1.
新妻の朝は早い。
タワーマンションの上層階には、スズメの声もほとんど聞こえてこないことを、わたしは引っ越してきて初めて知った。
“朝チュン”なんて、庶民だけの概念らしい。
そのかわり、まわりに遮蔽物が少ないぶん、朝日は少しだけせっかちに差し込んでくる。
顔に光が反射するので、わたしは三面鏡の角度を変えた。
モダンで立派なドレッサーは、最初からこの部屋に備え付けられたかのように堂々と陣取っていて、鏡の中のわたしが余計に貧相で場違いに見える。
……でも、だからこそ、化粧ぐらいしっかりしなきゃだ。彼が目覚める前に。
メイクはあまり得意なほうじゃないけど、好きな人の前では少しでもキレイでいたいに決まってる。
身支度が整うと、わたしはアイボリーのエプロンを着けてキッチンに立つ。
他にはあまり取り柄がないわたしだけど、手料理だけはちょっと得意だ。自分が食べるの好きだからね。
彼の奥さんとして、せめて胃袋だけは掴んでおかないと。
わたしは、朝はご飯がいいのだけど、彼はパン派。もちろんそこは、これから仕事に出て行く彼の嗜好を尊重する。
時間的にそこまで手の込んだものは作れないので、昨夜のうちに卵と牛乳に漬け込んでおいた薄切りの食パンを冷蔵庫から取り出し、バターを引いてオリーブオイルを少し垂らしたフライパンの上で熱してフレンチトーストにする。そして2枚の間にハムとチーズを挟んでから外側に軽く焼き目をつけて出来上がり。
たったこれだけでも、端っこが噛み切れずに残ったりする安物のプレスハムじゃなくて、ちゃんとした高級なハムを使うと、これだけでじゅうぶん満足度の高い御馳走になる。……安いハムも、あれはあれで好きだけど。
サラダを盛り付けていると、いつもの時間通りに、彼が起きてくる気配がした。
この瞬間は、いまだに緊張してしまう。
ダイニングへの扉を開けて、白くて清潔なワイシャツ姿の彼が入って来る。
眼鏡の奥、まだちょっとだけ眠そうな瞳と目が合う。それだけでわたしの時間は一瞬停まる。
「――おはようございます、和斗さん」
わたしは、戸籍上の夫である速水和斗に、いつものように挨拶をした。