この部屋は和洋折衷ではなく、完全な和室だった。
座卓を挟んで座布団の上に座る。


 京一郎の温和な雰囲気はここまで一度も乱れていない。

改めて絢子は畳の上に頭を付け、「今日からよろしくお願いいたします。ご迷惑をお掛けしないように勉学に励みます」と言った。

「顔を上げてください。いいんですよ、絢子さんは非常に聡明な方だと聞いています。今日会ってみてそうだろうなと思いました。医師になりたいと素晴らしい志も持っている。ぜひここで夢を叶えてほしい。弟も書生を何人か抱えていたが、僕は初めてなんです」

 顔を上げると京一郎と目が合った。
とても美しく、上品な瞳だ。

「書生というのは結構大変なようだね。だから雑用なんかはしなくていい。特に医術開業試験は、かなり難しいんだ。合格できるようにどうだろう、予備校に通うっていうのは」
「予備校…?」
「僕の家族は皆、内務省に勤めている。医師は僕だけで、親も兄弟も医者で開業しているわけではないから直接指導できる時間が他の書生に比べて少ない。あなたには頑張ってほしいから予備校に通った方がいい。その資金は僕の方で用意する」
「そんな…!こんな言い方はおかしいかもしれませんが、無料で豪奢な屋敷に住ませてもらって…かつ、お忙しいのに医師になるために勉強を教えていただくのに、予備校に通うなんて…」
「いいんだよ。君は勉強を頑張ればいい。それよりも随分荷物が少ないんだね」

 この話はもう終わりだとでもいうように別の話題に移った。予備校の話は決定事項のようだ。
この口調だと既に手配をしているようだ。自分は何て恵まれているのだろう、と改めて思った。

 絢子は京一郎の目線を辿り、自分の真横に置かれた風呂敷を見る。
この中には最低限の衣類とあとはほぼ勉強道具が入っている。

「はい…最低限のものを…」
「そうですか。では着物などもそれ一着ですか?」
「はい。後は実家においてきました。元々沢山は持っておりませんので」
「…なるほど。わかりました」

京一郎の声に被るようにして「失礼します」と春の声が聞こえる。
彼女はお盆の上にお茶を二つ、丁寧に座卓の上に置いた。
そのままそっとこの場を去る彼女の所作があまりにも美しく見えて絢子は唾を呑んだ。

「さて、では絢子さんのお部屋を案内します。ちなみにここが僕の部屋です。あとこの屋敷は非常に広くて離れには弟が住んでいます」
「わかりました。後ほどご挨拶に伺います」
「いいんだよ。滅多にここまで来ないからね」

 お茶を数口飲むと、立ち上がる京一郎に続いた。確かに京一郎が言ったように非常に広い家だ。武家屋敷の様相だ。