ユウヒと過ごす放課後が始まって、1週間。連絡先も交換することなく、授業中にも会うことはなく、放課後だけの2人の時間。
ユウヒをそれ以外で学校で見かけることはない。それもそっか。幽霊なんだもんね。
信じてるわけじゃないけど、何か理由があるんだと思う。
ユウヒの事を待ちながら、宿題を進める。今日の宿題はなかなか手強い。というか、私が苦手な数学だからやる気が起きない。
ガララッと騒がしい音を立てて、ユウヒが腕一杯に抱えたお菓子を見せつける。
「今日は、お菓子パーティーだよ!」
「物には触れれるんだね」
「化けてるから」
「もうその言い訳苦しくない?」
「本当に、死んでるんだよ。ゆりの前以外では」
ぐっと飲み込まれた涙がうっすらと見えてしまって、それ以上言葉にできない。私は、言葉の選択を間違ってしまったみたいだ。
ここまで、触れないように触れないように気をつけていたのに。
「そうだった! ごめんねユウヒ」
上目遣いがちにユウヒを見上げれば、うっすらとぼやけて見えていた涙は一応消えている。理由は分からないけど、ユウヒがウソをついてるようにも見えない。
でも、ユウヒに触れられるし、物も持てる。
「もう、いや?」
遠慮がちに出てきた言葉に、勢いよく首を横に振る。嫌じゃない。むしろ、この時間がずっと続けばいいのにと私は願っている。
ユウヒと話すのは楽しいし、何より気を遣わなくていいのがとても気楽だった。
なんでも話せてしまう。それは、多分、顔が見えないような。私の日常を知らないから来る安心感。
「やめたくないよ」
「僕も。だから、あんまり意地悪しないでね」
そう言って引っ張られた頬。触れる手は、本当に幽霊なんじゃないかと思うくらい冷たくて、でも生きてる気がするくらい柔らかい。
「ふふふ、お菓子パーティー早くしよ」
無理矢理にでも笑顔を張り付けて、机の上を片付け始める。ユウヒが持ってきたのは、スナック系とタッパー?
「手作り?」
「うん、ゆりがフルーツたっぷりのパウンドケーキ好きって言ってたから」
「え? 作ってくれたの?」
「うん」
飛び上がりそうな胸を押さえて、にこーと笑ってみせる。ユウヒの優しさが胸の奥に沁みる。
心配そうな表情でタッパーを見つめるユウヒ。
ガサゴソと鞄を漁って、私もタッパーを取り出す。
「実は私も……」
照れ隠しに笑えば、ユウヒの表情がぱぁああっと笑顔に変わる。
「え、何? なに作ってきてくれたの?」
ぱかっとタッパーを開けて、見せればユウヒの笑顔がますます輝きだす。
「マカロン! すげぇ」
以前、ユウヒがマカロンが好きだけど高いからそんなに食べれない。と落ち込んでいたのを思い出して、昨日作ってみた。
お菓子を作るのは好きだけど、マカロンはとても難しかった。うまく膨らんだのは、3回目の挑戦の時だった。
《《これ》》以外の失敗作は、弟や両親の胃の中に収まっている。あとは、今日のおやつ。
「めっちゃ綺麗、売り物みたい」
タッパーを持ち上げて、目をキラキラと輝かせるユウヒを見ていると作ってきてよかったなって気持ちが胸いっぱいに膨らむ。
「全部持って帰っていいよ」
「本当? めっちゃ嬉しい、このパウンドケーキも全部持って帰っていいよ。あ、でも、2人でまずは食べようぜ」
慌ただしくキョロキョロと動く目と、手がおかしくて笑いながら頷く。
2人で持ち寄ったお菓子を並べれば、机の上だけ別世界のようだった。
「お菓子食べきれないくらい持ってきたね」
「ゆりがいっぱい持ってきすぎなんだよ」
ポテトチップス、マカロン、パウンドケーキ、チョコレート、クッキーなど。色とりどりのお菓子は、キラキラと夕陽の光に照らされている。
「とりあえず、マカロンから」
遠慮なく掴み取ったユウヒが、マカロンを口に含む。刹那、本当に眩い光が放たれた気がした。
ユウヒの顔は満面の笑みになっていて、幸せそうにマカロンを咀嚼している。
「んまーい」
「よかった」
「ほんと、うまい。店のみたい」
