3.

 食べ終えた食器をとりあえず広いシンクに浸けて、わたしは新妻らしく彼を玄関まで見送りに行く。

「行ってらっしゃい、和斗さん」

 ……普通の新婚夫婦だったら、ここでキスでもするんだろうな。
 でも、わたしと彼は、手を触れたことさえまだほとんどない。

 と、和斗さんは玄関脇に置かれた半透明のビニル袋に目をやった。

「ゴミ、出してこようか」

「いえ、わたしがやりますから」

 ゴミ袋を提げて出て行く彼の姿は、わたしが見たくない。

「……それじゃ。いつものように、夕食は自由にしてくれていいから」

 そう言って軽く手を挙げて、彼は出て行く。
 玄関のドアが閉まる瞬間、彼がスーツの内ポケットに手を入れ、スマホを取り出すのがチラッと見える。

(……カノジョ、かな)

 朝食の間、スマホを見たりしないのは、食事を用意したわたしに対する誠意みたいなものなんだろう。
 ため息をついて、わたしはリビングを横切ってベランダのほうに歩いて行った。
 と言っても、外には出ずに、ただ窓ガラスのこちら側からそとを眺めるだけ。
 普通ならここで洗濯物を干して……とかなるのがルーティーンだけど、ここみたいなタワマンでは景観や安全上の問題からベランダ干しは禁止されている。
 それに何より、風が強い日なんかは転落しそうで普通に怖い。

 マンションのエントランスを見下ろすと、ちょうど和斗さんが出て来るのが見えた。
 遊歩道を突っ切って、車道へ向かう。その先には、黒塗りの会社の車が迎えに来ている。

 彼の帰りは、いつも遅い。
 仕事が忙しいのかな。付き合いで会食なんかもあるだろうし……。

(……カノジョと会ってたりもするのかな)

 わたしはその人の顔も名前も知らない。
 訊ける立場じゃないし……訊いたところで、どうにもならない。

(ねえ、和斗さん)

 わたしは、この距離からだってあなたを見つけられる。
 だけどあなたは、見上げてわたしを探したりなんて、きっとしないんだろう。
 わたしはこんなにもわかりやすい所に――あなたの部屋に住んでいるのに。