゃん。気をつけてね」
「ワンワン! ……じゃねえや。姐さん、ご武運を」
「ウチの兵隊も向かわせるか?」
 三人は外に出るプリズニーに続き、彼女の身を案じた。

 プリズニーはタバコを一本咥える。娼婦が素早くライターを取り出し、甲斐甲斐しく火をつけた。
「あんがと。スゥー……フゥーッ!」
 煙が積乱雲のように立ち登る。
「怪我人とかいるだろうし、オヤブンも頼むわ。じゃ、行ってくる」

 プリズニーは店のドアに鍵をかけ、稲妻のような速度で駆け出す。向かうは鬼門区画北部。そこは彼女の戦場だ。

 ◆

 鬼門区画北部は主に外国からの密輸品が集まる場所だ。違法トウガラシ、規制ポルノコンテンツ、薬物コーラ。ありとあらゆる禁制品が露天にて売り出されている。

≪死ね!≫ ≪どうしようも無いクズが!≫ ≪早く死ねよ!≫
 現在ここは恐るべきキリング・フィールドと化していた。露天が破壊され、住民が鉄パイプやバットで殴り殺され、コーラがぶちまけられる!

 暴動の下手人どもは現実感のない姿をしていた。性別、年齢、格好はバラバラの人間たちだが、皆一様にネガ反転したかのような色をしている。白い部分が黒く、黒い部分は白くなっており、彼らの影は真っ白だった。

 ナイトメア。奴らには暴力と殺戮、理不尽を他人に強いる以外の欲求はない。突然現れ、そこにいる者ある物を手当たり次第に破壊し、更に次の場所へ破壊に赴くだけの正体不明の存在。

「うおおおお! 俺らの街で好き勝手してんじゃあねええええ!」
 警察や治安維持部隊の出動がまったく期待できないために、住民達は悔しいながらも報道の通り自ら武器を手にしていた。角材、違法改造ゴルフクラブ、合法殺人スタンロッドなど。

 住民とナイトメアとの衝突は、多種多様な武器を持っている住民側に軍配が上がるように見える。
 しかし、見よ。ミサイルの大工がスイングしたスコップにより、怒れる老人姿のナイトメアの頭は吹き飛んだが、その体がよろよろと三歩後退したところで新たな頭が生えてきたではないか!

≪ゴミ!≫
「うわあああああ!?」
 老人ナイトメアの杖による攻撃は、素人丸出しの乱雑極まりない振り回しに過ぎないが、骨を砕く威力がある! 非常に危険!

「このォッ!」
 あなや信管を叩かれ爆発四散しそうになった大工の横からミノタウロスのDJが乱入し、スレッジハンマーで老人ナイトメアの頭をかち割る! 更に何度も何度も追撃し、原型を全く留めないハンバーグ死体に変えた。そのナイトメアの死骸は地面に沈んで消える。

「手を休めるな! 奴らをバラバラにしろ!」
 と、指示が飛び交うが、ナイトメアたちの攻撃力と再生能力は非常に脅威的である。
「ジーザス!?」
 ああ、なんたることか。アメリカ人のパンダが囲まれた末に、全身に竹槍を突き刺されて死んだ! それを皮切りに、武装住民たちの被害が拡大していく。

≪すみません、すみません≫
「ぎゃあっ!」
 申し訳なさげな顔で全く勢いを緩めない中年女性ナイトメアの草刈り鎌が、アジサイのケバブ屋を殺害!

≪ぎゃははは! ひーふー!≫
「ぎゃあっ!」
 悪ガキ短パンニット帽少年ナイトメアの両手に持ったレンガが、扇風機の警備員を殺害!