ユウヒの言葉を聞きながら何度も失敗した甲斐があった。失敗作は、文句を言われながら弟やお母さんに食べてもらったけど。
あ、お父さんも何個か食べてくれた。
「人に食べさせるの初めてだからよかった」
「え? 俺が初めて? めっちゃ嬉しいんだけど」
私の言葉に嬉しそうに目を細めながら、次のマカロンをつまみ上げる。
「家族以外では、初めてだよ」
「やばい、甘いのとしょっぱいので永遠にとまんね」
サクサクと音を立てながらマカロン、ポテトチップスと延々と繰り返して食べている。ユウヒに負けじと、私もパウンドケーキに手を伸ばす。
「ん、美味しい! ドライフルーツごろごろだ」
「やった! ゆりが好きそうなドライフルーツいっぱい詰め込んだんだ」
私の事を思って作ってくれたと言う事実に、胸の奥がいっぱいになる。嬉しい。
きゅうんっと締め付けられた胸が、どくんっと強く脈打った。一切れ食べ切ってから、手を置く。
「そんなこと言われたら、もったいなくて食べれない」
パウンドケーキには、もう手を伸ばす勇気はなくてタッパーの蓋を閉める。
「これ、持って帰って大切に食べていい?」
胸に抱えるようにタッパーを持ち上げれば、ユウヒは声をあげて笑う。
「そこまで?」
「だって、私のために作ってくれたとか嬉しすぎて泣ける」
「そんなこと言ったら、俺だってマカロンこんなたくさん!」
ユウヒも抱き上げるようにマカロンの入ったタッパーを持ち上げて頬擦りする。その様を見ていれば、なんだか異様な雰囲気で私も声をあげて笑ってしまった。
「それは、言い過ぎか」
「嬉しく思ってくれるのは、嬉しいよ」
「私も、ユウヒのために作ったからそんなに喜んでもらえるのは嬉しい」
「じゃあ、各々作ってきたのは、もちかえろっか。市販のお菓子をつまみながら今日の答え合わせしようよ」
自己紹介カードは、大体1日に2つ答え合わせをしていた。今日でもう、12個目。今日のカードを引こうと残りの8枚から1枚引き出す。
ユウヒも私を見つめながら1枚山から引いた。
「じゃあ、せーので見せ合お」
「うん」
「せーの」
パッとめくった紙に書かれた質問は、「好きな食べ物」と「付き合ったらしてみたいこと」だった。私が苦し紛れに書いた質問に、頭を捻る。
自分自身の答えなんて用意してなかった。ユウヒは、質問を見ながらくすくすと笑っている。
「好きなお菓子の話したばっかじゃん」
「ね、好きなシリーズ多いね」
「2人して好きな○○何個も書いてたんだね」
ユウヒの言葉に、頷く。私はお菓子と書いて、ユウヒは食べ物と書いていたらしい。それ以外にも好きな音楽、好きなタイプ、好きな授業。《《好きな》》と枕詞の付く質問カードばかりだった。
「でも、食べ物は答えやすいな。じゃあ、俺から」
「いいよ、どーぞ」
「からあげ」
「ぷっ」
「笑った!」
ユウヒの細い体からは、想像できない食べ物に驚きと可笑しさが込み上げてしまった。つい漏れた笑い声に、キッと目を細めてユウヒが睨みつける。
睨みつけた姿すら、綺麗だった。
「ごめん、意外だったから」
「人の好きなもの笑うのはよくないよ」
ユウヒの真剣な表情に、笑ってしまったことが申し訳なくなる。
「ごめん」
真剣に謝れば、怒っていた表情がすぐにふわっと緩められる。
「いや、おとなげなかったごめん」
「私が笑っちゃったから」
「まぁ、どんな人でも好きなこと笑うのは、ほら気持ちがいいものじゃないから」
ユウヒの言葉も、とてもわかる。好きなものを誰だって馬鹿にされたくない。本当に申し訳なくて、もう一度きちんと謝る。
「笑っちゃってごめんなさい。馬鹿にしたわけではなかったけど、嫌な気持ちにさせたよね」
「そんなに謝らせたかったわけじゃないんだ」
「ううん、ユウヒとこうやって過ごすうちにユウヒなら何でも許してくれるから甘えてたみたい。本当にごめんね」
頭を下げれば、ユウヒの細く長い指が髪の毛をさらりとさらった。
「いいって、顔あげて。で、ユリの好きなたべものは?」
