紙の上を走る音で目を覚ます。また、今日も気づいたら眠っていたようで顔を上げればユウヒが絵を描いていた。
「あ、おきた? おはよう」
寝起きのぽやーっとした頭でユウヒの顔を見る。目はこちらへ向けず、イラストを描き続けていた。
「おはよ、ユウヒ」
「うん」
シャッシャッと線を引かれる音が、心地いい。頬杖をついてそのまま音だけに耳を澄ます。ユウヒは特に何も言わずに、変わらず絵を描いている。
まっすぐ私の方を見据えて。
瞳はとてもキラキラと輝いていて、楽しいという気持ちが全面に出てる。邪魔するのも嫌だから、黙ってユウヒの手の動きだけを見つめた。
どれくらい経っただろう。ユウヒの線を引く音が止まって顔を上げれば、目が合う。
「眠かったの?」
「うん」
「今日あんまり寝てないとか?」
「そーいうわけじゃない」
なんて、どうでも良いような言葉を交わす。なによりも何を描いていたのか、私の興味はそちらに惹かれていた。
「見して」
「え、やだ」
1秒も待たずに、むしろ被り気味に返された返答は拒絶。ユウヒだったら、自慢しそうだななんて予想が裏切られる。
無言で手を差し伸べれば、横に首を降る。
「だめ」
「なんで?」
「また今度でね」
曖昧に濁された返事に唇を尖らせる。寝ぼけて鈍った体を無理矢理に伸ばして、覗き込む。
「だーめ」
「なんでよー」
「完成したら見せるよ」
スケッチブックを胸に抱えて、1ミリもこちらには見せてくれない。
諦めて頷けば、ユウヒの頬は柔らかく緩む。
「また今度ちゃんと見せるから」
「じゃあ、約束」
小指を立てて差し出せば、細長い小指が絡められる。ぎゅっと強く握り合った小指で約束を誓う。守られなくてもいいと少しだけ思っていた。
「ユウヒ、絵とか描くんだね」
「意外?」
「うん、意外」
くくくっと唇を隠して、笑う姿はやっぱり綺麗。意外だったけれど、ユウヒはクリエイティヴな人だと思う。なんだか、しっくりきている。
「好きなんだよね、うまくはないけど」
「ほかに何できるの?」
「何って難しいな」
「お互いのそういうの知らないじゃん」
「たしかに」
自己紹介カードの九割は好きなもので埋まっていたし、そういう話題が上ったこともない。ただ変わらない日常を、平坦な日々をお菓子を食べながら語り合った。
「じゃあ、自己紹介カードも終わったし、気になる質問に答えてく?」
「あり!」
んーっと唇を小さく尖らせて、視線がぐるぐると色々なところへ飛ぶ。何か質問を考えてるのだろう。恋愛感情ではないけど、ユウヒの唇の尖った時にできる皺が何故かたまらなく好きだった。
「じゃあさ」
「うん」
「ゆりは休みの日は何してるの?」
出てきた質問に反射的にツッコミを入れてしまう。
「お見合いか!」
「真剣に考えたのに!」
「つい、ごめん」
私、休みの日どうやって過ごしてるっけ?
