夕陽が空を紫色に染め上げる。そんな空を見上げながら、化けて出る予定のユウヒを待つ。今日はどんな話をしようか。私も考えてきた。

 ユウヒは、お化けらしくなく扉をガララッと開けて颯爽と教室に入ってきた。

「おはよう」
「もう夕方だけどね」
「ふふ、それでも僕らが会ったのは今日の中で今が初めてだからおはようでいいんだよ」

 とんでも理論だけど、腑に落ちて頷く。私の前の席にユウヒが腰を下ろしたのを見て、ユウヒの手を握る。

「感触がある」
「もう死んでるけどね」
「本当なの?」

 それが、事実でも、ただの冗談でも、そういう設定でもどうだってよかった。つまらない変化のない日常の中で、ほんのり掛かったスパイスの味に私はハマってきている。

「そう、今日の朝死んだ。でも、学校でこの時間だけ、ゆりの前でだけ僕は生き返れる」

 ユウヒの真剣な目に、騙されてしまいそうになる。ううん、騙されてもいいやと思っていた。

「まずはさ、お互いのことを知っていこうよ」
「それは、昨日するべきだったんじゃない?」
「うん、そうかもしれないけどさ。この秘密の時間を2人で過ごすんだからゆりのことが知りたい」

 うぅんと小さく唸ってから、頷く。お互いのことを知るのには、何がいいんだろうか。

 考えていればユウヒは、カバンの中をガサゴソと漁り始める。取り出したのは、手作りのような厚紙のカード。

「じゃじゃーんこれ」
「なに?」
「自己紹介カード。知りたいこといっぱい書いてきた。あとこれは、白紙のカード」

 10枚ほどの白紙のカードを、渡される。次に渡されたのは、色とりどりのペンだった。

「ゆりもさ、知りたいこと書いて。で、シャッフルしてお互い引いていこう。そこに書いてあった質問に、ひとつずつ答えていくのどう?」

 ユウヒの提案はとても面白そうで、ワクワクと胸の奥が高鳴る。

「楽しそう、やろ! じゃあ、書くから待っててね」
「おう」

 ピンク色のペンを取って、一文字書き出そうとする。ユウヒが私の頭越しに覗き込んでくる。

「見たら楽しくないじゃん! 背中向けて」
「えー」
「ユウヒも楽しくないよ。先に質問知ってたら」
「確かに!」

 大人しく後ろを向いて、イヤホンを耳にはめる。ユウヒがこっそり見ていないかを確認しながら10枚の白紙を埋めていく。

 書き終わってひっくり返して文字を隠してから、ユウヒの背中を突く。

 ふと、思い立って背中に文字を書く。「で」きたと書こうとしたのに、での1番最初でユウヒが振り返ってしまった。

「背中に文字書こうとしたのに!」
「放課後の時間だって長くないんだから、早くやろう」

 慌てたような反応に、笑ってしまう。背中弱点だったのかな?

「じゃあ、俺がシャッフルするから」
「僕って言ってたのに」
「あ……」
「いいよ、俺っていいなよ」
「うん」

 一人称なんて些細なことなのに、申し訳なさそうな顔をして頷く。ユウヒは時々変だ。

 いや、そもそも出会いから変だったし、一貫して変な人だった。そうだったそうだった。

「何1人で物思いに耽ってんの?」
「ん? いやなんでもない」
「気になるなぁ、ほら引くよ」

 私たちの間には、カードの山が3つほど。どこから取るか迷いながら、とりあえず1番私に近いのを引く。

「せーのでひっくり返そう」
「うん、いいよ」
「せーの」

 パンっと2人でひっくり返したカードに書かれていた質問。

「どんな人が好みですか?」
「好きな音楽は何?」

 私が書いた質問と、ユウヒが書いた質問。
 ユウヒがううーんと、考え込み始めたのを見つめながら時計をチラリと確認する。私たちの秘密の放課後は、18時30分までの短い時間だ。

「考える時間決めないと、終わらないよ」
「いいじゃん別に、明日も明後日もやるんだし」
「いつまで続くの?」

 素直な疑問を口にすれば、ユウヒは考えていなかったと言わんばかりの顔をする。「あ」の形に固まった口が、可笑しい。くすくすと笑い声を上げれば、固まった口がふにゃりと動き出す。

「考えてなかったんだ」
「ゆりが嫌になるまで?」
「嫌になったら来ないからね」

 嫌になることが想像できなかったけど、ちょっとした出来心でユウヒをいじめてみる。

「そしたら、僕は1人寂しく浮遊霊になって探しに行こうか」
「学校にこの時間しか出れないんじゃないの?」
「嘘嘘。嫌になったら来なくていいよ」

 下がった眉毛になんとも言えない気持ちになってしまった。

「僕はさ、ゆりの前にしか出れないから」

 ぽつりと呟かれた言葉に、胸の奥が痛む。まだ出会って2日目なのにどうして私の前にだけ現れてくれるんだろう。

 この自称幽霊さんは。

「とりあえず、質問答えようよ」

 そう提案すれば、両手で10をユウヒが表す。10分ちょうだいってことかと思って頷く。

 10分はとても、とても短かった。あっという間に過ぎ去ってしまった。10分じゃなくて、10秒だったから。

「じゃあ、好みの人の方から」
「え、もういいの?」
「ん? 10秒くらい経ったでしょ」
「そっちか!」
「何が何が?」

 困惑した表情のユウヒを放っておいて、なんだか恥ずかしさが胸の奥から込み上げてくる。赤く染まった顔を夕陽のせいにして、笑って誤魔化す。

「10分だと思ってたってこと?」
「う、うん」
「ぷっ」

 明らかに笑い出した音と、プルプル揺れる唇。手で隠しているけど、笑っているのは見え見えだ。

「だって、ユウヒが悩んでたから」
「さすがに、10分も悩まねーよ」
「いいよいいよ、はい答えて!」

 強制的に話を切り替えて質問の答えを促す。

「いいよ、ゆりから教えてよ」
「えー」
「ほら、ゆりちゃんどーぞ」

 わざとらしい言い方に、言いづらくなる。なんだか、今更すごく恥ずかしい。

「えっと、優しくて」
「ほうほう」
「面白い」
「へー、具体的じゃないなぁ」
「なにそれ」
 顎に手を当てながら、うーんっと唸ってからいい笑顔を見せる。唇の隙間から見えた歯が、白くて眩い。