けろりと笑った表情に、安堵のため息を漏らす。心地よいこの時間を失いたくはなかった。
「あんまり、ないかも」
カリカリとポテチを齧るユウヒを確認しながら、机の上で手を組んで考え込む。
お母さんのハンバーグもカレーも、煮魚も全部好き。これと言ってどれかひとつだけ、好きな食べ物ってこともない。
好き嫌いもなくここまで成長したのは、ひとえにお母さんの料理上手のおかげだと思う。
私のふわふわとした回答が、ユウヒにはしっくりこなかったらしい。眉間に皺を寄せて、もぐもぐとポテチを噛み砕く歯は動かしたまま首を捻ってる。
「特別な日に食べたいのは?」
「うーん……お母さんのご飯なんでも美味しいからなぁ」
私の呟きに、ごくりと咀嚼していたお菓子を飲み干して喉をトントン叩いている。慌てたように出てきた言葉は、意外なものだった。
「あ、好きな食べ物がないんじゃなくて、全部好きってこと?」
「そういう意味だったけど伝わってなかった?」
「何だ、それならいいんだ。幸せな家なんだね」
ふんわりと綺麗に笑ったユウヒの瞳は、明らかに悲しみで縁取られている。でも、そこに踏み込むのはタブーってわかってるから何も聞けない。
ユウヒは私と2人で話していても、時々こうやって物思いに耽ってしまう。綺麗な横顔を夕陽に照らされたまま。
「ユウヒ?」
声をかければ、いつも決まって作り笑顔。瞳は悲しみで縁取られたままなのに、口角だけが綺麗に上がる。
その作り笑顔は、痛々しくて。でも、それでいてため息が出そうなくらい美しいから、私は何も言えない。
「付き合ったらやりたいことだよ! 次の質問」
あえて深追いはせずに、気にしていないフリをしてチョコをひとつ齧る。口の中で広がった甘さが、ユウヒの苦さを緩和してくれる気さえしてくる。
「えー、次はさゆりから答えてよ」
チョコレートを口の中で溶かしながら、ユウヒの答えを待っていた。けれど、出てきたのは答えではなくバトンタッチの言葉。
もう一つチョコレートを取り出して、口の中へ放り投げる。考え込む私を見ながらユウヒもチョコレートを口に放り込んでいた。
「映画館デートかな」
「映画好きなの?」
「映画というか、あの暗い中で手を繋いでるのいいな、みたいな?」
というか、少女漫画とかで定番だから思いついただけなのだけど。付き合うということが、いまいち想像付かない。
「好みのタイプの時もあやふやだったけどさ、ゆりって好きな人いないの?」
「自己紹介カード以外の質問するの?」
「だめ?」
机にぐでっと伸び切ったユウヒが見上げてくるから、必然的に上目遣いになっている。女の私が悔しくなるくらい綺麗で可愛い。
「どうせ、書いてないでしょそんな質問」
ふふふっと笑って下がった眉毛がますます可愛さに拍車を掛けてる。伸びたままチョコレートをぽいっとまた口に放り投げて、口の中で転がす。
「お行儀悪いよ」
「僕とゆりだけだからいいじゃん」
「まぁ、別にいいんだけど」
「で、その質問書いたの?」
「書いてないよ」
書いてない。というか、全く思いつきもしなかった。
「じゃあ、答えてよ。僕もいうからさ」
「秘密じゃダメ?」
「僕にも言えない?」
ユウヒにも言えない……と言うわけではない。いないから言えないだけで。いや、いないって一言言えば良いだけなんだろうけど。
言いづらい。大体こう言う時に、「いない」って答えたら隠してる認定されてなおさらしつこく聞かれる。
「私の答えて信じてくれる?」
ポテチをパリパリと噛み砕きながら、告げればユウヒの目が輝きだす。急に光が灯ったように、キランっと漫画じゃないけど輝いたように見えた。
「うんうん、僕とゆりの仲じゃん。信じてよ」
ぐでーっと先ほどまで机の上で伸びていたのに、今は体を乗り出して近づいてきている。恋バナが好きなんだろうな、多分。
期待には答えられないけど。
「いない」
「じゃあ何でもったいぶったの?」