「くっそぉ〜〜〜!」
 武装市民のリーダー格、戦士ハニワがギリギリと存在しない歯を鳴らそうとした。このままでは途方もない被害が出て、最悪全滅してしまうだろう。今回のナイトメアはそれ程までに数が多い。

(どうにか……どうにかしないと……!)
 状況を打開する策を何とか絞り出そうとする。しかし、がむしゃらに戦う以外何も思い浮かばない。

 その時! ナイトメア軍団の後方から突然火の手が上がった!
「おい火なんて使ったバカはどいつだ!?」
「この手口、まさか……」
「オイオイオイ、まさか……」

「よう、待たせたな」

 その声が聞こえた者は全員凍りつく。そして振り返った。そこにいたのはエレクトリカル・グリーンの頭髪に黄色い二本の角、囚人めいた縞模様の服を着た女、プリズニーだ。

「おい誰だプリズニーを呼んだのは!?」「メスゴリラが来たって!?」「追い返せよ! 俺たちだけのがマシだ!」
 次々に上がる歓声! プリズニーは猫背のまま髪をかきあげ、キリング・フィールドにエントリーする。

「まあまあ、そう遠慮すんなって。私が来たからには何も心配ねぇって」
「心配しかないんだよ! 帰ってくれ! 頼む!」
 戦士ハニワがサラリーマンナイトメアを押し除けながら抗議するも、プリズニーはどこ吹く風。

「ケチ臭えこと言うなって。こんだけのパーティだ。差し入れもたくさん持ってきたんだぜ」
 そう言ってプリズニーは腰ベルトの酒瓶を一本取り出し、口に詰め込んである布に着火した。

「や、止めろ! 屋台には可燃性の商品もあるんだぞ!」
 戦士ハニワは止めようとする。だがプリズニーは着火したモロトフカクテルを振りかぶっていた。

「派手にいこうぜ!」
 投擲! モロトフカクテルの炎が夜空を蛍のように舞い、ナイトメア軍団近くの屋台にシュートされた。割れるガラス、広がる内容物のメチルアルコール。そして密輸ダイナマイトに着火!
 大爆発!
≪ギャアアアアッ!?≫ ≪ヒィーーーッ!?≫ ≪助けてえエエエエ!≫
「「「うわああああ!?」」」
 ナイトメアどもが悲鳴を上げる! 住民が吹き飛ぶ!
「ワシの店があああああ!?」
 タコのダイナマイト漁師が悲鳴を上げる!

「私の奢りだ!」
 更に投擲! モロトフカクテルがお届けされた次なる屋台はグレネード露天!
 大爆発!
 ≪ギャアアアアッ!?≫ ≪ヒィーーーッ!?≫ ≪助けてえエエエエ!≫
「「「うわああああああ!?」」」
 ナイトメアどもが悲鳴を上げる! 住民が吹き飛ぶ!
「ワタシの店があああああ!?」
 ガイコツの退役軍人が悲鳴を上げる!

「ギャハハハ! 綺麗だな!」
 両手を広げて高笑いを上げるプリズニー。更に次なるモロトフカクテルを準備しようと腰ベルトに手を伸ばす。だが青いマニキュアの塗られた爪は空を掴む。

「あ?」
 視線を落としてみると、そこにあるはずの
酒瓶、ないしそれが装着された腰ベルトが消えている。振り返ると、戦士ハニワがゼェゼェと息を切らしてベルトを没収していた。

「何すんだよ」
「こっちのセリフだバカ野郎! 街まるごと吹き飛ばすつもりか!?」
「「弁償しろー!」」
 講義の声を上げるダイナマイト漁師と退役軍人。

「んだよウルセェな。住民は一人も死んでねーだろ?」
 耳を小指でほじりながら目を細めるプリズニー。だが、彼女の言う通り、ナイトメアは十体近く爆散しているが、住民の死者は一人もいないのだ。全員黒焦になっているくらい。

「わーったよ。カクテルは無しにしてやるよ、この下戸どもが」
「何だと!?」
 怒る戦士ハニワを尻目に、プリズニーは襲いかかるヒップホッパーナイトメアの頭を鷲掴みにし、そのまま握りつぶして胴体を引き裂いた!

「借りるぞ」
「うわっ!」
 そして近くにいた武装市民の持っていたモーニングスターをひったくり、ナイトメアの群れに突入!

