差し込む夕焼けの眩しさに目を覚まさせられた私の目の前には、美しい横顔があった。

「え」

 寝起きのよくわからない頭でも、知らない人だと言うことはわかる。警戒しながら、横顔を覗き込めば息を呑みそうなくらい整った綺麗な顔。

「気持ちよさそうに寝てたからつい見ちゃった。おはよう」
「おはよう?」

 はにかんだように笑った笑顔に、胸の奥がツンっとした。夕陽は容赦なく目の前の彼の黒髪を照らしていて、陽の光が当たってるところには天使の輪ができていた。

「はじめまして?」

 戸惑いながらも挨拶をすれば、目を丸くする彼。

「あぁ、そっか。はじめまして」
「どなたですか?」
「君のクラスメイトだよ」

 首を傾げて考える。自慢じゃないが、クラスメイトの名前と顔くらい覚えている。このクラスになってもう半年も経ったんだ。からかわれてるのかと思って、口を開こうとすれば少し寂しそうな笑顔。

「お名前は?」
「そうだな……知らない方がいいと思うよ」
「どうして?」

 すぅっと息を吸い込んだ唇が、やけに生々しくて。瞳が奪われてしまう。

「《《明日には、僕は死ぬから》》」

 本気なのか、冗談なのかわからない言葉に、眉毛が下がっていくのが自分でもわかった。

 とても、困惑している。

「はは、そんな顔しないでよ。可愛い顔が台無しだよ」
「茶化してる?」
「ううん、本当のことなんだ」

 黒く輝く瞳の奥が、僕は真剣だと告げている。きっと、嘘ではないと思う。

 そうやって信じてしまう私がいた。

「病気なの?」
「いや、そんなつもりはないんだけどね。重たい病気らしい」

 自分のことなのにすごく曖昧な返し方に、違和感がある。

「どういうこと?」
「君には、僕はどう見える?」
「黒髪の綺麗な男の子」

 私の言葉に、彼は至極嬉しそうに微笑んで小声で「そっか」とだけ呟いた。

「君の中では、僕は生きてていいかな」
「初対面ですよね?」
「あーうん、まぁそうだね」

 濁された言葉の中の意味を探しても、私にはわからない。

「僕と友達になってくれない?」
「明日死ぬのにですか?」
「化けて出るよ、君のところに」
「うーん……」
「どんな利点があったら友達になってくれる?」

 畳みかけられるように出てくる言葉に、違和感と警戒心がほんのりでるが、悪い人ではなさそう。

 化けて出るが、本当なら少しだけ見てみたい気もする。オカルトはあんまり好きじゃないはずなのに、何故か心が惹かれている。

「いいよ」
「え?」

 自分で言ったくせに、あっさりと承諾すれば彼は驚いたように固まった。机に突っ伏して寝ていたせいで乱れた髪の毛を、手櫛で梳かしながら微笑んでみせる。

「友達になりましょう。なんて呼べばいい?」
「好きに呼んでいいよ」

 好きに呼んでいいと言われても、名前を知らない状態で考えるのは難しい。唸りながらなんとか、呼び名を捻り出す。

「じゃあ、ユウヒ?」

 紫色の夕陽に照らされてキラキラと輝いている黒髪も、瞳も、頬もなんだか綺麗だなと思ったらつい口から溢れていた。

「夕陽の時間に出会ったから?」
「うん」

 くすくすと微笑む顔も美しい。男の子なのに、こんなに美しいだなんて羨ましいな。

 笑った拍子に揺れた黒髪の先が、受けた夕陽の光を教室中に散らばらせる。

「僕は何で呼べばいい?」
「うーん、好きに呼んでいいよ」

 私も同じように返してみる。彼は、私にどんな名前を付けてくれるのだろうか。ドキドキと胸が高鳴った。

「ゆり……かな」
「え?」
「嫌だった?」

 無言で首を横に振る。嫌なんじゃない。私の名前に入ってる言葉だったから驚いただけ。

「なんで?」
「百合の花みたいに白くて儚いから」
「ロマンチストだね」
「そうかもしれない」

 ふふふと2人で見つめ合って笑い合う。秘密の友達。明日には死んでしまう友達。

「今日からよろしく、ゆり」

 明日には、死んで幽霊になるけど。そんな言葉が後ろに付いている気がした。

 握手を交わして見れば、すらっとした指が綺麗だなと思った。

 じぃっと指を見つめてる私に気づいたユウヒが、急な提案を持ちかけてくる。

「放課後、これから2人で過ごさない?」
「明日死ぬのに?」

 不謹慎かもしれない。本当に病気かもしれないし、自殺を今日の夜に決めてるのかもしれない。止めるのが本当は、正しいのはわかってる。

 それでも、ユウヒはなんだか、このまま明日も私の前に現れる予感があった。

「うん。化けて出るからさ」
「いいよ」
「じゃあ、まずは明日。ゆりと話すこと考えてくるから」
「わかった」

 こくんと頷いて、つなぎ合った小指はひんやりと冷たくて本当に幽霊になってしまう気もした。