休みの日のタイムスケジュールを朝から思い返す。大体お昼頃起きて、ご飯食べて、ネットで動画を見て……思い返せば思い返すほど、ユウヒの質問に答えれそうなまともな行動はしていない気がする。
「ちなみに、ユウヒは何して過ごしてるの?」
悩んだ結果、ユウヒに話を振る。困ったように眉を顰めたのは、同じような生活だからなのだろうか。
「図書館とかいってるかなぁ。あとバイト」
「バイトしてるの?」
「うん、ファーストフード店」
ユウヒの化けて出る発言は、最初の数回だけで。最近は普通に答えてることに気づいてるんだろうか。
そこに深追いをするつもりも、この心地よい偽りの関係を止めるつもりもないけれど。
「ゆりはバイトとかしてないの?」
「してみたいけど、親がねぇ」
「禁止?」
「うん、心配性だから」
「愛されてるんだよ」
その言葉がちくんっと胸の奥に引っかかる。過保護と愛は、別物だと思う。でも、それを言葉に出した時のユウヒの表情がどこか儚げで。
「そうかもね」
曖昧な適当な言葉で濁す。肝心なところで踏み込む勇気は出ない。
「図書館は、私も時々行く」
「お、ほんと? じゃあ意外にすれ違ってるかもね」
「流石に気づくよ」
「あー、そっか」
そっかーという平坦な言葉にまた引っかかる。時々ユウヒの言葉は、含みがあって喉の奥にイガイガと引っかかってしまう。
「で、ユリのお休みは?」
絵を描く手は止めずに、ちらちらと視線を投げつけてくる。無遠慮に顔を眺めている視線も居心地悪くはなくて、どちらかと言えば清々しい。
「うーんこれといって」
「ぐーたらしてんの?」
「そうそう。だからそう言う質問困るかなぁって」
素直に言えば、プッとスケッチブックに隠れながらも笑い声が聞こえた。ユウヒの顔を隠してるスケッチブックが小刻みに揺れている。
「面と向かって笑ってよ」
「いやぁ、意外だなぁって。きっちり真面目ちゃんってイメージだったからさユリ」
「そう? ちゃらんぽらんだよちゃらんぽらん」
私の見ている"私"、と他人が見てる"私"に乖離があるのは面白い。でも、まぁ大体想定内。ユウヒは、気楽な友達だからこんな恥ずかしいところも隠しもせず見せているけど。他の人たちにはきっと、委員長タイプの真面目な女の子に見えているだろう。
恋愛について話さないから、特に。隠してる訳でもなく、人を好きになったことがないからなんだけど。
「なになに、何思い返してニヤニヤしてんの」
「え?」
「今、ほっぺたがふわーって緩んでたけど?」
わざとらしく私の頬を鉛筆で突きながら、ニヤニヤと覗き込んでくる。
「ユウヒとのお喋りは楽しいなぁと思って」
「それはどーも! 僕も楽しいよユリとのこの時間」
「それはよかった」
いつまで続くかも、何の保証もないこの関係は妙に居心地がいい。クラスメイトらしいユウヒと、クラスで会ったことがないのも理由かもしれない。
「ユリはさ、考えすぎ。気にしすぎななんじゃないの?」
「うーん、人付き合いってでも考えちゃわない?」
「まぁ、僕もそういう節あるから何とも言えないけど」
眉間の皺をぐいぐいと指で広げていけば、ぱああっと光が差すようにユウヒは笑う。笑った顔は綺麗で、私なんかよりユウヒの方が絵になりそうだ。
「ってか、友達いるの?」
「はあ? いるし。普通に」
「へぇ〜意外。どんな子?」
ユウヒの友達かぁ。あんまり想像がつかない。クラスで目立つバスケ部や、サッカー部のカースト一軍ではなさそう。
顔だけで言えば、ユウヒも整っているけど。ユウヒの性格的にうるさそうな元気そうなタイプとは、合わなさそう。
興味津々に机から乗り出せば、慌てたようにまたスケッチブックの影に隠れてしまう。