「オラァッ!」
≪ゴファ!?≫
 スイング! 老婆ナイトメアが一撃で粉砕!
≪な、何の権利があってこんな≫
「オラァッ!」
≪ぎゃあっ!≫
 被害者ぶる中年女性ナイトメアが一撃で粉砕!
≪ママー! この人が何もしていないのにぶってく≫
「オラァッ!」
≪ゲェーッ!?≫
 逃げようとする悪ガキ短パンニット帽少年ナイトメアの背後から叩きつけて粉砕!

「すげえ……」
 誰かが呟いた。恐らくプリズニーの戦う姿を見たことがなかった住民。恐るべき戦闘力。

≪ぐぐぐ〜〜〜! キェーッ!≫
 一転して追い詰められたナイトメアどもは背を向けて走り出す。敗走? 否、奴らは一箇所に向かっており、身体を折り重ねる。そして最後の一体が飛びつくと、その輪郭は溶け、混ざり合い、新たな形となる。

≪ガアアアアアア!!!≫
 その姿は恐るべき巨人! 身長7メートルはある! シルエットこそ人間であるものの、その姿は半ば溶けかけており、他者を殺し虐げるためには手段を選ばないと言うねじ曲がった決意の現れ!

「こ、こんなバケモンどうすりゃいいんだよ……」
 たじろぐ住民たち。しかしプリズニーは対照的に面倒くさそうに髪をかき上げる。
「ったく、デカイのはかったるいんだよなぁ」
 そして両手で自身の角を掴んだ。

「ひぃ〜…」
「あ?」
 ふと、聞き覚えのある声がした。その方を見ると、先程プリズニーの店にいたサングラスモヒカンギャング三人がいた。
「よう、お前ら」
「ひっ! メスゴリラ!」
「そうビビんなって。だがちょうど良い。千人の仲間呼んでこいつマワしちまえよ」

 親指で巨人ナイトメアを指さすプリズニー。
「そ、そんなんハッタリに決まってんだろ!」
「ジェットペンギン・ギャングは俺たち三人だけだよ!」
「あんなん敵うわけねえや!」

 情けなく叫ぶサングラスモヒカンギャング。プリズニーはため息を吐いた。
「しゃーなー。お前ら引っ込んで……」
 ふと、何かを思いついたプリズニーはギャングたちに近寄る。
「な、何だよ」
「お前らさ、私が行ったこと、おぼえているか?」

 黄ポニーモヒカンの肩に手をかける。
「な、何のことだよ」
「私言ったよな? またお前ら見たらもっと遠くまで投げてやるって」
 悪魔めいた笑みを浮かべるプリズニー。

「お、おいまさか」
「私は有言実行の女だ!」
 プリズニーは黄モヒカンを持ち上げて巨人ナイトメアに向けて投擲!
「ぎゃああああああああっ!!!」
 黄ポニーモヒカンが回転しながら飛んでいく! ナイトメアはそれを叩き落とさんと手を振りかぶる!

「うわああああ! ペシャンコになるぞおおおお!」
 誰もが次に訪れるショッキングな光景に備えようと目を伏せた。しかし、おお、見よ! モヒカンは全くの無傷でナイトメアの後ろまで通り抜け、そのまま夜空の黄色い星となった。

≪ギャアアアアッ!?≫
 すると巨人ナイトメアが苦しみの叫び声を上げる! 恐る恐る目を開けた住民たちが見たのは、振りかぶった筈の右腕が二の腕の半ばから切断されている、巨人ナイトメアの姿だった!

 このトリックの謎を明かそう。ギャングたちのモヒカンは大量のワックスにより、鋼鉄のように硬くなっている。そこにプリズニーの投擲力が加わり、黄モヒカンは人間巨大手裏剣と化し、ナイトメアの腕を切断したのだ!

