恐る恐る言葉にしてみる。

「男の子って、好きな人いるのが当たり前?」
「男の子も女の子も関係なく人によるでしょ、そんなん」

 あっけらかんと私の不安は一蹴される。ユウヒのこういうところが、多分一緒に過ごしててすごく楽なんだ。

「そっか、そーだよね」
「なにそれ」
「居ないって友達に言うとさ、隠してるとか言えない人なんだとか。言葉通りに受け取ってくれないんだよね」
「あー、分かるかも」
 うんうんと大きく頷きながら、ユウヒは唇を触っていた。薄い唇は、綺麗な形で目を奪われる。

「で、ユウヒは?」
「僕はね、失恋中」
「中?」
「うん、振られちゃったんだよねぇ。だから、新しい恋にまだ踏み出せてません」

 戯けたように両手をパラパラと振りながら、チョコレートを噛み砕く。噛み砕いたバキッという音まで、聞こえてきた。

「そっか。新しい恋できるといいね?」
「何で疑問系」
「私が今恋したいと思ってないから」

 意を決して言葉にした途端、私の言葉じゃないみたいだ。ごくりと唾を飲み干した音すら、心臓のどくんと脈打つ音すら聞こえてしまいそうなくらい静寂が私の耳に響く。

「そっかぁ、僕はしたいけど。ゆりはそうじゃないんだね」
「うん」
「僕はしたいから、その言葉でありがとうだよ」
「じゃあ、応援してるよ」
「ありがとう」

 至って普通の言葉のように、ユウヒが私の言葉を受け取って終了。緊張していた私が馬鹿みたいなくらいにあっさりと終わってしまった。

「あ、自己紹介カードの質問答えてなかった」
「好きな人の話に、完全に気が行っちゃってた」
「ね、僕はなんだろうな。水族館行って、お揃いのキーホルダーとか欲しい」

 両手を握りしめながら、祈るように言葉にしていく。美しくて絵画みたいで、ほんのちょっぴり羨ましい。
 少女漫画にはときめくし、好きになってみたいと思う。でも、好きという気持ちがいまいちわからない。

 ユウヒだって、一緒にいて楽しいし。優しいし。かっこいいし。綺麗だし。

 好きになってもおかしくないのに、友達としては好きでもこれは、恋ではない。断言できてしまう。

「何、そんなに見つめて好きになっちゃった?」
「ユウヒは友達だよ」
「あっそう」
「ねぇ、恋と友達の違いって何?」

 いつも一緒に過ごしてる友達にも聞けなかった質問を、ぶつけてみる。ユウヒは、笑いもせず、馬鹿にもせずうぅんと小さく唸ってから考え始めた。

「恋は、ドキドキして離したくないって思うかな」
「友達でも、取られたらやだなって思わない? 嫉妬しない?」
「あー、それもあるか。うーん」

 私の言葉に、もう一度唸りながら考え始める。真剣に向き合ってくれるユウヒだから、私は素直に言葉にできた。

「でもなんだろう。友達よりも独占したくなって、触れたくなる、かな」
「触れたくなるかぁ」

 机の上に乗ってるユウヒの手を握りしめてみる。うん、ドキドキもしない。でもすべすべしてて気持ちいい。

「ほら、こーやって手を繋ぎたいとか。キスしたりとかその先とか?」

 意地悪そうに微笑んで、左の口角だけ上げたユウヒの顔は悪役みたいだった。
「そっかぁ。まだ、ピンときてないな」
「まぁ、キスしてみたいって思ったら恋認定でいいんじゃない? キスも試してみる?」

 ユウヒが薄いぷるっとした唇を、長い人差し指でトントンっと叩きながら主張する。

「ないない。好きな人としなよ」
「だよな」
「誰にでもそんなことしてるの?」

 くすくすと笑い声を漏らしながら、告げればユウヒは心外そうに眉を顰めた。どんな顔をしても、綺麗だなと思ってしまう。

「ゆりちゃんならいいかなーって」
「好きでも無いのに?」
「好きだよゆりちゃん」
「友達として、ね」
「そうだな」

 ふふふっと2人で笑い合って、瞳がぶつかり合う。ときめかない。それが、今の真実。

「振られたからってやけになんないの」

 私の言葉は案外核心を突いていたようで、頬杖をついたユウヒの瞳が左右に揺れた。ユウヒだって本気で言っていたわけではないのは気づいていた。

「ゆりはさ、聡いよね。ほんと好きだよそう言うとこ」
「あの日、あそこにいたのがたまたま私だっただけで。私じゃなくても良かったんでしょ話し相手」

 これも最初から気づいていた。あの日、たまたま私は寝過ごしてしまって。あの日、たまたまユウヒは私を見つけた。

 あの日、あの場所に居たのが私じゃなくてもこの関係は多分始まっていた。

「ゆりじゃなきゃやだよ」
「それは、純粋に嬉しいな」
「こんなにも僕を受け入れてくれるのは、きっとゆりだからだと思うんだ」

 目を細めて笑う横顔が、綺麗だ。あの日、初めて会った時から思っていたこと。

 奥二重なところも、長いまつ毛も、そのシュッとした頬も。すごく、美しい。

「ありがと。化けて出させてくれて」
「いえいえ?」
「あと、余計な詮索しないでくれてありがとう」
「言いたくなったら、いつでも聞くけどね」

 聞く準備はできてる。化けて出てる理由とか、私の前にしか現れないって断言する理由とか。クラスメイトなのに、会ったことない理由とか。

「それは、おいおいね」
「言いたくなったらで、いいよ。無理には聞かない」
「そういうとこほんと好き」

 ぎゅーっと抱きしめるふりをして、笑う。ユウヒのだったら、最強になれる気がした。

「私もユウヒとの時間楽しくて好き」
「ありがと。来なくなったら、泣いちゃうからな」
「連絡先交換してないのも不便なんですけど」

 そう。私とユウヒは、口約束だけで毎回ここに来てる。

「急な用事とかさ」
「うーん」
「どうしてもダメなの?」
「わかった、メールアドレスだけ!」

 渋々と言った形でユウヒが紙に書き出したメールアドレスをスマホに打ち込んでいく。

「メールあんま使わないんだけどなぁ」
「ほら、僕幽霊だから」
「都合いいなぁ」
「ふふ、幽霊だからさ」