「あ、いや、いない。幽霊だから僕」
「都合が悪くなったらそれ!」
「クラスでも幽霊だから」
「なに、いじめられてるってこと?」
「そういうことじゃない! でも、僕はユリの前にしか化けて出られないから」
慌てて私の言及から逃れるユウヒの腕を掴む。都合の悪い時に逃げられるのは、なんだか気分が悪い。素直に私にだけ打ち明けてくれればいいのに。
掴んだユウヒの腕は異常に細くて、私よりも細い。
「ほっそいね、ユウヒ」
ぽつり、といえばユウヒの顔色は曇っていった。
「幽霊だから」
「また、都合いいなぁ」
笑って返せば、ユウヒの瞳がどんどん暗くなっていく。どうして、そんなに悲しそうな顔をするの。
「ユリは、やさしいね」
「急に何よ」
「ユリなら受け止めてくれるんじゃないかって、期待しちゃう」
ユウヒの言葉に、ごくりと生唾を飲み込む。なんだか、重要なことを言われる気がして目を逸らしてしまった。
「あ、おきた? おはよう」
寝起きのぽやーっとした頭でユウヒの顔を見る。目はこちらへ向けず、イラストを描き続けていた。
「おはよ、ユウヒ」
「うん」
シャッシャッと線を引かれる音が、心地いい。頬杖をついてそのまま音だけに耳を澄ます。ユウヒは特に何も言わずに、変わらず絵を描いている。
まっすぐ私の方を見据えて。
瞳はとてもキラキラと輝いていて、楽しいという気持ちが全面に出てる。邪魔するのも嫌だから、黙ってユウヒの手の動きだけを見つめた。
どれくらい経っただろう。ユウヒの線を引く音が止まって顔を上げれば、目が合う。
「眠かったの?」
「うん」
「今日あんまり寝てないとか?」
「そーいうわけじゃない」
なんて、どうでも良いような言葉を交わす。なによりも何を描いていたのか、私の興味はそちらに惹かれていた。
「見して」
「え、やだ」
1秒も待たずに、むしろ被り気味に返された返答は拒絶。ユウヒだったら、自慢しそうだななんて予想が裏切られる。
無言で手を差し伸べれば、横に首を降る。
「だめ」
「なんで?」
「また今度でね」
曖昧に濁された返事に唇を尖らせる。寝ぼけて鈍った体を無理矢理に伸ばして、覗き込む。
「だーめ」
「なんでよー」
「完成したら見せるよ」
スケッチブックを胸に抱えて、1ミリもこちらには見せてくれない。
諦めて頷けば、ユウヒの頬は柔らかく緩む。
「また今度ちゃんと見せるから」
「じゃあ、約束」
小指を立てて差し出せば、細長い小指が絡められる。ぎゅっと強く握り合った小指で約束を誓う。守られなくてもいいと少しだけ思っていた。
「ユウヒ、絵とか描くんだね」
「意外?」
「うん、意外」
くくくっと唇を隠して、笑う姿はやっぱり綺麗。意外だったけれど、ユウヒはクリエイティヴな人だと思う。なんだか、しっくりきている。
「好きなんだよね、うまくはないけど」
「ほかに何できるの?」
「何って難しいな」
「お互いのそういうの知らないじゃん」
「たしかに」
自己紹介カードの九割は好きなもので埋まっていたし、そういう話題が上ったこともない。ただ変わらない日常を、平坦な日々をお菓子を食べながら語り合った。
「じゃあ、自己紹介カードも終わったし、気になる質問に答えてく?」
「あり!」
んーっと唇を小さく尖らせて、視線がぐるぐると色々なところへ飛ぶ。何か質問を考えてるのだろう。恋愛感情ではないけど、ユウヒの唇の尖った時にできる皺が何故かたまらなく好きだった。
「じゃあさ」
「うん」
「ゆりは休みの日は何してるの?」
出てきた質問に反射的にツッコミを入れてしまう。
「お見合いか!」
「真剣に考えたのに!」
「つい、ごめん」
私、休みの日どうやって過ごしてるっけ?