乗り出していた体を戻しながら、ユウヒが心の底から不思議そうに首を傾げる。男の子ってどうなんだろう。
ユウヒをそれ以外で学校で見かけることはない。それもそっか。幽霊なんだもんね。
信じてるわけじゃないけど、何か理由があるんだと思う。
ユウヒの事を待ちながら、宿題を進める。今日の宿題はなかなか手強い。というか、私が苦手な数学だからやる気が起きない。
ガララッと騒がしい音を立てて、ユウヒが腕一杯に抱えたお菓子を見せつける。
「今日は、お菓子パーティーだよ!」
「物には触れれるんだね」
「化けてるから」
「もうその言い訳苦しくない?」
「本当に、死んでるんだよ。ゆりの前以外では」
ぐっと飲み込まれた涙がうっすらと見えてしまって、それ以上言葉にできない。私は、言葉の選択を間違ってしまったみたいだ。
ここまで、触れないように触れないように気をつけていたのに。
「そうだった! ごめんねユウヒ」
上目遣いがちにユウヒを見上げれば、うっすらとぼやけて見えていた涙は一応消えている。理由は分からないけど、ユウヒがウソをついてるようにも見えない。
でも、ユウヒに触れられるし、物も持てる。
「もう、いや?」
遠慮がちに出てきた言葉に、勢いよく首を横に振る。嫌じゃない。むしろ、この時間がずっと続けばいいのにと私は願っている。
ユウヒと話すのは楽しいし、何より気を遣わなくていいのがとても気楽だった。
なんでも話せてしまう。それは、多分、顔が見えないような。私の日常を知らないから来る安心感。
「やめたくないよ」
「僕も。だから、あんまり意地悪しないでね」
そう言って引っ張られた頬。触れる手は、本当に幽霊なんじゃないかと思うくらい冷たくて、でも生きてる気がするくらい柔らかい。
「ふふふ、お菓子パーティー早くしよ」
無理矢理にでも笑顔を張り付けて、机の上を片付け始める。ユウヒが持ってきたのは、スナック系とタッパー?
「手作り?」
「うん、ゆりがフルーツたっぷりのパウンドケーキ好きって言ってたから」
「え? 作ってくれたの?」
「うん」
飛び上がりそうな胸を押さえて、にこーと笑ってみせる。ユウヒの優しさが胸の奥に沁みる。
心配そうな表情でタッパーを見つめるユウヒ。
ガサゴソと鞄を漁って、私もタッパーを取り出す。
「実は私も……」
照れ隠しに笑えば、ユウヒの表情がぱぁああっと笑顔に変わる。
「え、何? なに作ってきてくれたの?」
ぱかっとタッパーを開けて、見せればユウヒの笑顔がますます輝きだす。
「マカロン! すげぇ」
以前、ユウヒがマカロンが好きだけど高いからそんなに食べれない。と落ち込んでいたのを思い出して、昨日作ってみた。
お菓子を作るのは好きだけど、マカロンはとても難しかった。うまく膨らんだのは、3回目の挑戦の時だった。
《《これ》》以外の失敗作は、弟や両親の胃の中に収まっている。あとは、今日のおやつ。
「めっちゃ綺麗、売り物みたい」
タッパーを持ち上げて、目をキラキラと輝かせるユウヒを見ていると作ってきてよかったなって気持ちが胸いっぱいに膨らむ。
「全部持って帰っていいよ」
「本当? めっちゃ嬉しい、このパウンドケーキも全部持って帰っていいよ。あ、でも、2人でまずは食べようぜ」
慌ただしくキョロキョロと動く目と、手がおかしくて笑いながら頷く。
2人で持ち寄ったお菓子を並べれば、机の上だけ別世界のようだった。
「お菓子食べきれないくらい持ってきたね」
「ゆりがいっぱい持ってきすぎなんだよ」
ポテトチップス、マカロン、パウンドケーキ、チョコレート、クッキーなど。色とりどりのお菓子は、キラキラと夕陽の光に照らされている。
「とりあえず、マカロンから」
遠慮なく掴み取ったユウヒが、マカロンを口に含む。刹那、本当に眩い光が放たれた気がした。
ユウヒの顔は満面の笑みになっていて、幸せそうにマカロンを咀嚼している。
「んまーい」
「よかった」
「ほんと、うまい。店のみたい」
ユウヒの言葉を聞きながら何度も失敗した甲斐があった。失敗作は、文句を言われながら弟やお母さんに食べてもらったけど。