「やり直し」
「なにそれ」
「もっと具体的に教えてよ。どんな見た目で、優しいってどんなとこ?」
「わかったわかった! じゃあ、お手本お願いしまーす」

 ユウヒとのやりとりは、とても気が楽で楽しい。まだ出会って1日。話すようになってからで数えたら、数時間。それでも、昔からの知り合いのように話せてしまうのは、多分ユウヒの明るい人柄のおかげだ。

「僕? 僕はね、ロングが似合ってそれでいて、僕のことを認めてくれる人」
「待ってユウヒも全然具体的じゃない」
「ロングが似合うって具体的だろ!」
「それはね、それは! 認めてくれるって例えばどういうとこ?」

 先程の仕返しのように、矢継ぎ早に聞き出そうとすればユウヒの耳まで真っ赤に染まる。夕陽の色じゃなくて、それはユウヒの肌の色。

「えっと、ほら。変な趣味とか、変なこと言っても、ユウヒはユウヒだよみたいな」
「包容力がある感じかな」
「尚更あいまいになってない? それ」

「だって、あんま想像つかない!」
「例えば、にんじん食べれなくてもいいよって言ってほしい」

 出てきた例に、次は私が笑ってしまう番だった。悪いと思いつつも口を押さえて大声で笑う。

「にんじん食べれないの?」
「悪いかよー!」
「高校生にもなって?」

 ユウヒの真っ赤に染まった顔は、肌色に戻ることはなく相変わらず真っ赤だ。耳まで、熱を持ってるように赤く染め上げれている。

「恥ずかしいからやめろよ! ほら、ゆりの具体的なの言って」
「えー、私だけに優しい人がいい。重たいもの持ってくれるとか」
「あー、ありがちだね」
「ありがちって言い方やめてよ」

 ツンっとしながら、ユウヒの手をつねり上げる。確かな感触がそこにある。化けて出るというのは、私が担がれてるのかもしれない。

 罰ゲームか何か、で。

 それでも、どうだっていいくらいこの時間は楽しかった。ユウヒのニヒルに笑った口角が、目に入って心臓がとくんと強く脈打つ。

 慌てて話題を買えるように、呟く。

「次の質問もう行こ!」
「えー! やだ。まだ好きな人の話聞きたい。ってか、今彼氏とかいるの? いないか、いたら……」

 畳みかけるような質問に、つい吹き出してしまう。
「ぷっ」
「なに」
「ユウヒは、おしゃべりだなぁと思って」

 お腹を抱えてくすくすと笑えば、次はユウヒが拗ねる。ぷくーっと膨らんでいくほっぺたは、もちもちとしていて可愛い。

 つんっと風船を破裂させるように軽く突けば、ぺしゃんと潰れる頬。

「で、彼氏は?」
「いないよ。ユウヒは?」
「僕はいないよ」
「一緒じゃん」
「ね、ね、付き合うならどういう人がいい? 好きな人と一緒?」

 嬉しそうに頬を緩ませながら、次から次へと質問を投げてくるユウヒを見つめる。綺麗な顔に、可愛らしい行動。

「ユウヒは、いいなぁー」
「何急に?」
「積極性? っていうの? 私は持ち合わせてないからさ」
「そう?」

 私の言葉に、ユウヒは首を捻って小さく唸る。明るさ、積極性、それにこんな綺麗な顔。で、行動は可愛いときた。さぞモテることだろう。

「ユウヒは、モテるんじゃない?」

そう言い始めてから、慌てて言葉を止める。ユウヒは、そういえばもう死んでるんだった。

「あっ……」
「モテてたよ。中身の見ないスカスカの僕の外側だけ」

 投げやりに言った言葉が、ちくんと胸を突き刺す。悲しそうな下がった目じりと、慌てて無理矢理上げられた口角がアンバランスだ。

「無理しなくていいよ」
「僕の事好きなの?」

 急な言葉に、ぽかんと口が開く。ユウヒは、悪戯っぽく笑ってその頬が夕陽に照らされて赤く染まってるように見える。

「なんでそーなんの!」
「包容力を見せつけてきたから?」
「まだ知り合って1日だけど」

 ツンっと突き放せば、慌てた表情に変わるユウヒ。1人でさっきからコロコロと表情が変わるところは、とても可愛い。

 綺麗で神秘的な顔が、可愛く見えてくる。

「うそうそ、嫌いになんないで」
「冗談だって」
「分かってたけどさー」

 ほっと落とした肩を見て、またくすくすと笑う。

「ユウヒ面白いね」
「ゆりこそ」
「ふふふ、授業とかもユウヒと一緒に受けれたらいいのに」

 ぽつんと浮かんだ私の願望は、その場に取り残されてユウヒからの返答は返ってこなかった。その時のユウヒの表情は、痛々しく見えて、私の心の中に棘を残す。

 チクチクと傷み始めた胸から、痛みが徐々に広がっていく感覚。