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「おめでとうございます。さすがだ。一発で合格を決めるなんて」
「いえ、これも全部先生のお陰です」

　『田舎からきた少女は天才だった』と、このあたりでは有名になった。
試験もトップ成績を残すことが出来た絢子は今日をもって京一郎の家から去る。春からは医師になるのだ。

　そして、京一郎もまた来月には婚礼がある。

　ようやく胸を張って実家に帰れるのだ。

ちょうど強い風が吹いて木々が揺れる。ハーフに結っていた髪を押さえるように手を当て、目を細める。

清華家の前で深くお辞儀をした。

「お世話になりました。本当にありがとうございます」
「こちらこそありがとう」
「医師として初心を忘れず精進してまいります」
「君なら大丈夫だ。立派な医師になる。それに感謝しているのは僕の方だ。こんなに優秀な子が清華家から書生として難関試験に合格するなんて…鼻が高いよ」
「そう言っていただけて幸せです」

数秒間があった。
本当は、寂しくて辛くて悲しくてしょうがないのにその感情を封じる。
願わくば、生まれ変わりがあるのならば。
どうか彼とずっと一緒にいたい

「もう少しで桜が咲く」
「…」

　京一郎が遠くに目をやる。

「何年たっても春になれば桜が咲くだろう。その時に絢子を思い出すだろう」
「先生…」
「幸せになるんだよ。それを願っている」

　そう言うと、京一郎は着流しの袖からあるものを取り出した。
それは手紙だった。

「これは、」
「見ての通り手紙だ。本当に君は感情が顔に出やすいね」

絢子はそっとそれを受け取った。

「…ありがとうございました。立派な医師になります」

　そして背を向けると前を見据えてしっかりと歩き出した。
途中、ぽろぽろと涙が頬を伝って流れる。
絶対に後ろは振り返らなかった。涙を溢しながら手の中にある手紙を握りしめる。

何と書いてあるのだろう。

おそらくは、絶対にお互いが口に出来なかった言葉ではないだろうか。

　あの日以降、絢子は恋心を封じた。
少しでも辛くなればすぐに教科書を開き勉強に励んだ。

しかし最後の京一郎の言葉は…―

『本当に君は感情が顔に出やすいね』

　隠し通せてはいなかったのだろう。
ならば、この手紙はやはり読むべきではない。

読んでしまったら今すぐにでも彼に会いに行きたくなるだろう。
今すぐにでもその胸に飛び込んでしまうだろう。

　だからこれを読むときは、恋心と別れを告げた後だ。




　絢子は空を見上げた。
青く澄んだ空に白く細長い線状の跡が残っていた。

いつか、この手紙を開ける日は来るのだろうか。
いつか、この恋に本当の別れを告げることは出来るのだろうか。
そんな日は、来るのだろうか。

絢子の頬にもしっかりと涙の跡が残っていた。