あ、お父さんも何個か食べてくれた。
「人に食べさせるの初めてだからよかった」
「え? 俺が初めて? めっちゃ嬉しいんだけど」
私の言葉に嬉しそうに目を細めながら、次のマカロンをつまみ上げる。
「家族以外では、初めてだよ」
「やばい、甘いのとしょっぱいので永遠にとまんね」
サクサクと音を立てながらマカロン、ポテトチップスと延々と繰り返して食べている。ユウヒに負けじと、私もパウンドケーキに手を伸ばす。
「ん、美味しい! ドライフルーツごろごろだ」
「やった! ゆりが好きそうなドライフルーツいっぱい詰め込んだんだ」
私の事を思って作ってくれたと言う事実に、胸の奥がいっぱいになる。嬉しい。
きゅうんっと締め付けられた胸が、どくんっと強く脈打った。一切れ食べ切ってから、手を置く。
「そんなこと言われたら、もったいなくて食べれない」
パウンドケーキには、もう手を伸ばす勇気はなくてタッパーの蓋を閉める。
「これ、持って帰って大切に食べていい?」
胸に抱えるようにタッパーを持ち上げれば、ユウヒは声をあげて笑う。
「そこまで?」
「だって、私のために作ってくれたとか嬉しすぎて泣ける」
「そんなこと言ったら、俺だってマカロンこんなたくさん!」
ユウヒも抱き上げるようにマカロンの入ったタッパーを持ち上げて頬擦りする。その様を見ていれば、なんだか異様な雰囲気で私も声をあげて笑ってしまった。
「それは、言い過ぎか」
「嬉しく思ってくれるのは、嬉しいよ」
「私も、ユウヒのために作ったからそんなに喜んでもらえるのは嬉しい」
「じゃあ、各々作ってきたのは、もちかえろっか。市販のお菓子をつまみながら今日の答え合わせしようよ」
自己紹介カードは、大体1日に2つ答え合わせをしていた。今日でもう、12個目。今日のカードを引こうと残りの8枚から1枚引き出す。
ユウヒも私を見つめながら1枚山から引いた。
「じゃあ、せーので見せ合お」
「うん」
「せーの」
パッとめくった紙に書かれた質問は、「好きな食べ物」と「付き合ったらしてみたいこと」だった。私が苦し紛れに書いた質問に、頭を捻る。
自分自身の答えなんて用意してなかった。ユウヒは、質問を見ながらくすくすと笑っている。
「好きなお菓子の話したばっかじゃん」
「ね、好きなシリーズ多いね」
「2人して好きな○○何個も書いてたんだね」
ユウヒの言葉に、頷く。私はお菓子と書いて、ユウヒは食べ物と書いていたらしい。それ以外にも好きな音楽、好きなタイプ、好きな授業。《《好きな》》と枕詞の付く質問カードばかりだった。
「でも、食べ物は答えやすいな。じゃあ、俺から」
「いいよ、どーぞ」
「からあげ」
「ぷっ」
「笑った!」
ユウヒの細い体からは、想像できない食べ物に驚きと可笑しさが込み上げてしまった。つい漏れた笑い声に、キッと目を細めてユウヒが睨みつける。
睨みつけた姿すら、綺麗だった。
「ごめん、意外だったから」
「人の好きなもの笑うのはよくないよ」
ユウヒの真剣な表情に、笑ってしまったことが申し訳なくなる。
「ごめん」
真剣に謝れば、怒っていた表情がすぐにふわっと緩められる。
「いや、おとなげなかったごめん」
「私が笑っちゃったから」
「まぁ、どんな人でも好きなこと笑うのは、ほら気持ちがいいものじゃないから」
ユウヒの言葉も、とてもわかる。好きなものを誰だって馬鹿にされたくない。本当に申し訳なくて、もう一度きちんと謝る。
「笑っちゃってごめんなさい。馬鹿にしたわけではなかったけど、嫌な気持ちにさせたよね」
「そんなに謝らせたかったわけじゃないんだ」
「ううん、ユウヒとこうやって過ごすうちにユウヒなら何でも許してくれるから甘えてたみたい。本当にごめんね」
頭を下げれば、ユウヒの細く長い指が髪の毛をさらりとさらった。
「いいって、顔あげて。で、ユリの好きなたべものは?」