休みの日のタイムスケジュールを朝から思い返す。大体お昼頃起きて、ご飯食べて、ネットで動画を見て……思い返せば思い返すほど、ユウヒの質問に答えれそうなまともな行動はしていない気がする。
「ちなみに、ユウヒは何して過ごしてるの?」
悩んだ結果、ユウヒに話を振る。困ったように眉を顰めたのは、同じような生活だからなのだろうか。
「図書館とかいってるかなぁ。あとバイト」
「バイトしてるの?」
「うん、ファーストフード店」
ユウヒの化けて出る発言は、最初の数回だけで。最近は普通に答えてることに気づいてるんだろうか。
そこに深追いをするつもりも、この心地よい偽りの関係を止めるつもりもないけれど。
「ゆりはバイトとかしてないの?」
「してみたいけど、親がねぇ」
「禁止?」
「うん、心配性だから」
「愛されてるんだよ」
その言葉がちくんっと胸の奥に引っかかる。過保護と愛は、別物だと思う。でも、それを言葉に出した時のユウヒの表情がどこか儚げで。
「そうかもね」
曖昧な適当な言葉で濁す。肝心なところで踏み込む勇気は出ない。
「図書館は、私も時々行く」
「お、ほんと? じゃあ意外にすれ違ってるかもね」
「流石に気づくよ」
「あー、そっか」
そっかーという平坦な言葉にまた引っかかる。時々ユウヒの言葉は、含みがあって喉の奥にイガイガと引っかかってしまう。
「で、ユリのお休みは?」
絵を描く手は止めずに、ちらちらと視線を投げつけてくる。無遠慮に顔を眺めている視線も居心地悪くはなくて、どちらかと言えば清々しい。
「うーんこれといって」
「ぐーたらしてんの?」
「そうそう。だからそう言う質問困るかなぁって」
素直に言えば、プッとスケッチブックに隠れながらも笑い声が聞こえた。ユウヒの顔を隠してるスケッチブックが小刻みに揺れている。
「面と向かって笑ってよ」
「いやぁ、意外だなぁって。きっちり真面目ちゃんってイメージだったからさユリ」
「そう? ちゃらんぽらんだよちゃらんぽらん」
私の見ている"私"、と他人が見てる"私"に乖離があるのは面白い。でも、まぁ大体想定内。ユウヒは、気楽な友達だからこんな恥ずかしいところも隠しもせず見せているけど。他の人たちにはきっと、委員長タイプの真面目な女の子に見えているだろう。
恋愛について話さないから、特に。隠してる訳でもなく、人を好きになったことがないからなんだけど。
「なになに、何思い返してニヤニヤしてんの」
「え?」
「今、ほっぺたがふわーって緩んでたけど?」
わざとらしく私の頬を鉛筆で突きながら、ニヤニヤと覗き込んでくる。
「ユウヒとのお喋りは楽しいなぁと思って」
「それはどーも! 僕も楽しいよユリとのこの時間」
「それはよかった」
いつまで続くかも、何の保証もないこの関係は妙に居心地がいい。クラスメイトらしいユウヒと、クラスで会ったことがないのも理由かもしれない。
「ユリはさ、考えすぎ。気にしすぎななんじゃないの?」
「うーん、人付き合いってでも考えちゃわない?」
「まぁ、僕もそういう節あるから何とも言えないけど」
眉間の皺をぐいぐいと指で広げていけば、ぱああっと光が差すようにユウヒは笑う。笑った顔は綺麗で、私なんかよりユウヒの方が絵になりそうだ。
「ってか、友達いるの?」
「はあ? いるし。普通に」
「へぇ〜意外。どんな子?」
ユウヒの友達かぁ。あんまり想像がつかない。クラスで目立つバスケ部や、サッカー部のカースト一軍ではなさそう。
顔だけで言えば、ユウヒも整っているけど。ユウヒの性格的にうるさそうな元気そうなタイプとは、合わなさそう。
興味津々に机から乗り出せば、慌てたようにまたスケッチブックの影に隠れてしまう。
「あ、いや、いない。幽霊だから僕」
「都合が悪くなったらそれ!」
「クラスでも幽霊だから」
「なに、いじめられてるってこと?」
「そういうことじゃない! でも、僕はユリの前にしか化けて出られないから」
慌てて私の言及から逃れるユウヒの腕を掴む。都合の悪い時に逃げられるのは、なんだか気分が悪い。素直に私にだけ打ち明けてくれればいいのに。
掴んだユウヒの腕は異常に細くて、私よりも細い。
「ほっそいね、ユウヒ」
ぽつり、といえばユウヒの顔色は曇っていった。
「幽霊だから」
「また、都合いいなぁ」
笑って返せば、ユウヒの瞳がどんどん暗くなっていく。どうして、そんなに悲しそうな顔をするの。
「ユリは、やさしいね」
「急に何よ」
「ユリなら受け止めてくれるんじゃないかって、期待しちゃう」
ユウヒの言葉に、ごくりと生唾を飲み込む。なんだか、重要なことを言われる気がして目を逸らしてしまった。