「よしっ!」
 ガッツポーズをとるプリズニー。
「ふざけんじゃねー! 俺のダチ公をよくも!」
 掴みかかる青おさげモヒカン。そしてその肩を掴むプリズニー。

「え?」
「もう一丁ーーー!」
「ぎゃああああああああっ!?!?」
 回転しながら飛んでいく青おさげモヒカン! 彼も同じく人間巨大手裏剣となり、ナイトメアの左腕を切断! そのまま夜空の青い星となった。

「じゃあ次は……」
 赤モヒカンを見るガーネットめいた目。
「た、頼む。許してくれ。情けをかけてくれ」
 後退りする赤モヒカン。その姿は子供のように弱々しい。肩の威圧的な肩パッドが不釣り合いだ。

「……そうだな、悪かったよ」
 神妙な顔をしながらプリズニーは赤モヒカンの両方に手を置く。
「え?」
「悪かった。人を投げるなんて、サイテーだよな」
「お、おう。わかりゃいいんだアババババーッ!?」

 突如、赤モヒカンが瞬くように発光! 体の至る所から電流が飛び出る!
「だから投げはしないよ。投げは」
「アババババーッ!?」
 プリズニーのハンドスタンガン! 大抵の生き物はこれで気絶する! 赤モヒカンは直立不動の姿勢に伸び、背中から地面に倒れ込む。

「よしっ」
 そして赤モヒカンの足を掴んで持ち上げる。これは、鋼鉄のモヒカン刃を伴う人間ハルバードだ!
「行くぞオラー!」
 飛び上がるプリズニー。一跳びで巨人の視線の位置まで! ナイトメアは目の前に来た羽虫存在を焼き尽くさんと、蛍光グリーンの火炎を吐き出した!

「うわああああ! 逃げろおおおおお!」
 巻き込まれんとした住民たちが一斉に逃げ出す。だが、それは全く必要のない逃走だった。プリズニーが薙ぎ払いは邪悪な炎をかき消した。
「あっちいいいいい!?」
 更にエンチャント・ファイア!

「オラァッ!」
≪ギャアアアアッ!?≫
「アババババーッ!?」
 縦スイングされたファイア・モヒカンが巨人ナイトメアを真っ二つに切断! だが、見よ。その断面からは無数の手が未練がましく生え、反対の断面の手を掴み再結合を図っている。

 プリズニーはこの再生を見逃さない。
「オラァッ!」
≪ギャアアアアッ!?≫
「アババババーッ!?」
 横スイング! 巨人ナイトメアを十文字に切り裂いた!

「オラァッ!」
≪ギャアアアアッ!?≫
「アババババーッ!?」
 更に縦スイング!
「オラァッ!」
≪ギャアアアアッ!?≫
 更に横スイング!
「オラァッ!」
 縦スイング!
「オラァッ!」
 横スイング!

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーーーッ!!!」
 縦! 横! 縦! 横! 縦! 横! 縦! 横! 縦! 横! 縦! 横! 縦! 横! 縦! 横! 縦! 横! 縦! 横! 縦! 横! 縦! 横! 縦! 横! 縦! 横! 縦! 横! 縦! 横!

「オォーーーッ……!」
 そして!
「ラァーーーッ!!!」
 縦!
≪ゲエエエエエエエ!?≫
 グリッド線状に切り刻まれた巨人ナイトメアは断末魔を夜空に響かせ、バベルの巨塔のように崩れ去り死亡! 死骸が地面に沈み、消えた。

「よっ」
 着地したプリズニー。彼女はモヒカン地面に下ろす。エンチャント効果は消えており、彼の頭髪は丸々としていた。
「他にいないか?」
「……探させるよ」
 戦士ハニワが肩を落としながら言う。その後ろから住民たちが飛び出し、火事の消火活動に取り掛かった。

「あ……」
 誰かがこぼした声に、皆一斉に東の方を向いた。空が白く染まっていき、光が差し込んでくる。日の出の時間だ。

「勘弁してくれよ、これなんとかするの朝通しになるだろ」
 落胆した声。朝日が登れば寝る。泥棒も寝る。ナイトメアは寝るかどうかは知られていないが、日中には出現しない。働くのは警備ドローンくらいだ。

「ふぁ〜〜〜っ。じゃ、私は帰るから、頑張れよ」
「ふざけんな!」「お前もやるんだよ!」「今朝は寝かせねーぞ!」
 ナイトメアは去ったが破壊の跡は残される。これは、この国の日常であった。