けろりと笑った表情に、安堵のため息を漏らす。心地よいこの時間を失いたくはなかった。
「あんまり、ないかも」
カリカリとポテチを齧るユウヒを確認しながら、机の上で手を組んで考え込む。
お母さんのハンバーグもカレーも、煮魚も全部好き。これと言ってどれかひとつだけ、好きな食べ物ってこともない。
好き嫌いもなくここまで成長したのは、ひとえにお母さんの料理上手のおかげだと思う。
私のふわふわとした回答が、ユウヒにはしっくりこなかったらしい。眉間に皺を寄せて、もぐもぐとポテチを噛み砕く歯は動かしたまま首を捻ってる。
「特別な日に食べたいのは?」
「うーん……お母さんのご飯なんでも美味しいからなぁ」
私の呟きに、ごくりと咀嚼していたお菓子を飲み干して喉をトントン叩いている。慌てたように出てきた言葉は、意外なものだった。
「あ、好きな食べ物がないんじゃなくて、全部好きってこと?」
「そういう意味だったけど伝わってなかった?」
「何だ、それならいいんだ。幸せな家なんだね」
ふんわりと綺麗に笑ったユウヒの瞳は、明らかに悲しみで縁取られている。でも、そこに踏み込むのはタブーってわかってるから何も聞けない。
ユウヒは私と2人で話していても、時々こうやって物思いに耽ってしまう。綺麗な横顔を夕陽に照らされたまま。
「ユウヒ?」
声をかければ、いつも決まって作り笑顔。瞳は悲しみで縁取られたままなのに、口角だけが綺麗に上がる。
その作り笑顔は、痛々しくて。でも、それでいてため息が出そうなくらい美しいから、私は何も言えない。
「付き合ったらやりたいことだよ! 次の質問」
あえて深追いはせずに、気にしていないフリをしてチョコをひとつ齧る。口の中で広がった甘さが、ユウヒの苦さを緩和してくれる気さえしてくる。
「えー、次はさゆりから答えてよ」
チョコレートを口の中で溶かしながら、ユウヒの答えを待っていた。けれど、出てきたのは答えではなくバトンタッチの言葉。
もう一つチョコレートを取り出して、口の中へ放り投げる。考え込む私を見ながらユウヒもチョコレートを口に放り込んでいた。
「映画館デートかな」
「映画好きなの?」
「映画というか、あの暗い中で手を繋いでるのいいな、みたいな?」
というか、少女漫画とかで定番だから思いついただけなのだけど。付き合うということが、いまいち想像付かない。
「好みのタイプの時もあやふやだったけどさ、ゆりって好きな人いないの?」
「自己紹介カード以外の質問するの?」
「だめ?」
机にぐでっと伸び切ったユウヒが見上げてくるから、必然的に上目遣いになっている。女の私が悔しくなるくらい綺麗で可愛い。
「どうせ、書いてないでしょそんな質問」
ふふふっと笑って下がった眉毛がますます可愛さに拍車を掛けてる。伸びたままチョコレートをぽいっとまた口に放り投げて、口の中で転がす。
「お行儀悪いよ」
「僕とゆりだけだからいいじゃん」
「まぁ、別にいいんだけど」
「で、その質問書いたの?」
「書いてないよ」
書いてない。というか、全く思いつきもしなかった。
「じゃあ、答えてよ。僕もいうからさ」
「秘密じゃダメ?」
「僕にも言えない?」
ユウヒにも言えない……と言うわけではない。いないから言えないだけで。いや、いないって一言言えば良いだけなんだろうけど。
言いづらい。大体こう言う時に、「いない」って答えたら隠してる認定されてなおさらしつこく聞かれる。
「私の答えて信じてくれる?」
ポテチをパリパリと噛み砕きながら、告げればユウヒの目が輝きだす。急に光が灯ったように、キランっと漫画じゃないけど輝いたように見えた。
「うんうん、僕とゆりの仲じゃん。信じてよ」
ぐでーっと先ほどまで机の上で伸びていたのに、今は体を乗り出して近づいてきている。恋バナが好きなんだろうな、多分。
期待には答えられないけど。
「いない」
「じゃあ何でもったいぶったの?」
乗り出していた体を戻しながら、ユウヒが心の底から不思議そうに首を傾げる。男の子ってどうなんだろう。